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旧県立奈良病院事件(奈良地裁H31.4.25)

1.事件の概要

旧奈良県立病院(現奈良県総合医療センター)に勤務する2名の産婦人科医師が平成26年分の①宿日直勤務時間と②宅直当番に従事した時間分の残業代を病院に対し請求した事件です。

請求額と認容額は、以下のとおりです。

産婦人科医X1は、約648万円の未払残業代と、それと同額の付加金を病院に請求し、判決では、約206万円の残業代と約100万円の付加金の支払いが命じられました。

産婦人科医X2は、約1206万円の未払残業代、それと同額の付加金を病院に請求し、判決では、約199万円の未払残業代と約98万円の付加金の支払いが命じられました。

以下、表にまとめました。

請求額と認容額

※「付加金」(ふかきん)とは、残業代などを支払わない雇用主に対し、裁判所が最高で未払額と同額の金銭の支払いを命じることができる一種の制裁です。

 ざっくり言えば、裁判で未払残業代を請求されると、判決で最高で未払残業代の2倍の金額の支払いを命じられる可能性があります。

2.宿日直業務と宅直当番の労働時間性

(1)旧奈良県立病院のH26年の産婦人科医の宿日直業務

 旧県立奈良病院(以下「本件病院」)では、宿日直勤務毎に原則1名の医師が宿日直業務を担当していました。

 H24年以降は「第二当直」が導入され、月10日程度は2名の医師が宿日直業務を行っていました。なお、第二当直の日は、宅直当番は無しという運用がされていました。

 宿日直業務を担当する医師の業務は以下のとおりでした。

 ・入院患者の病状の急変

 ・外来患者への対処

 ・救急外来の診療

 ✔本件病院の産婦人科医のH26年の救急外来患者数は688人で、宿日直時間中の分娩は301件でした。

 ✔なお、分娩の総件数は538件で、そのうち約55%(301件)が宿日直時間中の分娩でした。

分娩総数

  ✔H26年に、X1医師は40回、X2医師は24回の宿日直業務に従事しました。

 本件病院では、正常分娩の場合も医師が必ず立ち会って助産師等と協力して分娩にあたっていました。分娩が始まると縫合するまで少なくとも1時間は分娩室内で立会い、分娩終了後も経過観察のために2時間程度は待機して報告を受け、異常があれば医療行為を行っていました。

 また、手術を伴う異常分娩に対応するためには産婦人科医2名が必要でした。

 ✔宿日直時間中に、産婦人科医が通常業務に従事した時間は、23.1%と認定されました。

 本件病院の職員が、午後9時から翌8時30分までの間の11時間30分の間に、産婦人科医が睡眠を取り得る時間を調査した報告書が、裁判の証拠として提出されていました。

 調査方法は、全体の時間から、当直日誌や助産録などの記録から業務を抽出して、例えば正常分娩は2.21時間をカウントする等、それぞれの業務の想定時間を差引いて残りを睡眠可能時間として計算されていました。

 判決文の記載から、各医師の睡眠可能時間(病院調べ)の割合を算出しました。

無題

 

 (2)宿日直業務の労働時間性について

 長文ですが、重要なところなので引用します。

 過去の裁判例を引用して、労基法上の労働時間に関する考え方が示されました。

労基法32条の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,かかる意味の労働時間に該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。
そして,仮眠時間を含め,実作業に従事していない時間(非従事時間)において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって,非従事時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきであり,非従事時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているものと評価するのが相当である(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)。

 ここからが、本件への当てはめで、是非読んで頂きたいところです。

 原告の産婦人科医らは、宿日直勤務の全時間帯において,病院長らの指揮命令に従い,本件病院内の宿直室に常時滞在し,呼出しを受ければ速やかに応答して入院患者の急変や異常分娩等に対応するほか,やむを得ない事情がない限り救急外来患者の診療に従事するなど,正規の勤務時間帯と大差ない多様な医療需要に医師として対応することを義務付けられているものとみることができる。

