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真冬のソテー

〜登場人物〜
ゆい
えり
むつみ

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ゆいの部屋、小さなテーブルと座椅子。
ゆい、その場でランニングしている。
えり、椅子に座りアンアンを読みながらポテトチップスを食べている。

ゆい「ねえ」
えり「なに?」
ゆい「何やってるか聞かないの?」
えり「別に興味ないし」
ゆい「そう」

ゆい、ランニングを続ける。

ゆい「ねえ」
えり「なに?」
ゆい「何やってるか聞け!!」
えり「はいはい。何やってるの?」

ゆい、走るのをやめて

ゆい「見れば分かるでしょ!」
えり「お前マジうざい」
ゆい「うざいのはお前もだろ。アンアンの抱かれたい男ランキング見てんじゃねえよ。抱かれねえよ!」
えり「うるさいよ」
ゆい「分からないの?」
えり「は?」
ゆい「何やってるか分からないの?」
えり「話戻ってたのか。それすらも分かんなかったよ」
ゆい「ダイエットだよ」
えり「……」
ゆい「ダイエット!」
えり「出た」
ゆい「何よ出たって。何も出てないわよ。何が出たのよ、言ってみなさいよ。さあ!」
えり「ほんっとうるさい」
ゆい「うるさくありません。あんたが食べてるポテチのポリポリって音の方がよっぽどうるさいっつうの」

えり、ポテチを食べる。
ゆい、耳をおさえて

ゆい「ぎゃあああ!」
えり「うるさいうるさい。なんで急にダイエットなの?」
ゆい「急じゃない、一週間前に今日からやるって決めたんだよ」
えり「一週間前?この一週間は何してたのよ」
ゆい「食いだめ」
えり「なんだそれ」
ゆい「昨日までは計画通りだったのよ」
えり「そりゃそうだ。計画通りじゃなくていつも通りでしょ」
ゆい「(耳をふさいで)ぎゃあああ」
えり「聞け、このやろう」

えり、ゆいの手を耳から離そうとする。
必死に抵抗する、ゆい。
引き剥がされ

えり「絶対無理だ」
ゆい「いやああ!やめてええ!」
えり「あんたはダイエットをするって目標だけ立てて三日ぐらいやって頑張った自分へのご褒美ってことでスイーツを食べるタイプだ」
ゆい「ちがあああう」
えり「コカコーラゼロを飲んで節制してると思うタイプだ。そもそも水を飲め」
ゆい「だって水、味しなああい」

ゆい、その場に崩れ落ちる。

ゆい「水……味しない」

えり、椅子に座りなおす。

ゆい「水、味、しない。コカコーラゼロ、味、する。水、味、しない。コカコーラゼロ、味、する」
えり「こえーよ。帰ってこい。別にさあ、明日からでもいいじゃない。久しぶりに遊びに来たんだから一緒にくつろぎなさいよ。お菓子いっぱい買ってきたでしょ」
ゆい「明日やろうは馬鹿やろうよ」
えり「はあ?」
ゆい「明日やろうは馬鹿やろうよ」
えり「何それなんかの標語?」
ゆい「最近流行ってるでしょ」
えり「流行ってないよ」
ゆい「流行ってるよ!」
えり「……」
ゆい「流行らそうよ」
えり「流行ってないんじゃん」
ゆい「ねえ!時間を無駄にしたくないの。今日やれることは今日やりたいの。私、生まれ変わりたいの」
えり「人間そんな簡単には変わりません」
ゆい「何それ全否定?身も蓋もないこと言わないで」

えり、溜息をつく。

ゆい「幸せ逃げるわよ」
えり「逃げないよ。ねえ、イタリア人がなぜ陽気なのか分かる?」
ゆい「なんで急にイタリア人」
えり「いいから。なんでか分かる?」
ゆい「イタリア人って陽気なの?」
えり「ジローラモ」
ゆい「陽気だ」
えり「でしょ」
ゆい「なんで陽気なの?」
えり「イタリア人はね、明日やれることは明日やろうってスタンスなの。あくせくしてないのよ。だからきっと陽気なの」
ゆい「それって良いことなの?」
えり「良いか悪いかは問題じゃないの。けど陽気でしょ?陽気なのは良い事でしょ?あんた今、陽気?」
ゆい「鬱」
えり「やばいじゃん」
ゆい「どうしたらいい?」
えり「いい?私はね、陽気なあんたが好きなの。そのまんまのあんたが好きなの」
ゆい「えり」

