ブラッド×ホイップ──狂気な関係

 ※ケーキバースアンソロジー寄稿作品3部作です。一部変更あります。寄稿名:導月槐樹

 エブリスタから転載しています。

 ◇◆◇

  ──血を塗りたくったようなドアを開ければ、その先は悪魔の祝福を受ける場所だ。

 なんて、恐ろしげに言われたがようは隠れ家のような店なのだろう、と自分に言い聞か

せて飲み屋街や喫茶店から近い、薄暗いを通り越し現代の日本では見かけないほど暗い夜

闇のなかを歩くがスマホのライトを使っても心許ない。

「……あった」

 OPENと書かれた小さなタグが掛かったドアノブを、スマホのライトで照らし確認し

たドアをちらりと照らしてみるとたしかに赤い、というか、茶褐色と黒と、赤が混じって

いる。

 怖い。聞いていたより怖い。昼間でも絶対開けたくないドアだ。

「でも、ここで高額バイトがあるって話だったし……」

 開けようか、開けまいか、と悩んだ瞬間ドアが内側から開いた事に驚いた。

「ひぇっ」

「……あぁ、もしかして本日バイトの面接予定の?」

「あ、はい。八乙女……八乙女椿(やおとめつばき)です」

 黒スーツの男と共に店内へと一歩入れば異質なドアとは全く違う重厚感のあるモダンな

内装が出迎える。

 ジャズが流れ、ボーイたちがカウンターの中でグラスやカトラリーを研いているのが見

え、場違いな格好で来てしまったと思うが、目の前の男に従うしかない。

「さて、八乙女さん。奥で面接をいたしましょう」

 男は穏やかな笑顔でカウンターの奥、右手にある一室へと案内し、八乙女を奥のソファーに座らせてグラスに注がれたアイスティをサーブした。

「改めまして、店を仕切らせて頂いている鹿野(しかの)と申します。緊張しているでしょうから、まずは一口どうぞ」

 たしかに緊張して口が渇いている。アイスティーを一口飲んでホッと息をつく。茶葉の

香りが強く、味もしっかりしていて美味しい紅茶に驚き、思わず感想を伝える。

「美味しいです」

「それはよかった。履歴書などを拝見させていただきました。働こうと思ったのはなぜで

すか?」

「知人から、高収入なバイトがあると紹介されました。お恥ずかしい話、連帯保証人になってくれと言ってきた相手が逃げて、僕が借金を背負うことになったので、できるだけ高収入のバイトを探します。あと、アパートも追い出されてしまったので、社宅などがあるとありがたいです」

 どうしてもと頼み込まれて請け負ったのが仇となった。借金取りのヤクザが仕事先にまで来るため仕事先を追い出され、アパートも同様にしていく先がなく、社宅がなければ最悪野宿だ。

「それは大変ですね。なるほど、健康診断などで引っ掛かった事はありますか?」

「いえ、ありません。健康なのは取り柄なので」

「それは結構。では、明日からでもこちらで働いていただきましょう。たしか、寮というかアパートですが空いていたはずよ」

 朗らかに笑う鹿野にほっと胸を撫で下ろす。自分の今の全財産も、衣服も、全てキャリーケースのなかに入っている。

 すぐにでも入居できるのはありがたい。

「えぇ、と。こちらが労働明細書です。時給と仕事内容、拘束時間、保険、休憩は基本的に一時間ですが、業務の内容や時間によって変動しますので慣れるまではその時々でお伝えしますね」

 アパートの住所と、部屋番号と、鍵も一緒に手渡された。

 思ったより近くらしいが築年数はそこまで古くなく、部屋も一人暮らしにはちょうど良さそうで、給料から天引きされる家賃も手頃だ。

 これほどありがたい事はない。

「あ、ありがとうございます!明日からよろしくお願いします!」

 八乙女椿は仕事が決まった喜びと、寝泊まりできる借家も一緒に見つかった喜びで浮き足だちながらアパートへと向かった。


 ◆◇◆


 暑くなるのが早く、まだ夏前なのに蒸し暑い夜。

 “クロススプーン”というカフェバーに一人の男が来店した。

 深夜から始発までの時間までしか開店しない少し不思議な店は、合言葉をマスターに伝えると相談することができるという噂だ。

「……〝角砂糖を三つください〟」

「奥へどうぞ」

 穏やかそうなマスターが店の奥に繋がる通路を案内した。

「薊(あざみ)さん、ご案内よろしくお願いします」

「はぁい、こちらよ。おにぃさん」

 ゆるりと笑う薊と呼ばれた男がカウンター席から立ち上がって奥へと案内してくれるら

しい。

「あの、」

「相談なら個室の方がいいでしょう?」

 女性のようなやわらかい話し方と、身のこなしをする人で、化粧も似合う人が男性だと気づいたのは個室に案内されてからだった。

「今夜はちょっと蒸し暑いからノンアルコールのサングリアを用意したわ。緊張しちゃう

わよねぇ、大人になってからの相談なんて」

「……そう、ですね。少しならず緊張しています」

 リンゴ、オレンジ、シナモンスティックが宝石のように赤ワインのなかに閉じ込められている。一口飲むと、思ったより甘めに作られているらしく緊張で固くなっていた身体から力が抜ける。