  宿日直時間中の業務を日勤帯に先延ばしにすることは出来ないということを述べて言います。

 医師法を始めとする関係法令の規定や,本件病院の産婦人科が地域の産科医療における中核的な医療機関であって,困難な症例も相当数担当すること(そもそも医師の行う医療行為自体,刻々と変化する患者や妊婦の状態,症状等を診察し,これに応じて,その時点において処置可能な範囲で最善の治療,対処を検討,判断し,これを提供することをその本質的な任務とするものである。)も考慮すると,産婦人科医師らが,宿日直勤務時間帯に提供する医療を当面の措置にとどめて本格的な対応は平日日中に先送りするなどして,自らが宿日直勤務時間帯に行う業務量を任意に調節することも事実上困難であった
  平成26年当時の原告らは,宿日直勤務の全時間帯を通じ,いつでも医療需要に応えるべき立場に置かれ,現に相応の頻度でその需要に応えてきたのであるから,結局,上記当時の原告らは,宿日直勤務の全時間を通じて,病院長らの指揮命令に従った役務の提供を義務付けられていたと評価することができる。
  したがって,原告らは,非従事時間も含めた宿日直勤務の全時間を通じて,県ないし被告の指揮命令下に置かれていたものであり,宿日直勤務に従事していた時間全てが労基法上の労働時間に当たるものと評価するのが相当である。

 宿日直時間帯の医療業務に従事していない時間についても、それは、後から振り返ってみると結果として従事していなかったということに過ぎず、「いつ何時呼出しを受けても,これに速やかに応答して医師としての緊張感をもって実作業たる医療業務に従事しなければならなかった」のであるから労働から解放されていたとみることはできないと判示しています。

 (3)宅直当番(オンコール待機)の労働時間性

旧県立奈良病院の宅直当番制度は、病院の内規等に定めが無い、産婦人科医の自主的な取り組みにより行われていたと認定されています。

そのため、旧奈良県立病院で行われていた「宅直当番」は、病院の指示で行う一般的なオンコール待機とは、やや異なります。

 そのため、本判決の結論をもって他の病院におけるオンコールも同様に解釈することが無いよう注意が必要です。

 判決では、宅直当番の全時間について病院長らの指揮監督下にあったと評価することはできない、すなわち、宅直当番の全時間を労働時間とすることはできないと判示しています。

3.宿日直許可、厚労省の通達との関係

 本件病院は、奈良労働基準監督署長から宿日直許可を受けているので、宿日直時間帯の残業代を支払う義務は無いと主張し、また、宿日直時間中は、産婦人科医は十分な睡眠時間を確保することができると主張しました。

 通達で、宿日直許可の基準として「十分睡眠がとり得ること」が示されているので、十分な睡眠がとれるか否かが問題になっています。

 しかしながら裁判所は、

✔原告の産婦人科医らが、宿日直業務に従事した64日のうち、重症・術後患者があった日は57日にのぼること

✔X1医師については、医療業務に携わっていない時間が6時間未満の日が22日、更に徹夜の日もあることを指摘しました。

そして、病院が、(宿日直時間)ー(医療業務に従事した時間)=睡眠時間としていることを否定し、

そもそも良質な睡眠の確保のためには、睡眠時間が連続することも重要であることは公知の事実に属するところであり,分断された時間の総和で睡眠時間が確保されていると評価することは相当でない

と、睡眠の質に言及して、細切れの時間を足し合わせて睡眠時間を計算することは妥当で無いという見解を示しました。

 そして、現在まで、宿日直許可が取り消されていないことをもって、宿日直業務が断続的な業務にあたると解することはできないと判示しました。


4.最後に

以前、下記の記事でも書きましたが、ハードな当直は、実態として夜勤(全ての時間が労働時間)です。

今回取り上げた訴訟は、実は、第7次訴訟で、第5次訴訟と第6次訴訟も同日に判決が言い渡されていました。(第5次訴訟と第6次訴訟の判決文は入手できていません)

この原告の産科医の先生方は、平成16年分から約10年にわたり宿日直時間中の時間外手当を裁判で請求されています。

今回の判決文は、裁判官が医師の業務の実態について理解を示していると感じ、是非、読んで頂きたくて取り上げました。

(おわり)

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