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郷土紙という超ローカル新聞(連載11)本社来訪という情報戦

【新聞は下半分に真実が書かれている】

仲の良い取材先の社長さんがいっていた印象的な言葉があります。
「オレは、新聞は下半分しか読まない。本当のことが書いてあるのはそこだけだから」

ぐぐっ…。
痛いところをついてきます。

確かに見出しは東スポに限らずちょっとオーバーなところがあるよな。
大きな記事では、ミスリードするように書いている新聞もあるよね。
ウチ(本郷日報=仮称)も選挙のときなんかけっこうウソギリギリのこと書いているもんなあ…。
いろいろ思い当たるフシはあるので否定できず、一緒になって笑いました。

誰ですか。この連載の見出しそのものがミスリードじゃないかといっている人は。

新聞の下半分というと、1記事あたり10~30行ほど。1段からせいぜい3段で写真のない記事も多い部分。いわゆるベタ記事が載っているゾーンです。
各国のスパイたちも、情報収集のメインが新聞記事という話があります。彼らも注目しているのはベタ記事なのだそうです。ベタ記事を一つずつ集めていくと、大きな動きがいつ起きるかある程度予測がつくのだとか。
本郷日報の発行エリアである3市5町人口60万人、昔でいう藩レベルの「国」でもそのようなことはいえるかもしれません。

新聞記事は、基本的に事実を書いています。前段で触れているようなミスリードを誘うような部分でも誤変換、数字や固有名詞のまちがいのようなイージーミスを除けば基本的にウソは書きません。
ただ、編集という過程で発行元である新聞社や、情報提供サイドの思惑が見え隠れすることがあります。都合の悪いことを書かないあるいは小さく触れる、ときには重要でないような印象にすることも否定できません。
ベタ記事の場合、何が起きた、何をした、何をいったなど事実だけを伝える記事が多いです。
冒頭に登場した社長さんのいう通り本当のことしか書いていない記事となるわけです。


【本社来訪とは】

下半分に掲載されている記事の中の一つが「本社来訪」のコーナーです。
多くの地方紙(県紙、郷土紙)では、本社来訪や本社訪問というタイトルで、広告部分を除くいちばん下の段に掲載しています。新聞によっては枠で囲っているかもしれません。
新聞社の社長室や編集局に訪れた人を肩書と氏名だけひたすら掲載するという記事です。全国紙でイメージするなら、記事内容は違いますが人事欄や総理大臣の一日の動きを伝える「首相動静」とか「○○首相の一日」のような感じです。

本郷日報版の架空の本社来訪を書いてみましょう。
【○月×日】本郷市文化協会専務理事・未毛蘭次郎氏、同事務局長・黒戸萌音氏▼遠浜交通人事部長・近浜鉄郎氏▼崩壊建設経営企画室長・鉄骨曲折氏、同設計第一部部長・姉鼻構造氏、同部・儀装建痔氏▼白ごはんのまんが盛りを普及させる会会長・麦飯立彦氏、同広報部長・小麦好子氏▼鮪沢学園理事長・肉田蒸郎氏、同高等部校長・魚切刺美氏、同サッカー部監督・蹴鞠山鎌足氏、同部選手のみなさん▼本郷市議会議員・談合坂進氏▼極太化学工業素材開発課長・松戸再縁氏

というような感じでその日に来訪された人を掲載します。
新聞の最下段に活字だけで載るので、あまり重要でない情報にみえることもありますが、ここを読むために新聞をとっている人もいるくらいです。新聞によっては、Web版では有料会員登録しないと読めないところもあります。
全国紙で、中央官庁や主要企業などの人事記事が重宝されるのと同じです。
記事を書いていた身としてはちょっと悔しいですが、こういうベタ記事に重要な情報がたくさん詰まっているのです。

蛇足ながら新聞の場合、掲載スペースの事情で改行したくない場合に「▼」を代わりに使い改行を表現します。


【来訪欄が語ること】

本社来訪に載ったということは、来訪者が何かの理由で新聞社に取材をしてほしい、記事を書いてほしいからやってきたということです。例外として訂正要請や記事に不満がある人などもいます。基本的には、来訪によって取材が発生し(または情報提供を受け)記事になるという流れがあります。

多くの場合、本社来訪に掲載されるのと、記事になるのは同じ日ですが、中には少し先に発表したい情報を持ってきてくれることもあります。
このため、本社来訪欄をチェックすれば、記事のソースが来訪による情報の持ち込みやレクチャーなのか、記者発表や会見または電話による情報提供なのかということもある程度推測できます。

本郷日報の場合、編集局への来訪者と社長への表敬訪問は基本的に本社来訪に掲載しています。しかし、スクープ性のあるもの、情報提供者が特定される恐れがあり、それが不利益になる場合は来訪欄に掲載しません。他紙もおそらくそうなのではと思われます。
掲載順は、その日の来訪した順番に時系列で掲載します。ボランティア団体が最初に載り、後ろから3番目くらいに市長が載るということもあります。
新聞社によっては重要度や社会的地位による順位付けをするところもあるかもしれません。

今回の架空の来訪記事の場合、本郷市文化協会(仮称)という市の美術、芸術関連の外郭団体の上位役員と現場のトップが来訪してきているということがわかります。こういう場合は、新任、退任のあいさつ、表敬訪問がよくあるケースです。
それ以外では市立美術館の次年度の予定のお知らせ、その美術館の中では大きな予算がつく展覧会の案内兼取材と後援の依頼などが考えられます。人物の重要度と反比例して記事としての重要度は高くありません。