「まず、皆さんに確認しているのだけど。この相談をキチンと理解していただいているか

と、この店について口外しないという契約書にサインをお願いします」

 差し出された書面には事前に聞いた内容と、この店について、親族ならびに客同士だとしても口外を禁じるという徹底ぶりに、少し安心しながらサインをした。

「はい、ありがとう。今日はどうする?ご飯も美味しいけどなにか食べるかしら」

 きょろりと室内を見回すと大きめの絵画があり、インテリア重視の落ち着いた空間で、腰をおろしたソファーの座り心地のよさに驚きながら差し出されたメニューを見ると値段の書かれていないメニュー表に思わず遠慮した。

「あ、値段は気にしないでいいわよ」

「え?」

「大丈夫よ。夜も長いしオススメはバケットとミネストローネよ」

「あ、じゃあそちらを」

 おしゃれなウッドボードで、ピンチョスバケットをサーブされた。ブラックオリーブとスモークサーモン、ベビーリーフのバケットを勧められて一口食べれば、久しぶりに感じる味に舌と胃が喜ぶのを感じた。

「……おいしい」

 安心して食事ができる事の素晴らしさを日本で噛み締めるなんて思ってもみなかった。

「スープも美味しいわよ、お話する前にちゃんと食べましょう、顔色が悪いわ」

 ミネストローネも美味しい。温かくて涙がでてくる。これで、相談をする決心ができた。

「あの、相談というより、依頼なんですが、僕を〝食べられる〟前に殺してください。そして、僕の弟へこの手紙を渡してほしいです」

 男の言葉に薊は微笑んで、美しくその瞳が煌めいた気がした。

「かしこまりました。ご依頼を承ります」

 自殺幇助もしくは、嘱託殺人となる依頼だが、この〝相談〟では多く寄せられる依頼の一つだ。

 ──依頼主十日町颯人(とおかまちはやと)。


 ◆◇◆


 名前のない血に塗れ、生乾きのようなドアのバイト先。としか言い様がない店に勤めて早一週間が経った。とはいえ、やることは開店前の掃除と閉店後の掃除。

ほぼやることはないのに給料がいい。

「楽、ではないけど異様に給料がいいな」

 週二日確定休暇があり、昇給もあるらしい。追々開店中の仕事も覚えていくことになるだろう。

「仕事、慣れましたか?」

「マスター!はい、まだ新人なので掃除だけですが、だいぶ慣れてきました」

「そう、それはよかった」

 マスターである鹿野は朗らかに笑い、八乙女を労う。

 黒のカーテンが閉じているショーウィンドウを拭く八乙女を観察するような視線を度々感じるが新人が珍しいのだろうか、と思う。 突き刺さる視線を無視しきれず世間話をすることにした。

「そういえば、結構大きなショーウィンドウですけど、なにを展示してるんですか?前にきた時もカーテンが閉じてたんですけど、気になって」

「あぁ、そうですね。〝商品〟です。大きさがまちまちなので大きめのショーウィンドウを使っていますが、最近はあまり大物がないんですよね」

 見栄えが落ちるんですが、こればかりはどうにもできないので……。と言う鹿野の話を聴きながら、成人男性の膝あたりから天井近くまであるショーウィンドウになにを入れるのだろうかと思う。

「……マネキンも入れそうなので服とか、酒瓶を並べてるのかと思ってましたけど、なんか違いそうですね」

「まぁ、似たようなモノも飾っていますが、八乙女さんも一ヶ月もすれば常勤になります

のでその時にでも確認してください」

「はぁ……」

 鹿野の言葉の意味がわからず生返事をした。

 フロアの掃除はできたので、あとはショーウィンドウの前にある個室とトイレの掃除をすれば仕事は終わる。

「っし、気合い入れてがんばろ」

 フロア掃除は八乙女のみが担当で、他はキッチンやカウンターを担当している人が何人かいるらしい。

「……フロアの掃除はまぁ間に合ってるか……」

 フローリングや窓、扉などを磨き、丁寧に消毒していく。以前も飲食店に勤めたことがあるがここまで丁寧な作業はしなかった気がする。

「にしても、なんとなく鉄臭い気がするんだよな」

 スンスンと鼻を鳴らして個室の臭いを嗅ぐと、いつもなら甘いフレグランスと、なにかを消毒したのか、漂白剤のような臭いがするのは珍しいと思った。


 八乙女がバイトに入ってから約一ヶ月。

 フロア掃除の仕事から接客へと変更になると内示があり、接客についての説明をマスターから受ける。

 客のなかには、とある癖を持った方がいます。と鹿野が相変わらず嘘臭い微笑を浮かべて、接客についての説明をするのを聞きながらも、八乙女は件のショーウィンドウの中身がずっと気になっていた。

