ハードな当直、それは夜勤です
1.当直とは
勤務医の先生のTwitterを見ていると、「当直室」や「当直飯」が話題になったり、当直中にひっきりなしに患者が救急車やwalk-inで来院することが話題になっているのを目にします。
また、常勤先の当直手当は数万円であるのに、外勤先のハードな当直の場合は10万円前後という差があることに疑問を感じたことは無いでしょうか。
ここで、当直に関する法律上の規定について見ていきましょう。
医療法16条「医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない」
このように医療法に根拠があり、医師を当直させることは、病院の義務になります。ここで気づかれたかもしれませんが、法律では当直のことを「宿直」(しゅくちょく)という表現を用います。
宿直は、一般的に外来診療を行っていない時間帯に医師が入院患者の病状の急変に対処するために医療機関内に拘束されて待機している状態をいい、このような待機時間も、原則として労働基準法上の「労働時間」に該当します。
例外的に、労働基準法第41条第3号の規定に基づき、断続的業務として労働基準監督署長の許可を受けたものについては、労働基準法上の労働時間規制が適用されません。
細かいですが、労基法41条の条文を見てみましょう。
三「断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」というのが宿直勤務に該当しますが、柱書において、労働時間に関する規定は適用しないと書かれています。
労働基準法 第41条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 略
二 略
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
つまり、宿日直許可を得た宿直勤務の時間は、時間外規制が及ぶ労働時間にカウントされないということになります。
労基法の時間外規制が適用されないと、宿直勤務の時間は、残業代の支払い義務も無く、時間外労働の規制も適用されないこととなります。
宿直勤務の時間は、時間外労働の規制の及ぶ労働時間ではないので、宿直の前後に通常通りの昼間の勤務が入り、30時間を超える連続勤務が生じてしまうのです。
2.宿日直許可
宿日直の許可基準についてみていきたいと思います。
医師の働き方改革に関する検討会の議論を受けて、2019年7月1日に新しい通達が出されています。
要約すると
⑴通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。通常勤務が継続する場合はNG
⑵宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること
⑶一般の宿日直許可の条件を満たしていること(勤務の態様として状態としてほとんど労働する必要が無い勤務のみを認める、定時的巡回、緊急の電話の収受、非常事態に備えての待機等。通常の労働の継続は認められない)
更に、
宿日直の許可が与えられた場合において、宿日直中に、通常の勤務時間と同態様の業務に従事すること※が稀にあったとしても、一般的にみて状態としてほとんど労働をすることが無い勤務であり、かつ宿直の場合は、夜間に十分な睡眠を取り得るものである限り、宿日直許可を取り消す必要は無いとされている。
「通常の勤務時間と同態様の業務」とは、何か見ていきますと、
※医師が突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等に対応すること
と記載されています。
皆さん気づいたと思いますが、「稀」どころか、医師が突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等に対応することが「日常的な」当直では無いでしょうか。むしろ、ほとんど労働することが無い(いわゆる寝当直)が稀では無いでしょうか。
このように、宿直勤務は、ほとんど働く必要がなく、夜間に十分な睡眠がとれることが前提となっているので、前日の勤務や翌日の勤務が通常通り発生するのです。
まとめると、通常勤務と同様の診療業務を行っている場合や十分な睡眠がとれず徹夜や仮眠程度の当直は、宿日直許可を取消す必要があり、宿直中の勤務は、労働時間としてカウントされて時間外手当を支払う必要があります。
当直時間帯を看護師のように夜勤として扱えば、通常は交代勤務になりますので、当直明けは基本的に退勤できるということになります。
誤解を恐れずに言えば、
⑴ 寝当直は、労働時間にカウントされず、宿日直手当(日額の1/3以上)のみの支払で良い
⑵ ハードな当直は、当直時間帯全てを労働時間として扱い、時間外手当を支払う必要があります。
3.県立奈良病院事件
県立奈良病院事件(奈良地平成27年2月26日)では、産科医が宿日直時間帯の勤務が労働時間に該当するとして、病院に対し、未払の時間外手当を請求しました。
判決文の一部を紹介します。
「本件病院における宿日直勤務に際し,宿日直1回当たり平均して,少なくとも異常分娩0.3回,その他の産婦人科医師としての救急外来対応1.1回及びその他の救急外来対応0.5回以上の対応が生じており,これらはいずれも昼間と同態様の業務である日中業務に該当すると解される。」
「そして,宿日直担当医師が上記各業務に従事した従事時間の平均を取れば,宿日直時間の23.1パーセントを下らないこと,…,本件病院における宿日直勤務は,その宿日直勤務全体を通じ,常態としてほとんど労働する必要のない勤務であったと評価することはできず,断続的労働に当たるとはいえない。
…宿日直勤務に従事した時間の全てについて,労基法上定められた割増賃金を支払うべき義務がある」
具体的な事情によりますが、本ケースでは、宿日直時間の少なくとも23.1%、日勤と同様の業務に従事していたことなどを指摘して、宿日直の全時間が労働時間に該当し、割増賃金を支払う必要があると述べています。
ケースバイケースですが、この判例に従えば、例えば、当直時間(15時間)中、平均して4時間弱、昼間と同様の診療業務に従事していれば、当直時間である15時間全てが労働時間となり割増賃金の支払いの対象となります。
4.大学病院の架空の例を挙げて
例えば、大学病院の常勤医師の給与が月額25万円だったとします。だいたい時給1500円になります。
この医師は、ハードな当直で当直中の睡眠時間は0時間~4時間程度ですが、宿直勤務の扱いとされ、1回1万5000円の当直手当が支払われるのみです。
当直時間17:30~翌8:30(15時間)全てを労働時間とすると、
(1500×1.25×15h)+(1500×0.25×7h)=30,750円
となり病院は、支払うべき給与を支払っていないことになります。市中病院ですと、一般的に時給が上がりますのでもっと金額は高くなると考えます。
5.最後に
医師の過重労働の原因の一つに当直勤務があると考えています。
奈良県立医科大学が作成した以下のスライドをウェブ上で見つけました。
要約すると
⑴医師当直の夜勤化は大病院(特に大学病院)において医師増員と人件費増加が顕著
⑵タスクシフティングにより時間外労働短縮に向けた取り組みが必要
⑶国による診療報酬上の措置が求められると共に、医療機関自体による早期の対策検討が望まれる。
私の個人的な意見ですが、弁護士のような法律の専門家が労基法違反を指摘するだけでなく、声を挙げられる医師から声を挙げていくことが、病院や国としても何らかの対応をせざるを得なくなり、上記⑴⑵⑶を促すことにつながると思っています。
以上
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