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母から決して離れない一歳児のいる育休中女オタクがオンラインイベントで本を出した話①

 はじめまして。はなと申します。

 今回、オンライン同人誌即売会で小説文庫本を出しました。そこに至るまでの話や、オンラインイベントの良さ(特に子育て中のオタクにとってのメリット)をお伝えできればと思い、noteを始めた次第です。

 まずはオンラインイベントを考えてくれた人、本当にありがとう。救われているオタクがここにいます。そして私がのたうち回って書いていても、温かく(生温かく)見守ってくれている周囲の人、本当にありがとう。読んでくれている方々は言わずもがなです。宝くじ当たってほしい。

 このnoteで、さまざまな方面の方々に少しでも感謝の気持ちを伝えられますように。

私について

 

 これは読んでも読まなくてもいいんですけど、簡単に自己紹介します。

 オタク初期

 三十代になってしまった育休中の腐女子です。オタク歴は小学五年生に遡ります。それ以前の自我がない。いたいけな女児の足元を掬ったのはシャー●ンキング。ホ●蓮でした。自分でも書いてみようと思ったのは中学生になってから。鋼●錬金術師のロイ●ドでした。クーラーの効かない部屋で一人、親が会社からもらってきたおんぼろパソコンに向かって短いSSを書きあげて、大興奮だったことを覚えています。保存はフロッピーディスクでした。

 周囲には絵を描く子は多くいて、それでも文章を書こうとしていたのは今でもわかりません。でも自然な流れだったな。好きな文章を書く字書きの方はたくさんいました。個人サイト全盛期だったので、日記や写メ日記(死語か?)を読み漁り、どんな素敵な方が書いてるんだろう、大きくなったらこんな人になりたいな、などとよく想像しました。幼い私が憧れる対象はアイドルでも女優でもなく、二次創作をして神作品を生み出す書き手さんたちだったのでした。

 周囲の友達が次々に新しい趣味を見つけていく中、高校生になっても、大学生になっても、オタクをやめることができませんでした。厳密にいえば、息をするように腐女子で、その時々にはまっていたジャンルの推しカプについて書き散らすことを止められませんでした。

 その時からうすうす気づいていたのですが、私の中で書く行為は排泄と等しい行為でした。頭の中で思い浮かんだシチュエーションやセリフがどんどん繋がってしまって、パンクしそうになるのです。本を読んだあとは尚更ひどかった。それを文章にして何とか吐き出して、もとの生活が送れるようにガス抜きをするのが、私にとっての書く行為でした。

 時を同じくして、周囲の友人たちはツイッターを活用しはじめていました。私も勧められるまま、ツイッターに登録したのですが、これが面白い面白い。なにしろ新しい文章が無限に流れてくるし、好きなだけ呟ける。萌えポイントを好きなだけ語ってスッキリすることもありました。作品の考察が好きなことも相まって、一度ツイッターを開くと検索する手は止まらず、なかなか閉じることができません。今振り返ってみても、本当に意志が弱い。

 結果、一つのジャンルで二、三本書き上げる前に、新しい作品が気になりだし、中途半端な書きかけが手元には大量に残ってはいるものの、形にする熱量はない、という最悪な状態を長年続けていたのでした。

 オタク混乱期

 その間、友人に誘ってもらって、イベントで本を出したこともありました。2012年初めのことです。

 原稿をしている時、ストーリーを書き上げる経験が少なかった私は本当に焦りました。うんうん悩み、これはいかんと思う一方で、本にする以上は中途半端なものを残したくないという、変なプライドもあったように思います。

 それまで書いていたSSは推し二人のスケッチのようだったし、基本的に話が動かないまま終わっていました。じゃあ短編集にすればいいのでは? と今なら思えますが、いくら短編とはいえ、短くとも確実なストーリーが存在しなければただの自己満足の文にしかなりません。ていうか、そもそも私は自分の苦しさを発散するために文章を書いてきたんだった。誰かに読んでもらうには、読み手が読みたいと思うような装飾や加工をしないとならないだろうけど、それってもしかして、ストーリー性なのでは? ようやくぼんやりとした気づきを得たのは、自分で二次創作をするようになってから8年目のことでした。

 そして、これは今となっては本当に当たり前のこととして受け止められるのですが、本にするにはある程度のストーリーがないと読み物として成立しません。そのストーリーを練る力はある日空から降ってくるものではなく、やはりいくつも作品を書き上げていく途中で身に着けていくものだと思うのです。

 このとき、なんとか本は出すことはできたのですが(どんな形であれ入稿できれば本は出ます)、ストーリーを問われると今でもその場に倒れたいくらいの稚拙さでした。文章は継続して書かないと書き方を忘れてしまうものだと、心底理解したのもこの原稿でした。

 オタク潜伏期

 その後、就職し、時間に追われる中、やっぱり書くことが私のよりどころなのだと思うタイミングがいくつもありました。メールでも、手紙でも、エッセイでも、添削でも、二次創作でも、書くと体が軽くなるようなスッキリ感があるのです。