「ところで、八乙女さんは〝ケーキ〟ですよね」

「……質問の意図がわかりませんが?」

 突然スピーシーズを言い当てられたことに驚いたが、表情に出すことはしない。どこで〝フォーク〟が聞いているかわからないからだ。

「あぁ、いえ。お答えいただかなくて結構です。──判っていますから」

 鹿野の言葉の意味を理解する前に、痛みと衝撃で意識が混濁した。

「ぇぁ……?」

「さぁ、本日からフロアでのお仕事です。よろしくお願いいたします」

 消え行く意識の片隅で、イビツに嗤う鹿野が見えたのが最後の記憶だ。


 ◆◇◆


 この世界には性別の他にスピーシーズと呼ばれるものがある。

殺人鬼予備軍と言われる〝フォーク〟

〝フォーク〟の好物である〝ケーキ〟

上記以外の、バースを持たない〝一般人〟

〝ケーキ〟や〝フォーク〟と呼ばれるスピーシーズは、世界各国で出現を確認されてから研究が進んでいるが、未だ謎は多い存在だ。


「〝スプーン〟と呼ばれるようになってから話が早くなったわね」

 女性のような口調で話す男がカウンターの定位置に座り、いつもの下さる?と声をかけた。

「そうですね。一般人のなかにいる異常殺人鬼なんて呼ばれることもなくなりましたし。

夏葉さんたちのような方を総称するには丁度いいと思いました」

 マスターが苦笑いしながら答え、モスコミュールをサーブする。

「ちょーっとお節介した男の子がSNSにアップしたらバズったものね」

「客層に変化がないのはいいことです」

 大きな看板のない店はひっそりと繁盛しているため、あまり多くの客を望んではいないのだ。

「しかし、〝スプーン〟なんて小粋じゃない?今まで見つかったスピーシーズからきて

るのか、この店のロゴからかしら……」

 この店の名前は常連しか知らない。という暗黙のルールは隠れ家のような落ち着きを第一にしているマスターの配慮から生まれたらしい。

「そういえば、店のことを取材してた女記者さんだっけ、春に上京してきたっていう。ここにくる前にアッチに行っちゃったから殺されたのよね。きっと」

 彼女、生前に見かけたことあるけど絶望の臭いなんてしなかったし。と肩をすくめてモスコミュールを一口飲む。辛口ジンジャーエールとウイスキーにライムが香り、爽やかで美味しい。

 〝フォーク〟と呼ばれる存在の、夏葉が感じる臭いは、夏に鶏肉を窓辺に置き忘れた時のような、甘くてどこか酸っぱい、感じる臭いは人それぞれながら、すえた臭いにはかわりないという。

「残念でしたよね。彼女の記事はいい話ばかりだったと記事にありましたし」

 藪をつついたら大蛇が出ましたね。と苦笑いする。

「……まぁ、ちょっと前にニュースになったお風呂で見つかったバラバラ遺体の……音無くんの案件も、〝フォーク〟と〝ケーキ〟の番だったそうだし。色々大変よね」

 そういう柵はないからよかった、と一口モスコミュールを飲んでニヒルに笑う。

「……まぁ、【肉屋】にかすめ盗られるのは今回が初めてではないですから」

 以前、薊と呼ばれた男・夏葉は、そうねぇ、とグラスを傾けた。

「【肉屋】の動きは気をつけてるけど、やっぱり盗られるのよね……。音無くんも気を付けていたし、注意喚起したのに盗られている。まるでハイエナみたい」

 むぅ、と頬を膨らませる女性とも見れる夏葉に水をサーブし、大きな掛け時計を確認したマスターが微笑んだ。

「夏葉さん、クローズのお時間ですよ」

「あら、いけない。お水とお酒、ご馳走さま。また来るわ」

 ウインクひとつと、丁度の金額をカウンターに置いて颯爽と帰る姿はいつ見ても美しい。

「またのご来店をお待ちしております」

 客が始発で帰宅できるまでの場繋ぎ。食事もお酒もマスターの気分で変わる店〝クロススプーン〟は今日も始発と共に店を閉めた。


 最近、報道番組やネットニュースなどで目にする機会の増えた〝GZ〟というサプリメントがある。多くは使用しないようにという注意喚起で、そのサプリメントの名前を周知するだけだ。

 〝GZ〟

 多くは〝フォーク〟がその後天的味覚障害の緩和を目的として使うサプリメントの名称であり、数年前から医療薬品として販売が開始された味覚調整薬よりも効果があると極一部の人間が利用しているものだ。

