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「タイムマシンのレシピ」第2話

夕暮れの河川敷。
「は?」
と、振り返る濱田。瞠目している。
数メートル先に頭から血を流した少年が倒れている。傍には項が開いたままの『アインシュタインへの道』が落ちている。
「…僕?」
と、濱田、地に伏した少年にゆっくり歩み寄る。
「間違いない。中学生の僕だ。たしかにあの日、ここを歩いた記憶もある〈心の声〉」
屈みこみ、少年の顔を確認する。
「指紋は……平気か。僕自身だしな」
と、手を伸ばし、頭の傷。呼吸、脈を確認する。
「午後4時38分、死亡確認」
河川敷に立つ柱時計にちらりと視線を遣り、呟く。
「さて…」
と、頭を掻きつつ、立ち上がる。
「焦る必要はない。推測は容易だ。過去の僕を撃ち殺したのは、おそらく”いつか”の僕……〈モノローグ〉」
と、口元に手を当て考える。
「行動の意図も理解できる。いわゆるautoinfanticide――”自分殺しのパラドックス”の検証だろう。しかしリスクの高いことをする…自分が消える可能性は考えなかったのか?〈モノローグ〉」
「いや、自分が消えない確証があったのか…」
と、呟き、顔を上げる。
「だとすれば、犯人像は三パターンに分類できる〈モノローグ〉」
濱田、目を細め、眼光が鋭くなる。
「①この検証を既に終えた”いつか未来”の僕の仕業〈モノローグ〉」
未来の濱田のシルエットが頭に浮かぶ。
「②過去の僕の死による影響を受けない人物、つまり僕以外の誰か〈モノローグ〉」
?のマークが描かれた人物のシルエットが頭に浮かぶ。
「③無関係な通り魔〈モノローグ〉」
?のマークが描かれた拳銃のシルエットが頭に浮かぶ。
「①だとすれば、なぜ再度検証する必要があったのか。再現性の確認であれば、検証結果を”今の僕”に共有してこない理由はなんだ。集合知こそが”ぼくら”の武器だというのに〈モノローグ〉」
濱田、瞳を右に動かす。
「②だとすればなぜ過去の僕を殺す必要があったのか。未来の僕が検証を依頼したのであれば、なんのために、誰に依頼した。まずもって、僕がこんな興味深い実験を誰かに委託するビジョンも見えない〈モノローグ〉」
濱田、瞳を左に動かす。
「③だとすれば、なぜ”今の僕”は経験しなかったのかが不可解だ。”今の僕”が経験した”特定の過去”という時間は存在しないのか?過去は未来と同じで、変化し得るものなのか…?〈モノローグ〉」
濱田、目を伏せる。
「…まあいい。”軽はずみな旅行者”のことはあとで考えよう。大事なのは…」
と、息を吐き、腕の傷をちらりと見る。
「過去は未来を決定し得ないこと…か」
と、濱田、ほくそ笑む。
「さて、犯人と間違われたら厄介だ。ひとまず…〈モノローグ〉」
と、スマホのカメラで現場の状況を撮影する。
中学生の濱田の亡骸。
地面に落ちた本。
河川敷の柱時計。
振り向き、背後の様子も撮影しようとすると、スマホの画面に人影が映る
濱田、スマホを下げる。
道の先にひとりの少女が立っていることを目視する。
重たい前髪、丸っこい眼鏡、糊の利いた長袖の制服。
ひざ下丈のスカート、黒いタイツ。肌の露出は極端に少ない。
「その子、おじさんが殺したの?」
と、少女が口を開く。
「………その可能性が高いが、そうじゃない可能性もある」
と、濱田、スマホをポケットにしまい、平静を装う。
「なにそれ」
と、少女、怪訝な表情を浮かべる。
「見られたか。どうする。逃げるか、消すか〈モノローグ〉」
目を眇める濱田。
「いや…〈モノローグ〉」
と、少女の胸元をちらりと見る。『玉女』のエンブレムが窺える。
「まあ、なんでもいいや。それより黙っててあげるからさ、私のお願い聞いてよ」
と、少女、無愛想な表情のまま言う。
「わかった。聞くだけ聞こう」
「玉川女子…家は金持ちの可能性が高い〈モノローグ〉」
と、濱田、顎を引きつつ、謀をめぐらす。
「私ね」
少女、口を開く。
濱田は無言で考え続ける。
「だとしたら利用価値がある。こっちでは僕は無一文に等しい。金銭的なサポートが得られれば…〈モノローグ〉」
「殺して欲しい人がいるの」
と、少女がぽつり零す。
濱田、微かに眉根を寄せ、
「…殺し、ね」
と言いつつ、時間を稼ぎ、少女を観察する。
「秋とはいえ、まだ気温は高い。だというのに、肌の露出が極限まで抑えられている。それだけじゃない。目の前の”推定人殺し”を恐れない、暴力や死に対する一種の諦観…〈モノローグ〉」
濱田、自身の眼鏡に指をかけ、
「…なるほど〈モノローグ〉」
と、静かにずれを直す。
「…なら、取引といこう」
「取引?」
と、今度は少女が眉根を寄せる。
「ああ。僕は君のお願いを聞く。その代わり、君に金銭面で援助してもらいたいことがある」
「いいよ。私の家、お金持ちだし」
と、少女、肩を竦める。
濱田は顔を伏せ、微かに口端を上げる。
「で、なににお金が必要なの?」
「タイムマシンの研究開発費を援助してもらいたい」
と、濱田、顔を上げ、至極真面目な表情で言う。
「……は?」
と、虚を衝かれた表情を浮かべる少女。
「僕は未来から来たんだ」
「………」
少女、無言で防犯ブザーに指をかける。
「それを鳴らすなら、もっと前にいいタイミングがあったはずだ。いま鳴らすのは合理的じゃない」
と、眼鏡を直しつつ、冷静にたしなめる濱田。
「…たしかに」
と、防犯ブザーから手を離す少女。
「まあ、別にどうでもいいよ。未来から来たんでも、過去から来たんでも、頭がおかしいんでも。私のお願いきいてくれるなら」
「なら、交渉成立だ」
と、濱田、わずかに顎を上げる。
少女は静かに顎を引く。
「ところで、未来人のおじさん、名前は」
「濱田。濱田俊夫だ。君は?」
「及川。及川美玲」
「及川美玲……及川さんでいいかな」
「別に呼び方はなんでもいいよ。――それより。いいこと思いついた。おじさん、タイムマシンを作ってるんでしょ」
「ああ」
「もしそれが本当ならさ、少しお願い付け足してもいい?」
「…聞こう」
「殺すのは、今この時代の人じゃなくてさ」
河川敷に一陣の風が吹く。
美玲の前髪がさらさらとそよぐ。
「過去に行って、私の両親を殺してよ。私がこの地獄に生まれないように」
前髪が風にめくれ上がる。
美玲の額にうっすらとあざが見える。
「…わかった。叶えよう」
と、真摯な表情で頷く濱田。
河川敷にはきつい夕日が射している。中学生時代の濱田の亡骸から濃い影が伸びる。その横に開かれたままの『アインシュタインへの道』のページが風に捲られる。
『人間性について絶望してはいけません。なぜなら、私たちは人間なのですから。』

〈了〉

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