主要企業の人事部長が訪れたというのは、春秋の人事異動の掲載依頼や役員級の人事についての情報提供ということが多いです。最近は、担当記者に現場の担当者がメールで直接送ることのほうが多いのではないでしょうか。
地元で影響力がある企業で、グループ会社が複数あって取引先も多い場合、自社サイトの発表だけでなく、対外的に知らせるために新聞を利用します。

建設会社の経営企画室長と設計部門の管理職と担当者らしき社員がそろってやって来る場合は、新しい商業ビルを建てるのでそれについて記事にしてほしいということが考えられます。こういう場合、たいていは紙面にも建設計画の記事が載っています。掲載がない場合は、近く記者発表があるので、その日は必ず来てねという圧力です。わざわざ新聞社までお越しいただいたのにスケジュールの調整がつかないなんていうわけにはいきません。
ローカルな新聞は地元の大きな会社には弱いのです。

本記事では架空の団体ですが、新聞社にはボランティア団体、NPO、政治団体、文化団体をはじめ実にさまざまなグループがやってきます。イベントをする場合、事前の予告記事の掲載と後援、当日の取材の依頼などです。
ちなみに私は、白いごはんをまんがのような盛り方をして食べるのが好きです。本当にこんな団体を作りたいと思っています。

学校の部活動の監督と選手らが来訪した場合は、全国大会や県大会などに出場する前のあいさつにくることもあります。抱負を語るという記事です。大会後に全国大会の結果の報告にくることもあります。学校のPRです。私立の場合は特に熱心です。郷土紙の場合、すべての全国大会を取材するのは予算と人員の面で難しいので大会結果をいただき、掲載するという形になることも多々あります。


【ウワサと憶測の情報戦】

市議会議員に限らず議員の来訪はいろいろなケースがあります。議会内で対立している案件では、いかに自陣営の主張が正しいか説明に来ることもあります。市議会議員が県議会議員や市長に転身する場合も記事に取り上げてほしいのでやってきます。県議会議員が「地元のメディアが取り上げている重要な問題」にするために、わざわざ県政担当の記者に根回ししつつ編集局長に会いに行き、記事にしてもらうこともあります。

このほかにも特に用事がないにもかかわらず、新聞社を訪問したことが相手陣営の牽制になるからとヒマつぶしにやってくる場合もあります。もちろん、この場合は、雑談につきあうだけですが、ときどき雑談の中に大事な話が仕込まれている場合があるので油断できません。

狭い社会ですから、支持者や対立陣営の議員、町長選挙に立候補しようとしているベテラン町議など新聞社を使った情報戦がさまざまなウワサと憶測を呼ぶことも少なくありません。
行政、政治家、企業経営者、文化団体らがおもな読者という郷土紙だからこそ、本社来訪欄が大きく注目されるのかもしれません。

そういわれてみれば全国紙の首相動静欄も、ときに新聞によって登場する人物の取捨が違うと物議を醸すことがありますよね。これも総理大臣が誰に会ったのか、誰に会っていないのかが今後の政局に関連しているからこそですよね。
ちなみに本郷日報では、3市5町の首長が「誰に会った」「どこへ行った」という報道はありません。市や町側がわざわざ発表しないのです。代わりに「きょうの市長・町長」としてその日の予定を掲載しています。


【新製品!? 記事がないと騒がしくなる】

企業の現場レベルの管理職が来訪する場合は、何か新サービス、新商品があるので説明に来たということがあります。
もちろん「広告をそれなりに出しているんだし、社内で10部も取っているんだからぜひ記事にしてね」という「やわらかなお願い」もあわせて行われます。

この場合、普段の取材でも会っている記者と現場の部課長や担当者なので基本的に「阿吽の呼吸」です。本郷日報のエリアでは、ライバル紙と県紙の支局にも訪問していることが多いです。記者発表のときと違い、他紙の質問内容がわからないのでいかに重要なポイントを聞くかが記事のクオリティの差につながります。
企業側は、PRしたいので載せてほしい部分は詳細な資料を作ってていねいに説明してくれます。一方でウィークポイントやあまり触れてほしくないところは、ぼかしたり何もいわないことがあります。サシでゆっくりと聞けるメリットはありますが、記者発表よりも担当記者は緊張します。

企業関係者が本郷日報だけ訪れ、来訪欄に掲載したにもかかわらず、3日以内に記事が載らないという場合があります。こういうとき、ライバル紙や県紙が騒ぎ出すことがあります。私が反対の立場でもそうします。「どんな情報を手に入れたのか」「なにか新製品やサービスを開発したのか」「合併や買収があるのか」「新社屋建設か」などいろいろ勘ぐるようになります。
ときには「○○社の新製品の評判いいみたいだね」などとカマをかけてくることもあります。

遠浜県南部地域では、本郷日報派とライバル紙の南遠浜新聞派に分かれる企業もあります。もちろんどちらかの新聞社にはまったく取材対応をしないというようなことはありません。一部の企業で1年から2年に1回程度、新製品などを片方の新聞社に先に情報を渡し、紙面で掲載されてからあらためてリリースを出すような企業も一部にあります。

そういう企業が本社来訪欄に載ったにもかかわらず何もその後の記事がないと注目度がにわかに高まります。結果的に情報を先にもらう側も実はいいように利用されているともいえます。


地味で目立たない記事ですが、地方紙の本社来訪欄はかなり熱いです。
地方紙を継続的に読んでいる方は必読欄です。


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