「〝フォーク〟発見薬として使ってたのに、思わぬ副作用があったんだよねぇ?」

 のんびりとした話し方をする長身の男、音無流榎がカウンターの一番奥の席でネットニュースを見ながら無表情に呟いた。

「あぁ、そうですね。そのサプリメントも違法薬物として取り締まろうという話ですし、なかなか難しいものです」

「俺は〝フォーク〟じゃないからいいけど……、きっと〝ケーキ〟のいない〝フォーク〟からしたら喉から手が出るほど欲しいよねぇ」

 人間は禁止され抑制されるほど欲しくなるものだ。特に〝GZ〟のような〝フォーク〟からみれば魅力しかない。魅力的な副作用があればなおのこと。

「思わぬ副作用がありましたから、気軽に手に入れることは叶わないでしょうね」

「ん、まぁ、そうだよねぇ。店で似たようなの使ってなかったっけ?」

「あぁ、もう取引はなくなりました。データも消していただきましたし、なにかあってもこちらに火の粉は来ませんよ」

「そっかぁ」

 じゃあ、安心だねぇ。と無表情な音無はカウンターにだらりとうつぶせになった。

「そういえば、音無さんのお客様からお預りした身内の方への遺言書は届けられました

か?」

 んー?とカウンターで上半身をうつぶせにしたまま器用に首を捻り記憶をたどる。

「あー、あの美人なおにーさんの件ね。あの日は薔薇が綺麗だったから死体と花を一緒に浴槽のなかに入れたんだよ。【肉屋】に盗られたけど……」

 嫌な事も思い出しちゃったなぁ、顔を腕のなかに隠しながらマスターの問いかけに答える。

「そう、身内の人ね。見つかった。おとーとさんだった。【肉屋】について聞いてきたから忠告ついでにちょこっと話したな」

 へーきでしょ。と感情の読めない音無の言葉にマスターは変わらない微笑みで頷いた。

「私どもには問題ありませんよ」

 たとえ、【肉屋】について嗅ぎ回った方がどうなっても……。


 ◆◇◆


 ざわりざわりと声が聞こえる。

 鈍痛が残る頭、霞む視界、言葉の意味がわからない応酬。その全てがただの“音”と“映像”から意味があるものだと理解するまでに時間を要した。

「あぁ、おはようございます。八乙女さん」

 意識を失う前まで仕事の話を聞いていた鹿野がなに食わぬ顔で挨拶する。貧血でも起こしたのか?と起き上がろうとするが動けない。首が動く範囲で確認すると、拘束着のようなものを着せられていると気づいた。

「あぁ、拘束していますので動けませんよ」

「ぅ、いぅことですぁ」

 まともに呂律が回らない。

「どういう、といわれましても。八乙女さんが意識を失ってから約二日程で準備ができましたので、本日からフロアでのお仕事をお任せいたします」

 胡散臭い笑顔の鹿野を睨むが意味などない。全身黒服の男たちが八乙女の準備をするため持ち上げようとしたのを止めた鹿野が八乙女の頬を平手打ちする。

 痛みと衝撃と意味のわからない行動に八乙女の表情が困惑するのを確認して鹿野は朗らかに微笑んだ。

「あぁ、痛みはまだ感じていますね。よかった。では、本日よりよろしく」

 黒服に抱えられた八乙女の顔は、恐怖に染まった。


 ◆◇◆


 駅からほど近く、飲み屋街や喫茶店の通りから少し入った道にあるという、──血を塗りたくったようなドアを開ければ、その先は悪魔の祝福を受ける場所。と揶揄される、血を塗りたくって半日ほど乾燥させたような赤と黒のドアの店の存在は、〝フォーク〟のなかでも、特別な紹介を受けた限られた人間に紹介された者しかしらない。

「いらっしゃいませ」

 ボーイが声を掛けた。予約と名前を確認され、しっかりと手荷物検査をされてから中に通される。

「お客様は本日、〝羊〟をご希望でしたので、鮮度の良い〝羊〟を仕入れました。ご満足頂けるかと思います」

 にこやかにショーウインドウと個室を通りすぎた場所にある、黒に近い深紅のドアを案内された。

「詳しくは中にいるスタッフよりお話させて頂きます。ごゆっくりお楽しみくださいませ」

 ボーイがにこやかにドアを開けた先には下り階段。地下へと下っていった先にはレンガの壁から鈴蘭のような壁ランプが明かりを灯す。

「あぁ、わかった。ありがとう」

 〝GZ〟を摂取した〝ケーキ〟は痛覚が麻痺し、摂取量が多くなるほど意識の混濁が見受けられる。

 多くの〝フォーク〟は、ショーウインドウに飾られた〝肉〟を選び店で食べるか、持ち帰るかを選択するだけだと思っていたが、要予約制、金額は倍ではあるが自分好みの食べ方をできる部屋があると知ったのは最近だ。