えり、ポテチを差し出す。
ゆい、後ずさりする。
えり、更に差し出す。
ゆい、おそるおそるポテチに手を出す。
一口食べて、

ゆい「超、おいしいんですけど〜〜」
えり「でしょ?」
ゆい「ポテチ食べ 心に響く 友の声 塩と涙で 更にうまけり」
えり「おかえり」
ゆい「ただいま~」

抱き合う二人。
むつみ、コンビニ袋を携え入ってくる。

むつみ「こんばんは~。あー、さむっ」
えり「おお~」
むつみ「もう来てたんだ」
えり「さっきね」
ゆい「私も、今、帰ってきたとこ」
むつみ「そう」
えり「早かったね」
むつみ「体調悪いって帰らせてもらったのよ。まったく、新人歓迎会なんてやったってどうせすぐ辞めるんだから意味ないのよ。そんなのやってる暇があったら仕事のひとつでも覚えさせろっての」
えり「かわいい女子なのね、その新人」
むつみ「うっさい」

むつみ、コンビニの袋から缶ビールを取り出しおもむろに飲みだす。

むつみ「ああ、うめえ。我慢してたから余計」
ゆい「飲んでこなかったの?」
むつみ「飲むわけないでしょ。体調悪いふりしてるんだから。ウーロン茶でしのいだわよ」
えり「てか何一人で飲んでんのよ」
むつみ「ああ、ごめんごめん。あんたたちのも買ってきたから」

ゆい、えり、嬉々として袋からビールを取り出す。

ゆい「ポテチにビールって最高の相性よね」
むつみ「あれ、あんたダイエットするって言ってなかった?」
ゆい「私の今の目標は、ジローラモ」
むつみ「は?」
えり「まあいいじゃない。さ、乾杯しよ」
むつみ「よし。それでは一か月ぶりの再会を祝して」
全員「かんぱ~い」

三人飲んで、ビールを堪能する。

むつみ「ていうかさ、なんなのかしらねあれ」
えり「なに?」
むつみ「飲み会でさ、女が酒飲まないって言った時の男どもの一瞬だけ垣間見えるあのがっかり感。あれなんなの?」
えり「ああ」
むつみ「で、その後に他の子がさ、あ、じゃあ私もウーロン茶でって言い出した時のほら、お前が飲まないって言うから他の子まで飲まないって言いだしたじゃないかってあの空気。なんなの?知らねーよ!仲良くなりたいなら酒じゃなくて会話で酔わせてみろってんだばかやろー。あたしゃ、そっちについてはいつでも酔う準備できてまっせ!」

ゆい、えり、笑う。

むつみ「笑い事じゃない」
えり「まあまあ」
むつみ「まあまあって何よ、まあまあって。まあまあって何よ」
ゆい「まあまあ」
むつみ「だからまあまあじゃないっつうの」
ゆい、えり、一拍間をおいて
ゆい・えり「まあまあ」

三人、間をおいて一斉に笑う。

むつみ「あ~、やっぱり落ち着くわこのメンバー」
ゆい「他に友達いないしねえ」
むつみ「おい、それ言うなよおい」
えり「じゃあさ、早速だけど本題に入ろうか」
ゆい「早速だなおい」
えり「だから早速だって言ったでしょ」
むつみ「まあまあ」

ゆい、むつみ、ケタケタと笑う。

えり「ではでは」

えり、鞄からシンガポール、イタリア、ブラジルのるるぶを取り出す。

えり「じゃああん」

歓声とともに拍手をするゆい、むつみ。

むつみ「ついに私たちの三人旅も海外デビューね」
ゆい「LCC様様よね」
えり「安くなったよね~」
ゆい「鹿児島まで四千円で行けるって聞いた時は度肝抜かれたわ」
むつみ「まじ今日の歓迎会の会費で私、鹿児島まで行けたんですけど!」
えり「はいはい、もう蒸し返さないの」
むつみ「ちょっとちょっと、そこはまあまあでしょ」
ゆい「ほんとだよノリわるいなあ。夜はこれからでしょ」
えり「うるさい、先すすめるよ」
ゆい・むつみ「は~い」
えり「というわけで前もってそれぞれの希望をとったこの三カ国の中から選びたいと思います」
ゆい「ブラジル!」
むつみ「シンガポール!」
えり「私イタリア~」
ゆい「イタリア推し過ぎでしょ。さてはジローラモみたいな人と出会いたいとか考えてるんでしょ」
えり「ちがいますぅ」
むつみ「ジローラモ?」
ゆい「えとね、さっきね」
えり「ジローラモは関係ない。私は本場のイタリア料理をおなかいっぱい食べたいの」
ゆい「そんなのカプリチョーザで十分だろ」
えり「あんたと一緒にしないで」
ゆい「お前カプリチョーザなめんなよ!」
むつみ「まあまあ」
ゆい「もういいっつうの」
むつみ「違う、今はほんとにまあまあって言ったの」
ゆい「ああ、そう!」
むつみ「え、何?今キレた?」
ゆい「キレてないよ」
むつみ「キレたでしょ」
ゆい「キレてねえって言ってんだろ!」
えり「やめろ!」
むつみ「もう!話し合うために集まったんだから、ちゃんと話し合おうよ」
えり「そのとおり、それぞれでプレゼンしあおう。まずは誰から?」
むつみ「じゃあ私」
えり「はいシンガポールさん」
むつみ「はい。皆さん、シンガポールといって思い出すのはなんですか?」

