登録者数のためなら|#2000字のホラー
風呂上り。仕事で疲れた身体にミネラルウォーターが染みわたる。
キャップを閉めてから、惰性でテレビを付ける。
隣県で起きた殺人事件を報じるアナウンサーが映った。
容疑者は今も逃走中らしく、コメンテーターが表情をことさら曇らせ、出頭を促している。
――明日も仕事なのに……
自分とは無関係の事件と分かっていても、やはり気分が落ち込む。
テレビというものは、油断していると、こちらが嫌な感情になる情報を次々と放り込んでくる。そして、いつの間にか仕事で消耗したエネルギーの残量が全てなくなるというのがオチだ。
「続いては、こちらのニュースです。」
原稿を淡々と読み上げるアナウンサーの右上方に、少女の顔写真と名前が表示される。そして、下方のテロップには「高校生、行方不明から一週間」との文字が赤く強調されている。
その瞬間、私のエネルギー残量が尽きた。
テレビを消して、愛用のタブレットで動画配信サイトを開く。
動画視聴は、数少ない楽しみの一つであった。テレビと違って、自分が見たくない情報に触れなくてよい。自分の見たいものだけを選択できる。
私は、登録している配信者の新着動画をクリックした。
この配信者は、「顔出しなし」で活動しているため、首から腰の辺りまでしか映っていない。「顔出しなし」は、登録者数が伸びにくいイメージがある。それでも、この投稿者は、流行りの商品紹介や、そのときのリアクションが話題となり、登録者数は100万人を超えている。
本日の動画も話題の激辛カップラーメンを紹介するもので、身を捩って辛さを伝える姿が何とも可笑しかった。
動画を見終えた私は、右のスクロールバーを操作し、「関連動画」を探ることにした。「関連動画」は、今見た動画の内容に近しい動画を表示するもので、時には思いもよらない面白い動画に出会えることもある。
何度かスクロールすると、ちょうど生配信を行っている投稿者を見つけた。
「【生配信】登録者数1000人いくまで終わりません」とのタイトル。
「〇〇するまで配信を終わらない」ことを謳うものは、「耐久配信」とも言われ、人気のあるジャンルだ。
少しばかりの興味を持ちつつ、その配信をクリックすることにした。
この配信者も、同じく「顔出しなし」だった。「関連動画」として表示されたのは、そのためだろう。声や洋服の感じから、こちらは女性の配信者ようだ。
「キリンジュ大佐のモノマネしま~す。『ここは誰も通さねぇ』」
キリンジュ大佐とは、某有名アニメの人気キャラクターだ。私も知っているが、余りにも似ていないモノマネだった。似せるつもりがあるのだろうか。
しかし、コメント欄は、モノマネが似てなさすぎて逆に面白いと、意外に好評のようだった。「次はガルファイ中佐のモノマネして~」と、モノマネのリクエストも飛び交うほどだ。
「みんな、リクエストも良いけど、ちゃんと登録してよね~」
登録者数は、現在923人。
あと少しで登録者数が1000人となる。この動画配信サイトでは、登録者数が増えれば増えるほど、収益も増加する。そのため、こうした配信を行って、登録者数の獲得を目指しているのだろう。
この間も、配信者は、懸命にモノマネを続けている。やはり全く似ていない。
――私には合わないな
そう思い、ブラウザバックをしようとした次の瞬間のことだった。
「助けてください」
彼女の発した大声がタブレットのスピーカーを震わせた。
何事かと思い、画面を見ると、やつれた少女の瞳がこちらを覗いている。
次の瞬間には、画面がオフとなり、彼女の姿は消えた。
だが、まだ音声は繋がっているようだ。
「私、シズノミキです。誘拐されっ、誰か通報してっ」
その直後、配信は急に終了した。
あの子だ、困惑して独り言つ。
静野美樹、さっきテレビを消すときに見た行方不明の少女と同名。何となく顔も少し似ていたような気がしてくる。
スマホに飛びつき、「1」「1」と番号を押したところで、不安に駆られる。こんなことで通報しても良いのだろうか。間違いかもしれない。
少し冷静になり、同じことを考えている人がいないか、先ほどの配信のコメント欄を見てみる。
――なんだ、これは彼女なりの作戦だったのか。上手く騙された
自分を納得させるように手をポンと打ち、「さぁ、明日も仕事だ」と、いつもより早く横になった。
◆
その日も、惰性でテレビを付ける。
静野美樹が遺体で発見されたというニュースが流れている。
私は呆然として、タブレットで動画配信サイトを開く。
あの配信者が生配信をやっている。コメント欄の質問に答えていた。
「あぁ~、この前はごめんね~。話題になればと思って、変なことしちゃったよね~、行方不明をネタにするのは良くなかったよね~」
画面の向こうの女性が両手を合わせて謝るポーズをする。
「さっ、切り替えて、リクエストをもらったモノマネしていくよ~。あっ、キリンジュ大佐ね~、いくよ~」
私は、彼女を見殺しになんかしていない。
今聞こえるキリンジュ大佐のものまねが、前に聞いたのと全然違うけど、どうでもいい。
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