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#12【1日1冊紹介】多様な「文書」で撚り上げる、書簡文学のマスターピース。 -第10日目-

『十二人の手紙』
著:井上ひさし(中公文庫)

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《座長の1ヶ月チャレンジ 暫定ルール》
・6月の1ヶ月間、1日1冊の本を紹介する記事を毎日投稿する。
・翌日、Twitterにて通知する(深夜の投稿になると予想されるため)。
・ジャンル、新旧、著者、長短編など、できるだけ偏らないようにする。
・シリーズものは「1冊」として扱う(or 1タイトルのみチョイス)。
・数十巻単位の長期連載コミック作品は原則、対象外とする。
(※現在入手困難なタイトルを紹介させていただく場合もあります)


* * *

 最近でこそ、「ひとりの作家の著作をひたすら読む」とか、「ひとつのレーベルから出る新刊というだけでチェックする」とか、そういった“狭く深く”な本との関わり方をあまりしなくなったものの、それこそ「新本格」最盛期のミステリにどっぷりハマった身なもので、10代の時はとにかく“作家読み”や“レーベル買い”ばかりしていて、逆に純文学やSFなどの他ジャンルには目もくれていませんでした。
 とはいえ、ひとりふたりの作家を追っているくらいだと、そこそこで読み尽くしてしまう。そんなときに、「ググる」なんて選択肢がまだなかったあの頃、頼りにした情報源はブックガイドでした。
 中でも、新書館という出版社が1990~2000年代にかけて広く展開していたハンドブック・シリーズのラインナップにはたいへんお世話になり、買ったり、繰り返し図書館で借りたりして、掲載されているタイトルからめぼしいものをセレクトする、大いに参考にさせてもらったものでした。
 それでもなお、基本的には「ミステリ」――密室だとか叙述トリックだとか名探偵とか、いわゆる「本格」路線の周縁にある作家やタイトルしか目を引いていなかったのですが、おそらく初めて、それらとは異なるもので興味を惹かれて手に取ったのが、ハンドブック『ミステリベスト201 日本編』(池上冬樹編)で紹介されていた、この井上ひさし『十二人の手紙』だったと記憶しています。

 今でこそ(その後、演劇にも関わったので)戯曲における功績をはじめとして、小説で残した数々の名作ももちろん、独特の言葉遊びといった特徴についても重々承知していますし、ここ最近はまた『四捨五入殺人事件』などの他作品と並べて仕掛け売りをしている書店棚も見受けられ、さてリバイバルが盛り上がるかどうかと再注目されるような機運もにわかに感じる、言わずと知れた巨星・井上ひさし――ですが、当時に自分にとっては正直「へぇ……『ひょっこりひょうたん島』の原作者なんだ~」てなくらいのものでした。いやぁ、無知って強い。
 それでも、終始「書簡スタイル」を貫いて書かれているという本書の紹介がたいへん気になってしまい、割とすぐに入手して読んだところ――初版1978年の作品にも関わらず、今となってもその当時の鮮烈な印象は忘れがたく、再読しては唸らされてばかりという胸に刻まれた一冊になりました。

 書簡スタイルと先述しましたが、いわゆる広範な意味での「文書」であって、仕事上のビジネスライクな挨拶文から、手紙(もちろん時代的にメールはないので便箋!)で十数枚にも及んで逼迫した経緯を仔細に知らせるもの、婚姻届や死亡診断書、請願書、作中作としての小説や戯曲、関係者が残したメモなどなど――多種多様な色合いの「文書」の往復と記録を追うことで浮かび上がる12の物語は、いずれも手紙の語りから滲み出る感情の起伏や、簡素な届出文書ゆえに無慈悲に示される顛末などによって、時にスリリングに、時に物哀しく、また時に意外な着地に膝を打つようなドラマが浮かび上がり、そのバリエーションの豊かさにも驚かされます。
 さらにラストの13編目では、少しずつそれまでのエピソードの糸を撚り上げて決着させるというミステリ的な趣向としても仕掛けが施されており、その語りの深さとテクニックに感嘆した後、もう一度他のエピソードを読み直したくなること請け合い!
 若い試みと、確かな技巧が光る秀逸な連作短編集にして、書簡文学のまぎれもないマスターピースだと思います。

(ちなみに極私的には、読後「そんな手が!」と思わず叫ぶ一編、『葬送歌』が推しです)



※ブクログにも短評を投稿しています。



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