疲れること 面倒なこと 病気になること それから 元気になること


自分が疲れることは早く済ませる。
それかやめる。嫌なことは、やめる。

面倒だけどやっぱりこうしたほうがいい。
そう思う時は面倒も一時、面倒見る。
それで疲れから解放されることもある。

病気になるのは、いつのまにか疲れることを溜めていたなどいろんな理由。
毒を出せていない。自分を大事にしていない。(だから)大事にもされていない。
どうでもいいことにいらいらし、真の怒りは放置する。結局大事にしてない。

元気になることも、疲れることも、感じられることだ。そこに、キッパリしるしをつけて忘れない。
疲れることをやめたら元気になるし、毒を吐けば浄化される。そこでまた毒を取り込むのではなく、
同じような状況に意識を向けるのではなく、いったい何を見る。
振り返れば失敗と言えることも、それをする必要があってしたのだと言えることもある。その時々の自分の声に意識的であれば。だからかと納得のいくことがある。
うすうすとか直感するとかわかっているということも、実感するのとは違うからで、けれども、なにもあえて苦労しなくたってよかったということもある。あるのだが、時と場合というものがある。

ばかばかしいこと、不愉快なことがある。でも、それは、そうじゃないこともあるということ。
すばらしいこともあるということ。すっきりして気分のいいこともあるということ。
納得いかないということもいっぱいある。そんなことはいっぱいある。
だから、しっくりくることや腑に落ちること、死んでいなくて生きていることに出会ったとき、

それはどんなにか鮮やかになる。(757)


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