それぞれ考えを巡らす、えりとゆい。
しかし思いつかない。

むつみ「ちょっと、本気で言ってるの?嘘でしょ」
ゆい「なんかある?」
むつみ「あるでしょ、誰もが一度は写真やらなんやらで見てるものが」

まだ分からない二人。
むつみ、ジェスチャーでマーライオンを表現する。

むつみ「(口を開けて)ああああああ」
ゆい「はあ?」
えり「なんなのそれ?」
むつみ「ああああああああああ」

むつみ、口から何か出しているジェスチャー。

ゆい「(笑って)わかんないって」
えり「あんたストレスでおかしくなったんじゃないの?」
ゆい「イタリアいけイタリア」
えり「はい、イタリア二票」
ゆい「違う、今のは冗談だって」
むつみ「マーライオン!」

きょとんとする、ゆいとえり。

ゆい「え?」
むつみ「マー、ライオン!」
えり「……まあまあ、ライオン?」
むつみ「まあまあじゃない!マーライオン」
ゆい「マーライオンってあの」
むつみ「ああああああ」

「ああ」と納得するゆい、えり。

ゆい「あれが見たいの?」
むつみ「見たいの~!それでね、写真でね、こう遠近法つかってマーライオンの口から出てる噴水?あれをね、こう自分の口で受け止めるって写真撮りたいの~」
ゆい「しょうもな」
むつみ「なんでえ!?面白いじゃん」
えり「そんなの私がパソコンつかって合成で作ってやるよ」
むつみ「ええ?え、ええ?」
ゆい「見たでしょ、えりが作ってくれた向井理のセミヌードのアイコラ。完璧だったじゃん」
むつみ「いやそうだけど。あれ、あんたたちやってみたくないの?」
えり「ない。なんなら向井理と一緒に口開けてあああってやってるの作ってやるよ」

むつみ「おお、マジか。お願いします!」
ゆい「はいシンガポール消えた~!!」
むつみ「ちきしょー国仲涼子~!」
ゆい「(笑って)意味わかんない」
えり「じゃあブラジルとイタリアの二択ね」
むつみ「ちょっとマジで?もおお」
ゆい「牛だ」
むつみ「牛じゃねえよ」
えり「理由が弱いからシンガポールは却下」
むつみ「却下するならマジで写真作ってよ?フェイスブックにアップするから」
ゆい「やめなってそれ」
むつみ「いいじゃあん」
ゆい「あんたこないだも行ってもいないフランス料理店のなんかうっすい豚カツみたいな料理の写真アップしてたでしょ」
むつみ「とんかつじゃない、ソテーよ。フランス料理にとんかつがあるか」ゆい「なんでもいいわ。ウソついてまで良い店行ってるふりとかしてどうすんのよ」
むつみ「リア充って思われたいのよ」
えり「悲しくなってくる」
むつみ「だって~」
えり「イタリア行ったらさんざん写真アップしてリア充だって思われようよ。シンガポールよりイタリアの方がインパクトあるって」
むつみ「そうなの?」
ゆい「ちょっと、いつイタリアって決まったのよ。ブラジルは?」
むつみ「あんたはなんでブラジル行きたいの?」
ゆい「よくぞ聞いてくれました!」

