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ジャズとお酒。高揚と感動。

ネオンや人々の笑い声に溢れた騒々しい飲み屋街から少し離れた静かな住宅街。通りの角には小さな看板と1つの灯り。

OPENのプレートがかかった扉を開けると、店内で流れているジャズミュージックが漏れ聞こえた。

中に入り、店内を見渡すとカウンター席とテーブル席がバランスよく並んでいて、隅にはバンドが演奏できる小さなステージが設置されている。

「21時から演奏がございますので、それまでに喫煙等は済ませていただきますよう、お願いいたします。」

席に着くや否や、灰皿とゴッドファーザーを頼んだ私に向かって店員が伝えた。初めて訪れたジャズバーという場所になんだかそわそわと落ち着かない私は煙草の煙を大きく吸い込んだ。

あたりを見渡すと自分よりも年齢が上の方ばかり。
落ち着いた雰囲気でお酒や煙草、会話を楽しんでいる。

日々の生活や仕事、人との関わりに少し嫌気がさしていた私はちょっとした非日常感のようなものを求めていた。
慣れないことをしたからか、いつもは気にならないまわりの目を気にしては縮こまっていたが、頼んでいたゴッドファーザーを口に運ぶとすぐにその場に溶け込んだような気分になった

そうして1人心を静めることに集中していたら、どこからともなく拍手のぱちぱちという音が鳴り響いた。バンドがステージへと上がっていく。

サックス、ピアノ、ドラム、バス。
年齢も雰囲気もばらばらの4人がそれぞれの定位置へとついた。
初めてこのような場所を訪れた私は「なんだ?今日初めての人たちで結成されたのか?」なんてことを考えながら、同じ集団に属しているには違和感のある4人を見つめた。

室内が暗くなり、ステージに明るい照明が照らされると4人は互いに目配せをし、サックス奏者が音を奏でた。
ピアノ、ドラム、バスと緩やかに音が重なり合っていく。

それまでのバーの雰囲気に合わせたかのようなスローテンポで演奏が進んでいく。うっとりと聴き惚れていると、2曲目にさしかかった。
急なアップテンポ。サックスの少し苦しいような、でも、なんだか聴き心地のいい高音が室内に響き渡る。

奏者4人の表情には笑みが零れる。曲の盛り上がりが最高潮になるにつれて4つの楽器の音が自分自身を包み込んでいるかのような気分になってくる。
体が思わずリズムを刻み、口角が勝手に上がる。
ふと、まわりを見渡すと他の客も体を揺らし、表情が明るくなっていた。
バンドだけでなく客まで巻き込んで、そこには間違いなく一体感が生まれていた。

曲調が変わるたびに店内を包み込む雰囲気までもが変えられ、ライトは一定のはずなのに色味や明るさまでもが変わっているかのような錯覚に陥る。

演奏の中では各楽器のソロパートも入っており、各奏者ともに「全員こっちを見ろ」と言わんばかりにアレンジを加えながら自由に音を鳴らす。
私は楽器自体というよりも奏者に目がいった。

笑みを浮かべる人、まさに全身全霊で演奏をする人、自分の音を感じているかのような表情を浮かべる人。

楽器から溢れてくる音にも“その人自身”が感じられるような気がして、間違いなくその場で初めてお目にかかった人物なのにも関わらず、深い話をしたような本当に不思議な気分になった。

初めての体験がそこでは途中停止することなく、連続して起こっていた。
演奏全てが終了すると自分自身が何かをやり切ったような満足感に包まれていた。

ジャズ特有であろう楽譜に縛られないメロディーやリズムは、客に先を予測することを許さず、瞬間的に生み出される奏者のインスピレーションに圧倒された。

今までにない新鮮な感覚を得られて、本当に満足するものだった。
次に訪れる時にはこんなに俄かな状態ではなく、多少なりとも知識をつけたうえで演奏を聴きに行きたいと思う。

その場所に足を踏み入れたのは本当にたまたまであったはずなのに、少しだけ運命のようなものを感じた。そんな夜だった。

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