 階段を下れば右手側に、アンティークのような重厚なドアを中から見計らったようにボーイが開けた。

「いらっしゃいませ。ご予約の◯◯様ですね、本日はご予約いただき、誠にありがとうございます。上の店とは違う規約がございますのでご案内と契約書へサインをお願いいたします」

 にこやかに話を進めるボーイは、真っ黒な衣装と、マスクをしていた。

「……蝙蝠のようだな」

「えぇ、そうですね。なにぶんこの部屋ではこの衣装が一番良いので、ご不快でしたら衣装を上と同じものに次回から変更できますが如何なさいますか?」

「いや、いい」

「かしこまりました」

 男が買ったのはボーイではなく、商品と時間と場所だ。見た目の印象が強くそのまま言葉になっただけで他意はない。

「では、こちらでお荷物と上着をお預かりします。ウェルカムドリンクと共にご案内と契約書へのサインをお願いいたします」

 規約の大筋は上の店と同じだったが、地下で見たもの、聞いたこと、全ての情報流出、口外を禁じ、契約違反だと認定されたらペナルティが課せられること。これは店の客にも話してはいけないということ。

 〝羊〟に対する取り扱いとして「骨折」「臓腑破裂」など、食感を損なう行為をしないこと。(行った場合は調理時間が長くなる可能性、一部不可食部位となる場合がある)

 今後一切の行動は、自己責任で行うこと。

 店が責任を取れるのは、〝商品〟の確保、調理、飲食、場所の提供、シャワー室の提供など最低限で最大限のサービスのみであると明記されているのを確認し、契約のサインをした。

「ではこちらへご案内いたします」

 通されたのは防音のためか、分厚い鉄の板で作られたドアの先。〝羊〟とベッド、机と椅子、ソファーがある部屋。

「プレイに必要な物がございましたら、机の引き出しもしくは、ベッドサイドに入っている物をご自由にお使いください。その他ご要望がございましたら、確認いたしますのでお声がけくださいませ」

 重いドアが閉じられれば自分と〝羊〟の呼吸しか聞こえない世界になった。


 ◆◇◆


 リラックスできる曲をかけて、鉄の椅子に座る〝羊〟を見る。

 一回も染めたことのなさそうな黒髪、白い肌はさわり心地が良さそうで、引き締まった身体も実に好みだ。

「さて、始めようか」

 黒革の目隠しは見えない恐怖を、鉄の棒を噛ませる猿轡は言葉を封じるため、鎖で椅子の背もたれに繋がれている首輪と手錠以外何も身に付けていない男は意識があるのか微かに震えてる。

