線路上の羊
『5月上旬・夕刻』
18時、新橋駅烏森口で待ち合わせをした。
デーティングアプリで知り合った子だ。
大学の教授室に寄ってきたとかなんとかで、15分遅れてくるという。
特にどうということもなく、とりあえず一服する。
喫煙所では団塊がひたすらに煙を浴びていた。無言。
新橋の喫煙所はとりわけ異空間だ。
張り詰めた空気に残る余白を山手線のフランジが埋めていく。
彼らは何を考えているのだろう。
斜に構えた人間観察を続けながら、自分はといえばリクスー。
今日の三次面接は、暖簾に腕押し。
あー、惨めだ。
子供と大人の狭間に立っている閉塞感、プチ反抗期ってやつ。
15分後、時間ピッタリにやってきたその子は思った以上に小柄だった。
かわいい。
「とりあえず、気に入ってる居酒屋があるんだけど、最初はそこでいい?」
「いいよーーー」
居酒屋のカウンターに並んでお通しを待って生を頼む。
彼女は外語大で3?4ヶ国語?習ってるらしい。へえ。
「俺も大学で中国語習ってたんだよ」って言えば、間髪入れずに中国語で煽り返してくる。あー、ダメだこれ。
「私、大学つまんなーい。日本つまんなーい。」
生ビールのつまみに彼女の愚痴を聞く。
「君将来なにやりたいの?」
「え、わかんなーい。でも空港で働きたいかも」
俺だって将来なんもわかってないし、何をやりたいかも決まってないさ。
それに、自分でも今の就活が「名ばかりの人生設計」だってわかってるから、彼女の言葉の節々に苛立ちが募る。
こういうテキトーに生きてるヤツらに限って、案外堅実にキャリア固めて、ちょうど良い男と付き合って、幸せに暮らすんだよ。
そんなニヒルに浸った直後だった。
話の空気が変わったのが。
「私、物心つく前に両親が離婚しちゃって、お母さん一人で育ててもらったんだよね」
「お父さんは大企業の重役で、お母さんはCA。世界中に彼氏作ってたんだって。
一人でって言ったけど、いつも私は一人きりだったんだ。今の大学も、自分の意思で決めたわけじゃないの」
何も返せなかった。
適当にあしらえる自分であればよかったけど、未だ僕には早すぎた。
それからの会話は全てが曖昧で断片的で、時間だけが無駄にすぎていった。
帰り際、彼女は「今度うち泊まりに来ていいよ。君なら変なことしないよね」って口残して消えていった。(それから何度か飲みに行くのだけれども、数ヶ月で解けてしまう)
少し人混みに紛れて、一人きりの喫煙所で一服した。
もう、無言のサラリーマンはいなかった。
なんとなく昔の人の声が聞きたくなって、
電話してみる。
「え、なに?」
「あー、いいよ、そういうの。よくあることだから」
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