忘れっぽい私や誰かのための短い読書 14

それでわたしは、「おかあさんに、ひとつだけ訊いておきたいんだけどー」と口を切って、どこの馬の骨ともわからない自分のような者を三週間も滞在させておくあいだ、なぜ身の上について訊かなかったのか、わたしがどんな身元の人間だか知りたいとは思わなかったのかーとたずねてみたのである。
 するとおサキさんは、こんどは別な猫を膝の上に抱き上げながら、「そらあ、訊いてみたかったとも、村の者ば、ああじゃろ、こうじゃろと評判しとったが、そういう村の者より、うちが一番おまえのことを知りたかったじゃろ」と、やはり静かな口調で言った。そしてそのあとへ、「ーけどな、おまえ、人にはその人その人の都合ちゅうもんがある。話して良かことなら、わざわざ訊かんでも自分から話しとるじゃろうし、当人が話さんのは、話せんわけがあるからじゃ。おまえが何も話さんものを、どうして、他人のうちが訊いてよかもんかね。」と、これも穏やかな調子でつづけたのであった。

 山崎朋子 サンダカン八番娼館

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