「そんなに怖がることはないよ」

 安心できるように優しく声を掛け、少し骨張った頬を撫でればビクリと身体が反応した。

「ぅん、ぅ」

 まだなにもしていないのに怯えている姿に嗜虐心を擽られ、身動ぎするほど〝ケーキ〟特有の甘く蠱惑的な香りが強くなるのを感じ、思わず首筋に鼻を寄せて香りを楽しむ。

 甘い、甘い〝ケーキ〟の香り。

 蝶を、蟻を、〝フォーク〟を、魅了してやまない香り。

「あぁ、美味しそうだね」

 美味しいだろう。

 これからもっと美味しくするために、自分で下準備をするのだから、もっともっと美味しくなるだろう。

「君は、〝羊脚〟というものを知っているかな?まぁ、知らなくてもいいのだけど。これから君は僕に下準備されることを光栄に思うといい」

 青ざめる商品の男の首に掛かったネームタグで名前を確認し、耳元で囁く。

「かわいいね、椿くん」

 男の声に過敏に反応する姿は、仔兎のようで愛らしいと男は嗤い、八乙女の頭を撫でた。


 ◆◇◆


 視界を失くすと聴力や触覚が敏感になると聞いたことはあったが、平和と言われる日本で実体験するとは夢にも思わないだろう。

「椿くんは、今まで自分が食べられるかもしれないなんて思ったこと無いだろうなぁ。〝ケーキ〟だと認識していない人も多いから」

 テンションが高いのか、明るい男の声が聞こえる。

 助けてもらえないのだろうかという淡い希望は、興奮なのか荒い呼吸のまま一人で話続けている声を聞いて潰えた。

 どうすることもできない八乙女の脳ミソが揺れ、頬と首が痛むなんて生易しいものではなく、熱くジンジンとした鈍痛がする。

「ぅんぇ?!」

「あぁ、寝ているのかと思って。よかった起きていたね」

 心底嬉しそうな声に背筋が凍りつく。

 座らされている椅子は金属で冷たく硬い。 そして座面はなぜか網目のようになっているらしく尻と太ももが痛くなってきている。

「さぁ、始めようか。下準備の時間だ」

 地獄は、始まりを告げた。

 ゆっくり、しっとりと肉付きを確かめるためだと全身を撫でられる感覚がくすぐったい。

 異様につるりとした手のひらはたぶんゴム手袋をしているのだろうと思う。現実から逃避するために何かに意識を集中することしかできない。

「きいている?」

「んっ、むぅ……っ!」

 男の言葉に適度に相槌を打たないとペニスを握られ、握りつぶされそうになるか、引きちぎれるのではないかと思うほど引っ張られる。

「ん、やっぱり良い声で啼くねぇ」

 男が異常な性癖を持っているのは判ったが、繰り返し言われる下準備とはどういうことなのか判らない。

「何年前だったかな。とある有名なファストフード店で提供されるチキンを卸す業者が、鶏を壁や床に叩きつけたりしてたってニュース知ってる?若いから知らないかな。なんで壁や床に叩きつけたのかって聞かれたときに、ストレスを与えた方が肉が柔らかく、旨くなるからだってその会社が答えたのが印象的でね。僕は自分で自分の食べるものを美味しくするのが夢だった」

 ひぅっ、と八乙女の喉が鳴る。これから何をされるのか予想できてしまった。

「〝ケーキ〟の椿くんは痛みが判るだろう?どんな味がするんだろうね」

「んぃ、ぅっぅぅう!」

 べろりと首筋に熱くて柔らかくぬるりとした何かが這ったと思った瞬間、電流が流れるような感覚がして意識が一瞬飛んだ。

「あぁ、もしかして痛いの好き?」

「んぶっ、うぅぅぅう」

 おもいっきり首を横に振るのも面白いのか笑い声が響く。

「えぇ?嫌いなの?そんなはずがないだろう。ほらもう一発」

「──っァあ!」

 目が見えない状態で痛みがどこから感じているのか判らないまま、波のように押し寄せては男の笑い声で耳が痛む。腹を殴られすぎて吐きそうになったモノを無理やり水で流し込まれて、また殴られ、吐いたら罰則だと足に電流を流される。

「次はなにをしようか。お腹は結構殴ったからもう内出血で色が汚くなってきたし……。骨は折らない契約だし……爪でも剥ぐ?上手にできるかなぁ」

 一枚、二枚と剥がされる爪の痛みもあり意識が混濁し、もう首をあげていることすらむずかしい。

 ただ、意味を成さない声だけが口から漏れる。

「あぁ、ほらダメだろう?きちんと起きていないと。そんなんじゃまた罰則だよ」

 罰則という言葉に反応してなんとか首を上げれば、いいこだね。と頬を撫でられ、猫なで声で褒められる。

「あぁ、いいこだ、いいこ。僕の息子も椿くんのようにいいこだったらよかったなぁ」

 いいこだね。と囁きながら八乙女の髪を掴んで椅子の背もたれに殴り付けて笑う男に、狂気しか感じない。

「いいかんじにぼろぼろだけど意識あるだろう?なんなら、まだ俺から逃げたいと思っているだろうし……」

 たとえ意識がなくても関係ないのだろう。愉しそうな声が耳障りなほど恐怖を与えてくる。見えないために、なにをされても視認できない恐怖、言葉の暴力、いっそ殺せと思うような拷問めいた肉体への暴力が続く。

「んん、そうだなぁ。爪も全部剥いだからなぁ」

 カチャリと金属音が耳元でしたと同時に口を塞ぐ重みが無くなるのを感じた。

「猿轡をはずしてあげよう。無駄なお喋りはダメだよ」

 口のなかに溜まっていた血が溢れ出る。

 酸素を求めて空気を吸い込もうとして咳き込めば、苦しくて、苦しくて、目玉が破裂しそうなほど熱くなり、全身の皮膚を剥ぎ、熱湯を浴びせられるように痛くて、自分で舌を噛みきってしまいたい、と思う。

「あぁ、ほらだめじゃないか。そんなに急に呼吸しても肺が伴わないよ」

 ぞろりと喉が鳴る。普通に呼吸をしたいのに、できない。

「──、ぁ」

「発言の許可を出した覚えはない。必要の無い歯を抜いたら多少静かになるか?」

 メリッと拳で前歯を折るように殴られ、痛みと熱さで冷や汗が止まらず、ガタガタと身体が震え口のなかで溢れる鉄の味に気が狂いそうで、死ねそうなほど殴られているのになんで死ねないのか判らない。

