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北関東2部リーグ開幕

4月9日

北関東2部リーグ優勝を目標に掲げている自分のチームにとって、大事な初戦を迎えた。
結果は2-2の引き分け。
2回もリードを取られたが、最後まで必死でに食らいついてもぎ取った勝ち点1だった。
自分は怪我の影響もありメンバー外ではあったが、文教に入って1番熱くなり、1番騒いだ試合だった。
前半こそ相手に流れを任せ、受けに回る時間が長かったが、勝ちたいという気持ちが全員に見え、結果的に引き分けることが出来た。
何より自分自身が勝利に飢えていた。自分達の代だからというわけなのか、自分でもよくわからないがとにかく勝ちたいという気持ちがとても強かった。メンバー外でも全力で声を出しチームを鼓舞し続けた。
それに応えてくれるように戦う選手。また試合終了間際にゴールを決めてくれた後輩。
自分が決めたかのように嬉しかったし、とにかく熱かった。


「自分の事のように嬉しかった」
この文字、気持ちに嘘はない。しかしそれと同じくらい自分の中にふつふつと湧き出てくる感情があった。

このゴールを決める人間が自分じゃなきゃ意味がない

このゴールを決めるためにわざわざサッカー部にいる。自分にとって、ゴールを決めるというのがサッカーをしている瞬間で1番幸福度が上がる瞬間である。


その場にも、その機会すらも、与えられる可能性が無かったその日は自分にとってどんな日だったのか、どんな意味がある日だったのか。

自分にとってサッカーとは何だのだろうか
練習を終える事に腰をおさえる為に、足をアイシングする為にやっているのだろうか。チームの応援をする為に部に入ったのだろうか。
勿論、応援がいなきゃチームの闘うという雰囲気に勢いをつけることが出来ない。チームのために動く選手がいなければ成り立たないのもわかっている。充分に理解した上で、自分は何がしたいのか最近わからなくなってくる。


いつだって悩んだ時は支えてくれる仲間がいて、ただ無心でサッカーを楽しむ時間を与えてくれる環境がある。
それだけで十分なのかもしれない。
それでも、わがままな自分はこう思う。
「サッカーの神様って意地悪で気分屋」
だと。
調子が上がってきてこれからだと思った時に、狙ったかのように体が痛んだり。チャンスを活かせるような状況ではなかったり。うまくいかないからこそのサッカーというスポーツなのかもしれないが、もうサッカー選手としていられる時間というものは、自分はもう終わりに近づいている。最後ぐらい手を差し伸べてくれても良いのにと思ってしまう。
そんなサッカーの神様も味方につけるような態度を普段からピッチ内外で見していきたい。
そしてチームの目標の北関東2部リーグ優勝を現実にするために2戦目以降も大切に戦っていきたい。

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