ゆい、スマホを操作して

ゆい「これよ!」

サンバが流れ始める。
ゆい、踊る。

ゆい「(踊りながら)本場のサンバカーニバルに参加したいの~!」

えり、ラジカセを止める。

えり「却下」
ゆい「なんでよ!」
えり「あんたしか楽しめないじゃない」
ゆい「一緒に踊ればいいでしょ。ほら、踊ろうよ」

むつみにダンスを促すゆい。

ゆい「ほら」

体を密着させてさらにダンスを促すゆい。
抵抗するむつみ。

ゆい「ほらあ」
むつみ「ん、ん、んああああ!」

むつみ、ゆいを突き飛ばす。

ゆい「だあ!」
えり「うお!」
ゆい「何すんのよ!」

何かぼそぼそ言ってるむつみ。

ゆい「なに?」
むつみ「……私、ひざ悪いから」
えり「え?」
むつみ「私、ひざ悪いから!!」
ゆい「マジで?」
えり「そうなの?」
むつみ「ひざ自体が悪いわけじゃないのよ。胃から来るストレスが原因で回り回ってひざに来たの」
ゆい「ウソでしょ?」
むつみ「ウソだと思うでしょ?私も最初診断されたときは耳を疑ったわ。ひざが痛いのに胃が悪いってなんだよそれって。でもこれマジだから、ある意味人体の神秘を味わったわ。追伸、健康は内臓から」
えり「どうやらほんとっぽいわね」
むつみ「だから無理」
ゆい「え~」
えり「諦めなさい。踊れないんじゃしょうがないでしょ。てことでイタリアに決定~」
ゆい「待ってよ、まだイタリア行きたい理由聞いてないでしょ」
えり「もうイタリアしか残ってないでしょ?」
ゆい「ずるいよそんなの」
むつみ「そうね、こっちだって納得して行きたいもの」
ゆい「本場のイタリア料理がどうとかなら納得しないわいよ」
むつみ「カプリチョーザ」
えり「……」
ゆい「何よ」
むつみ「思ってることがあるならちゃんと言いな。あんた人の事には口出すけど自分のこととなると途端に無口になるんだから」
えり「イタリアに……ピサの斜塔ってあるでしょ」
ゆい「ピザの斜塔?」
えり「ピザじゃない、ピサ」
むつみ「あの、傾いてるやつ?」
えり「そう!それ!あれをね、こう遠近法を使って、傾いてるところを手で受け止めてるって写真撮りたいの!」
むつみ「ちょっと待て~!!」
えり「……やっぱり?」
むつみ「耳を疑ったわ。ひざが痛いのに胃が悪いって言われた時以上に耳を疑ったわ」
えり「納得できない?」
むつみ「出来るわけないでしょ」
ゆい「合成しろよ」
えり「その場の臨場感を楽しみたいのよ!」
むつみ「そのセリフそっくりそのまま返すわ!」
えり「いやマーライオンはさ、そこらの銭湯とかでも似たような作りの物あるじゃない」
むつみ「銭湯のあれと一緒にすんじゃねえよ」
えり「基本一緒でしょう?」
むつみ「はあ?あったまきた、ゆい」
ゆい「OK」

ゆい、両足をそろえて直立。
そのまま15度ほど前傾する。

えり「なに?」
むつみ「見りゃわかんだろ、ピサの斜塔だよ」
えり「さすがにそれ無理あるでしょ」
むつみ「基本一緒だろうが、ピサの斜塔だよ」
えり「違うじゃん、それ傾いたゆいじゃん」
ゆい「いいから早く写真撮れよ!辛いんだぞこれ」
えり「ほんとに?」
むつみ「ほら早く」

えり、言われるがままに、遠近法でゆいを支えてる風にポーズする。
ギャーギャー言いながらスマホで写真を撮る三人。

むつみ「はいチーズ」

取り終えた途端、崩れるゆい。

ゆい「まじキツイ」
えり「こんなのちがーう」
ゆい「そうじゃなくてまず礼を言え。誰のためにやったと思ってんの」
えり「頼んでないでしょ」

むつみ、スマホをチェックして
むつみ「うん、よく撮れてる」
えり「……ほんと?」

むつみのスマホを覗き込むゆいとえり。
写真の光景に徐々に笑いがこみ上げてくる三人。
やがて大笑い。

むつみ「ねえ、これフェイスブックにあげてもいい?」
ゆい「いいけど、いいの?フランス料理店から私の部屋になってるけど」
えり「ソテーじゃなくて、ゆいと私だけど」
むつみ「いいに決まってんじゃん。こっちの方がよっぽどリア充っしょ」

ゆい、えり、顔を見合わせてニンマリと笑う。
むつみ、スマホを操作して

むつみ「はい、とうこ~」
えり「ちょっと待って!」
むつみ「なに?」
えり「アップするんだったら撮り直して」
むつみ「はあ?」
えり「ゆい」
ゆい「OK」

ゆい、再び傾く。
えり、満面の笑みでポーズを取る。
むつみ、それを見てまた笑う。

ゆい「笑ってねえで、さっさと撮れやあ!」
えり「いいダイエットね」

更に大きくなる、むつみの笑い声。


                      おわり

     


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