 リラックスできるはずの曲が、自分の精神を奈落に突き落とす不協和音になっていた。


 ◆◇◆


 そろそろいいか。と男は暴力により猛った身体を治めるためにナイフを鼻歌まじりに取り出した。

「あぁ、いけない。」

 目隠しを外して意識も焦点も定まらない八乙女の頬を叩く。

「ほら、ちゃんと見なさい」

 のろのろと視線が動き、焦点が合う。初めてみた男の顔に一瞬不可解そうな顔をして、次に自分の身体を見下ろした。

「ぃあ!あぁぁぁぁああ、あぁ……ぁぁ」

 下腹部、臍から下の皮膚と脂肪を切り取られているショックと、出血で青白くなる八乙女を見て満足そうに笑い、この瞬間のために生きてきたのだと愉悦に浸る。

 美しく彩った腫れた皮膚と、出血の赤と打撲でできた青、黒のコントラストが美しい。

この世界のなによりも男を興奮させ魅了するモノが出来上がった。

「煩い」

 つんざくような声が不愉快で腹を蹴る。

 吐くものもなく、血と胃液の混じった体液がどろどろと口から出ていき、切りとった下腹部は内臓が見えそうになって、尻からは血がこぼれ落ちて床にみずたまりのようになっ

ていく。

 勿体ないとは思うが、人間の身体は血液を消化吸収する機能は持ち合わせていない。絞めたときには血液は抜かないと臭くなってしまうから一石二鳥かと切り替えた。

「そんな顔をしても、もう殴るところがなくてね。それにもうすぐで時間なんだ」

 〝ケーキ〟の甘い香りも、血や胃液に混じって媚薬のように男を興奮させるのに役立つ。

「さぁ、八乙女くんを喰べるまえに、この行為を終わらせようか」

 よく見なさいとでも言うように、意識朦朧の八乙女の顔を自分に向かせ、切り取った皮膚を猛ったモノに巻き付けてしごく。

「君、精通はいつだったのかな。僕は人を殴ったときの快楽で射精したのが最初だったんだ、よ」

 何度か擦れば射精できるほど猛っていたらしい。男は満足そうに八乙女の頭を撫でた。

「じゃあ、また後でね」


 ◆◇◆


 昏倒し、暴行された時間はきっちり就業時間内だった。片目は目蓋が腫れているのか見えず、手首と足首は黒く爛れ、電流を流されていたのか一部炭化している、見える範囲でも異常な怪我で全身痛いのに死ねないのが不思議だ。

「お疲れさまでした。本来ならここまで痛むことはなんですが、◯◯様のご希望で痛覚を残した〝ケーキ〟をご所望だったので丁度よかった」

 鹿野が、満足そうに嗤う。

 人間が傍にいる事で、舌を噛み切り死にたくなるのに顎も腕もどこも動かない。

「あぁ、もしかしてなんでここまでされて生きているのか不思議ですか?それは隠し味で入れていた〝サプリメント〟を服用していただいたからです」

 飲み続けると痛みを感じにくくするんですよ、便利ですよね。と微笑んで何かを操作するのを視線で追う。段々と痛みを感じなくなっている事に気がついた。

「ぁ……?」

「先ほどお伝えした〝サプリメント〟を、バイト面接の時にお出ししたドリンクや賄いに入れていたんです。わからなかったでしょう」

 鹿野の言葉が理解できない。

 きっと驚いたり、怖く思うはずの内容なのに、音が耳を通過する。

「あぁ、もうおやすみされますか。そうですね、お疲れでしょうから、ゆっくりおやすみ

なさい」

 やがて痛みも無くなり、全てが充実したような感覚に呑み込まれて、八乙女は眠りについた。

 加圧パックのなかの輸液パックが空になったのを確認し、輸液管を取り外すと、鹿野は八乙女の脈を測り、料理長へと声をかける。

「料理長、あとは頼みましたよ」

「脳を先にお出しして、柔らかいところはステーキで。あとは処理と調理をして後日郵送ですね」

「えぇ、お客様も支度ができたようですので早めにお願いしますね」

「了解した」

 よく研がれた鉈で首を切り落とし、額から真っ直ぐ皮膚と頭皮にメスを入れ、脳ミソを切らないように頭蓋骨を切り離した頭部を食用花でリムを飾った大皿の真ん中に置けば完成だ。

「活きがいいから食べる時に泣くかもしれんな」

 余分な血を抜くために足を縛って逆さ釣りにしながら、内臓を手早く抜き取り水で洗い流す。

 料理長は料理を取りにきたボーイに皿を手渡しながら説明した。

「お伝えします」

 穏やかに微笑むボーイが客の元へと料理をサーブし、食べる間に次の調理を始める。

「……さて」

 下準備は粗方されているとはいえ、素人のしたことで、電流の流しすぎで固くなった肉を外し、皮膚を剥ぎ取って部位毎に切り分けていく。

「お前も残念だったなぁ。こんなところに来ちまって」

 〝一般人〟である料理長は〝ケーキ〟の匂いが判らないが、それはそれは美味しそうに食べる客の姿を見るのが好きだ。

「ステーキにするのはどこがいいかな……」

 食材は余すところなく使う。

 人間も内臓も食べれるところは調理し、皮膚はキレイであれば鞣して調度品や小物にする。最後に残った骨は──

「ご無沙汰です。骨、受け取りにきました」

「あぁ、もう一体分出るから少し待ってください」

「了解です」

 ──とある業者に回収されていく。


 ◆◇◆


 〝GZ〟というサプリメントは〝フォーク〟の味覚障害を一時的に緩和する。というのが売り文句だった。

 ここで、疑問がでてくる。

 後天的に味覚障害となる、ようは〝ケーキ〟以外の味が判らなくなるという〝フォーク〟の味覚を一時的にでも治すというサプリメントの成分はなんなのか?