 書き始めた当初から、書くことは私の中では排泄行為でした。書かないと頭の中が詰まっているようなモヤモヤがあって、すごく苦しい。それは思春期だけかと思っていたけど、仕事をしていてもそうだったので、もしかしたら一生そうなのかもしれません。

 そんな中、子どもを授かり、産休・育休に入ることになりました。

 初めての子どもなので、本当に何も分かりませんでした。生まれたての子どもは、人の形をした、なにか別の生き物のようだった。そうして目の前のかそけき生き物について調べつくした後に、何かを書いて発信するエネルギーが私には残っていませんでした。そのせいか、外界と絶たれてしまったという気持ちが強かったのです。少なくとも、仕事をしていた時でも私は何らかの形で発信し、周囲と繋がっていたんだなと気が付きました。自分でも驚くくらい、書かない生活はすごく苦しかった。

 そして、昼夜問わず新生児の世話に没頭していた私がふと顔を上げたとき、世はコロナ禍でした。

 たぶん、今私が子育てしている環境は、一般的なこれまでのものとは違うのだろうと思います。とにかく人と会うことができない。地域の子育て支援センターも人数制限・予約制で、次第に足が遠のきました。友人と会うときも、おっかなびっくりで、どこなら安全か、お互いに調べ疲れているところです(それでも気にかけてくれる友人には本当に本当に感謝の念が絶えません)。

 平日ワンオペなので、言葉の分からない子どもと二人きりで家にいるのは、なかなか堪えます。今となっては私の言うことを少しは理解しているのか、意思疎通ができるので、まだ気が楽ですが、当時、腹を割って話せる大人は夫しかいませんでした。

 子どもを深く愛していますが、子どもが起きている時、私の自我はありません。子供は動き回り、足元に貼りつき、二秒に一回「ママ!!!」と呼びます。子どもが起きている間は、子どもが求めるままに、家の中でも手を繋いでいます。

 出戻りのオタク

 そんな日常なので、日に日に書きたい気持ちは沸々と燃え、家族が寝た隙を見て、また少しずつ書くようになりました。二次創作でもなんでも、やっぱり私は書かないとダメな人間だった。マグロかな。

 幸い、学生だったときよりも、自分の中で書き方のノウハウが手順が確立されて、書き始めるまでの時間が早くなりました。プロットも第一稿も手書き派です。第一稿はかなりガチガチに書く。あと、プロットを立てる前に推しカプ二人の年表を作ると、年表の空白部分を二次創作で埋める感覚になるので、随分書きやすかったな。

 (もちろん、そこに至るまでには書かない期間があまりにも長すぎました。書き方や言葉を取り戻しては忘れ、どこに落としてきたのか振り返っては拾い集めることを、相当な回数繰り返しています。部屋で子どもが寝ている様子を確認しながら、夜泣きがあればすぐに飛んでいけるように冷えた廊下に座り込んで、キーボードに打ち込んでは消しを繰り返していたあの日々。)

 それでも、以前と比べると格段に時間は限られています。萌えてからのんびり書き始めるのでは遅いことを痛感しました。私は夜の数時間しか使えない。このあと職場に復帰もするのだから、これからも文字書きとしてやっていきたいのなら(それはつまり、呼吸するように書かないと苦しくなってしまう私がこれからも生き延びていきたいのなら、ということと同義ですが)、今やっておかないと何もできないぞ。そんな強迫観念にも似た焦りも生まれました。

 そんな時に背中を押してくれた私のお守りです。長谷川ミオさま(https://twitter.com/hanamio3)、紹介してもよいと快くマロ返くださってありがとうございます。

 仕事が忙しいから。母親だから。

 自分で理由をつけて、書くことをやめなくていいと言ってくれているように感じました。というより、書かない理由に負けなくていい。人は書かなくても生きてはいけるけど、それでも書きたいという気持ちを肯定していい。

 書くことは苦しくて果てがないけれど、でも、書きたいから書くんです。だって書かないと、もっと息が苦しくなっちゃうんだもん。

 それ以上も以下もなく、ただ気持ちの赴くままにやっていいのだなあと勇気付けてもらえる本です。時間は作れるんだよ。

 母親をしながら創作をされている方を知ることができたのも大きかったです(一方的に好きです)。とてもとても勇気づけられました。
 母親になったら母親らしい趣味を持たなければならない。誰に言われたわけでもないのに、私は自分に枷をはめていたようでした。眠れないで泣き続ける乳児を抱え、明け方の白っぽい月を眺めながら、途方に暮れている数ヶ月前の自分に言ってあげたい。大丈夫だよ、あなたは母親である前に文字書きなんだから。上手くても下手でも、どんなジャンルでも、文章を綴りたい気持ちを捨てられない人なんだから。


 そんなこんなで、私の自己紹介でした。長々とすみません。ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ②ではオンラインイベント(エアブー、ピクスク)のメリットについてお話できればと思います。

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