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エッセイ|星に向かって

最近は、大学の成果展に向けての制作で、午後はずっと大学で作業をしている。

工作室にこもりきりだと、外の空気を吸いたくなって、よく大学周りを散歩する。

外を歩いていると、秋の涼しい空気が頬を撫でて、気持ちがいい。

大学に延長届を出して、日が暮れるまで作業をした後、ひと段落ついたため、すっかり暗くなった外に出た。

やはり空気が爽やかで澄んでいて、とても気持ちがいい。

田舎にある僕の大学のキャンパスからは、夜空に光る星がとても冴えて見える。

僕はその中でも一際輝きを放っている星に目を奪われた。

しばらくその星を眺めていると、小学生低学年の頃に読んだ絵本を思い出した。もうタイトルや作家名は忘れてしまったが、主人公が星を取ろうとして奮闘するという内容だった。

その絵本の雰囲気がとても好きだった。主人公以外に人を含めた生き物が出てくることはなく、星と少年だけの閉ざされた世界がそこにはあった。最終的に少年は、地上に落ちた流れ星と出会い、2人で踊っていた。その時の彼らの幸福そうな表情は、暗めの色相も相まって、死者たちが踊っているように見えた。どこか神聖な雰囲気が漂っていたのをよく覚えている。

僕は、星に向かって一晩中歩くことにした。星を取りたいという懐かしい気持ちが蘇ってきて、それがとても純粋なことに思えたからだった。

幸い手ぶらで気も楽だ。

僕は星に向かって大学の庭を突っ切り、バス停を横切った。すると目の前が急なくだり坂になっている。大学のキャンパスは、山と丘の中間くらいの盛り上がった土地の頂上付近にある。そのため、谷底に向かう急な坂がいくつかあるのだ。

僕は、草が生い茂った斜面に分け入った。どこまでも歩いていきたかったけれど、闇に続いていく谷底を見ると、さすがに気が引けた。

草むらの中に腰をしずめて、夜空を見上げた。星の光が眩しくて、吸い込まれてしまいそうだ。僕は、じっと星を見つめた。まるで、この世界に自分とその星しかいないかのように、目を離さなかった。すると、視界の端の方に見えていた木の枝が消えていった。星の周りで輝いていた小さな星たちもひとつ、またひとつと消えていった。

少し僕の瞳孔が動くだけで、星の残像が星の周りでかすかに揺れる。

僕と星の二人だけの世界。実際そんな風に感じた。

すると、僕の頭の中で、元ちとせのワダツミの木という曲が流れ始めた。この曲は僕が小さい頃によく聴いていた曲だ。元ちとせの細かく震えるような歌声に、神話のような壮大な歌詞が乗って、心臓をぎゅっと握られるような力を感じた。

いなくなってしまった誰かを待ちこがれ、湖の中で大木になった女神のように僕の体も、星に向かって無数の枝を生やしていくようだった。

11月末外の空気は冷たく肌にひりひりくっついてくる。僕は寒さに耐えられなくなって、星から目を離し立ち上がった。空に向かって伸びている本物の木が風にゆったりと揺さぶられている姿が見えた。

僕は草むらをかき分けて来た道を引き返した。坂を登り切ると、遠くに大学の窓から漏れる暖かい光が見えた。僕は、星と僕だけの孤独な世界から帰ってきたんだ、と思い、少し安心した。

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