 販売製造元はどこなのか?

 数年前から医薬品として発売されている薬とどう違うのか?

 なぜ違法薬物指定となったのか?

 答えは明確。

 〝GZ〟という薬物は今まで警察の目が届かない場所で取引をされていたが、夏に大きなニュースとなった殺人事件の捜査のなかで実物が押収されたのがキッカケとなった。

「それで、どうするんだ?」

「どうしようもありませんね」

 押収され、成分鑑定までされては誤魔化しようがない。

 〝GZ〟の成分は、粉末状の人骨、LSD、医療味覚障害薬に酷似した成分、そのほか添加物。全体の六割は人骨だったという。

「言えませんよねぇ。〝ケーキ〟の骨を砕き、少量の薬物と一緒に粉末にしたものだな」

 男二人。

 酒とタバコを嗜みながら一人は嗤い、一人は嗤わない。

「ミイラを薬にしたのと似てるのかねぇ」

「まぁ、〝GZ〟の方がちゃんと薬として機能していそうですけどね」

「たしかに」

 男はニヒルに笑い、もう一人は笑わなかった。

「しかし、貴方が〝ケーキ〟を連れてきたのには驚きました。たしか部下でしたよね。

彼」

「あぁ、ちぃと知りすぎちまった憐れな仔羊だ」

 【肉屋】と呼ばれる店は確かに存在する。

 〝#スプーン〟の投稿で一時有名になった公園から程近く、繁華街から距離があり、下町風情のある並びからも一本外れた場所にひっそりとOPNEと書かれた札が掛けられている赤黒いドアが入り口だ。

 まるで血を塗りたくって半日たったような色と云われていて、寂れた通りでも異質さを放っているドアを入ればカウンターがあり、バーテン姿の男達が数人控えてグラスを磨いている。奥には飲食用の個室があり、その目の前にはショーウインドウが設置され、この店の商品が美しく並ぶ。

「アングラとはいえ、声が漏れないもんだな」

「元々は映画館だったから防音性があった所を更に防音工事したそうだ。とはいえ、防音

をする必要があるのかは謎だがね」

 男たちはショーウインドウの中を無表情に見た。

 商品に負担がかからないように、緻密に計算された棚とクッション。

 価格は時価。

「まぁ、商品よりも客の声対策じゃないのか?」

「あぁ、そうかもしれません」

 ショーウインドウの中で、虚ろな瞳で虚空を見つめ、少し開いた唇で呼吸している生きた人間が陳列されている。

 スポットライトで照らし出された姿は、栄養と水分を体内にいれるための管と、自動排泄を促すための管に繋がれ、一糸纏わず納まってる姿は美しい。

「しかし、初っぱなから手足もぐのか?」

「この商品は元々入荷したら購入したいというお客様がいらっしゃったので、このような姿のようです」

 購入者リストを確認しながら男が答えれば、そうかい。ともう一人の男が納得した。

「大変だなぁ、兄も殺されて自分もこの店で生きながら喰われるのを待つのか」

 肩から先と、股関節から下が切り取られた男を眺めて嗤う。

「……その方、私は管轄していませんが少し前に警察が関わった方ですよね?色々気をつけて頂かないと困りますよ。情報を全て握り潰せるわけではないのですから」

「探偵職も一時的に外部と連絡をとらないことだってある。数ヶ月時間をおく間に色々させて貰うさ」

「〝ケーキ〟を雇って、売り物にするのはいいですがいつかバレますよ」

 バレやしないさ。と男は嗤う。

 互いの紫煙が交差して揺らめいて換気口に吸い込まれていく。

「今日はヤっていくのか?」

「いつもヤっているみたいに言わないでください。僕はここの視察をするだけですのでキレイな身体です」

 おどけたように言う男が紫煙をもう一人の男の顔に吹き掛ければ、心底不愉快そうに煙を脇に挟んでいたバインダーで払う。

 一貫して動かなかった男の表情を歪めさせた事を楽しんだ男は、ショーウインドウの並びにあるドアを指差した。

「今日も確認するんだろ?〝商品〟を」

「まぁ、柔らかい〝肉〟をご希望のお客様がいるらしいですからね」

 心底不愉快そうな男は、バインダーを確認してさらに柳眉をひそめた。

「僕、本当にこんなことをするために警察に入ったわけではないんですけどね」

 ゆるやかに、心の柔らかいところから侵食するように、違法や異常は日常の裏で渦巻いて、男の正義を侵していく──。


 ──完結──


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