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「バズったので宣伝」の次は


 Twitterでは日々「バズ」が発生している。

 そして近年ではそのバズったツイートに
「バズったので宣伝します!」
と宣伝ツイートを追加して皆に知ってほしいものを書く風習が定着している。

 その内容は単なるネタだったり個人的に好きなものだったりもするが、自分がやっているネットビジネスをアピールする「ガチ勢」も多い。

 バズツイートは多ければ何十万という人の目に止まるわけで、宣伝効果としては下手な広告を打つより高いのだろう。

 であれば、ネットをビジネスで使っている者たちが、偶然性に頼った「バズったら宣伝」よりも「宣伝をしたいからバズらせる」という方針に変わっていってもおかしくはない。

 事実、狙ったツイートをバズらせてはそのたびに自分のビジネスや有料記事の宣伝をしている者を何度も見てきている。

 もちろん「狙ってバズる」がいつもできるわけではないが、バズるツイートには一定の傾向があるため、ただ漫然とツイートするよりはそれに沿って狙っていったほうがバズりの確率は高くなる。

 かくして、バズってRTされてきた見知らぬ人のツイートには、どこかで見たようなテンプレート感が出てくる。

 その中で特に気になることが多いのが、「意識高いポエム」とでもいうような内容だろうか。

 だいたいは「好きなことをやればいい」「自分らしさを殺されるな」「どこかに自分を必要としてくれる人がいる」といった地に足がつかないふわっとした内容を語っているのだが、そこには現実的な解はないのであくまで一時的にそれっぽい気分になれるだけだ。

 しかしこのようなポエム的なツイートがバズるのはよく見る光景なので、「自分を取り巻く嫌な環境から解き放たれる」「可能性は無限」というようなリベラルなポルノが多くの人達が気持ちよくなれる「ツボ」なのは間違いないのだろう。


 さて、先日見て面白いと思ったのが以下のツイート。


 これも一見よくある意識高いビジネス系ポエム的なツイートなのだが、このツイート主のプロフィールには「プログラミングやオンラインスクールを展開」とあり、その後のツイートには自サイトへの誘導ツイートが追加されていた。


宣伝をバズらせる

 つまりこれは年齢を理由に諦めるような顧客を減らすためのポジショントークで、一種のCMにもなっているのだ。

 しかし、例えばこれがテレビCMだったらどうだろうか?

 高齢男性が「周りは70代になると何も挑戦しなくなる。あと20年は人生楽しめる。新しいことやらんのはもったいない」とカメラに向かって学習を勧める。そしてその会社名が出る。

 これを見て、その高齢男性が「素人さん」だと思うような方は少なく、あくまで広告という演出におけるキャラクターだと考える方のほうが多いのではないだろうか?

 だが、当該ツイートにつけられたリプライや引用では、多くの方々がこのおじいさんのエピソードについて全く疑いの目を向けることなく、それが全て事実だという前提で話が進んでいた。

 SNSはマスコミや企業などのいわゆる「公式」アカウントを除いて基本的に個人の体験が語られる場所であり、そこで語られる情報は「口コミ」に近い性質を持つ。

 つまりメディアの広告という「作られた」ものよりも信憑性が高いという前提があるのだ。

 宣伝はもちろん悪ではない。

 しかし、その信憑性や真偽の判断という点において、私も含め、SNSにいる人々は旧来のメディアに対するそれよりも遥かに無防備であるように思える。

 去年の12月、映画「アナと雪の女王2」が公開された際に、多数の漫画家が一斉にべた褒めする感想を描いた漫画を投稿するという、「ステマ疑惑」があった。

 Twitterでは漫画家が報酬を得て宣伝ツイートをする場合には「#PR」というタグがつけられるのが一般的だが、この件ではほぼ全員がつけていなかった。一説では広告会社からの指示があったとも言われている。

 こうしたステルスマーケティングが疑われる背景にも「公式の宣伝よりも、個人の体験エピソードを信じる」という我々の無防備さがあるのだろう。

 ちなみに先のツイートは報酬を受けているのではなく本人のビジネスを宣伝しているので、いわゆる「ステマ」には全く当たらない。

 しかし「ツボ」をつくツイートに撃ち抜かれた人々がその内容をあまりにも無防備に受け入れている姿には、Twitterにおける新しい宣伝の流れを考えさせるものがあった。

それは

「バズったから宣伝」

でも

「宣伝のためにバズらせる」

でもなく

宣伝をバズらせる」ことだ。


 例えばTwitterにおける非常に強力なバズリ要素として
「女性の大変さをアピールしてそれに無理解な男性をディスる」
という女性の共感に特に訴えかけるというものがあり、わざわざ漫画に仕上げてくるものも多く見受けられる。

 そしてこれ自体がツイート主によるエッセイやマンガの宣伝になっている場合も多い。

 これも「宣伝をバズらせる」という目的のもとに作られているのだと考えれば「なぜわざわざそういう漫画を描いているのか」という一つの答えになるのであって、肯定的に共感する女性も、批判的に反応する我々も、製作側の「宣伝をバズらせる」という目的のお手伝いをしているだけになっているのだろうなと思った。





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