そんなわけなかろう(はじまり?
教室の後ろ側の扉をあけると、廊下側一番後ろにあるぼくの机。
椅子が机の上に上がっていることは最近よくあることだったけど、今日はなんだかよくわからないけど、ぽつんと1粒のイチゴが乗っていた。
なんでいちご…?
前にバナナが乗っていた時は、真っ黒なバナナのせいで机にバナナの染みができていたから、またそんな感じだろうかと警戒してみたけど、今日のイチゴは腐ってぐじゅぐじゅしていたりするわけでもなく、葉っぱはついていないけどつやつやしていてとっても新鮮そう。教室いっぱいに広がるイチゴのかおり、とはいかないけど、イチゴの甘酸っぱいニオイが憂鬱になりかけたぼくの気持ちを爽やかにしてくれる。
「そんなわけなかろう」
?
ぼく一人しかいない教室なのに、教室の中から声が聞こえてきた。確かにイチゴの甘酸っぱい香りなんてひとっつも感じないし、気分は最悪だ。でもどうしてわかったんだろう?そうか。最近疲れているし、昨日の夜眠れないついでに遊び半分でやってみたテストでも「日常生活に支障をきたしています。早急に受診を」って書いてあったし、ついに聞こえてはいけない声が聞こえるようになってしまったんだな。
「そんなわけなかろう」
??
またしてもタイミングよく、教室の中から同じ声が聞こえてきた。おにーさんとおねーさんの丁度真ん中くらいの声だから、性別がはっきりよくわからない感じの声。でも口調がとてつもなくおっさんくさい。
「そんなわけなかろう(怒)」
?!
なんだかよくわからないけど、怒られたみたいだ。誰に?こっわ。今日はもう帰ろう。まだ誰にも会っていないから、ぼくははじめから学校に来ていなかったことにもできるし。うん。そうしよう。
カラカラカラッ…
ドアが閉まりきろうかというタイミングで、机の上のイチゴがジャンプしてドアの隙間にはさまりこんだ。ちょうどぼくの目の高さの場所だったので、真っ赤な汁がぼくの顔じゅう、いや、服全体にかかってしまう!そう思い目を閉じるとまたもやあの声が聞こえてきた。
「そんなわけなかろう(笑)」
なんだその笑いをこらえてバカにしたような ”そんなわけなかろう(笑)” は。まったく。人を馬鹿にするのもたいがいにしてほしい。バカにされるのはもうウンザリだ。イライラしながら目を開けると、ドアの隙間にすっぽりとおさまったイチゴはつぶれることなく、ぼくの目をまっすぐに見据えていた。イチゴに見えた赤い物体にはよく見ると手足が生えていて、顔までついている。でもやっぱりイチゴとしか言いようのない見た目だ。
そ、そんなわけなかろう!?
ぼくは手に持っている杖をぶんぶんとイチゴに向かって振り回して威嚇する。何度も何度も杖を振る。魔法の呪文なんてものはぼくの頭の中にはひとことたりとも存在しない。なのにぼくは一心不乱に杖をぶんぶん振りまわす。
杖?
どうしてぼくは杖を持っているんだ?
朝、家を出た時にはぼくの荷物のなかにはそんなものはなかった。ていうか、荷物はどこにいったんだ?おろした記憶もないのに、ぼくの手にも周りにも荷物の影形すら存在していない。おかしい。なんだかおかしい。
ふと我に返ったぼくは杖を振り回すのをやめ、動きを止めてその場に立ち尽くしてしまった。力が抜けてしまったにもかかわらず、杖はしっかりと右手に持っている。右手?そう右手。なんだか細くて毛むくじゃらだけど、ぼくの右手。あれ?いつから毛むくじゃら?おかしい。なんだかおかしい。
手元から杖の先まで順番に見ていくと、杖の先は丸くカーブしていて、何かがそこにはまりこむような形をしている。なにか?何かってなんだ?
もしかして?!
ドアの隙間を見ると、あの赤いイチゴみたいなやつがいない。この短い時間でいったいどこに?周りをきょろきょろと見まわしてみてもやっぱりいない。幻聴だけでなく、幻も見えているのか。この手といい、杖といい、荷物の消失といい…もうぼくは正常ではないのかもしれない。
「そんなわけなかろう」
またあの声だ。今度は教室のなかではなく、杖の先から聞こえてきた。杖の先?
杖の先の何かがハマりそうなスキマに、イチゴそっくりな赤いヤツがさも、はじめからここがわたしの定位置ですよ?みたいな顔をしながらハマっていた。
「そんなわけなかろう」
ぼくは心の奥底からそうつぶやかずにはいられなかった。大丈夫。これは最後にこう書かれて終わるはずの文章だ。
「あぁ、夢か。よかった」
「そんなわけなかろう」
?!
日常から切り離されたいと思いすぎたぼくは、ほんとうに切り取られてしまい、どこかの隙間にゆらりゆらりとひらひらと迷い込んでしまったようだ。
そんなわけなかろう…… ?
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