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カラクリカル・ムジカ

小鳥の囀りと柔らかな白い光で意識が発動する。目覚ましは鳴らないが自然な覚醒を察知して、寝台がゆっくりと起き上がる。
この高揚とともに起床するのは何度目だろうか。階段から改造したエスカレータで下階に降りて大鏡で全身を映す。

初めて見た時に抱いた感想は「なんだ、まるでからくり人形じゃないか!」であった。落胆したのではない、予想外の異形に歓喜したのだ。
毎朝全身の状態を確認する。これが「今」の自分の姿なのだと。
「カッコイイ」と内心うっとりと見蕩れる。

稀代の音楽家、ヒラサワ。半世紀以上もの永きに亘り活動しファンを魅了してきたが、よる年波には勝てず、少しづつ身体の不具合が出始めた頃(それでも長寿の域に達してたが)ある科学技術についての被験者募集を知り、応募した。それは奇しくも人口減少を食い止めるための、国の秘策だった。
入れ替わり立ち代り、何種類もの伝染病が流行り、人口は右下がりの緩やかなカーブを描き始めた。もとより人口の少ない地域、小さな国などは幾つか消滅し、世界地図は何度も書き換えられた。
日本とて例外ではなく、独自の技術力を発揮し、人間の寿命そのものを伸ばす、という実験に成功したばかり。それは人体の脳以外を人工物に置き換えるという技術だった。
そのニュースをヒラサワが見逃すはずは無く、専門機関に何度も問い合わせ適応検査も何度もこなし、幾つもの条件をクリアし、モニターとしてめでたく合格した。
人体改造(とヒラサワが呼ぶ手術)は一日近くかかり、意識が戻ったのは3日後。リハビリは1ヶ月かかると言われたが、わずか十日で新しい身体に馴染み自在に動く事ができるようになった。

親類縁者に生まれ変わった姿を公開すると、みなショックを隠せない表情の後に「らしいよね」「似合ってる」等の感想が寄せられた。ヒラサワにとってそれらの感想は大きな問題ではない。彼がその姿を一番見せたいのは、彼の支持者たる聴衆だ。「概ね同じような感想になるだろう」と言う手応えを得て、その公開方法についての策略を巡らす。
――ヒラサワ機械人間化――はファンには既に知れ渡り期待と不安で騒然としていたが『 不死』を手にしたことは喜ばしい事と受け止められた。
数週間後に控えた演奏会。そこで初めて新しく生まれ変わった姿のヒラサワが公開される。世界中の支持者もヒラサワ自身も、胸を躍らせてその日を待ち望んでいた。

「ヒラサワさん、お時間です」
イヤモニター越しに合図をうける。乳白色に光るすり鉢状の空間、その中心にヒラサワは待機していた。
すっ、と右手を真っ直ぐあげる。緑の光が走り音を奏でる。左手をあげると赤い光が点滅し音がシンクロする。鳥の群れが飛び立つようにパタパタと背後が明滅し、一瞬強烈な光線の後に大音響、そして聴衆の大歓声。
すり鉢ホールの壁面にはモザイク状に視聴者の顔が、パタパタと現れて消えていく。みな歓喜し笑い、涙を流し興奮している。
ホール内にはヒラサワ一人。指揮者のように、魔術師のように、手をかざし指を指し光と音を操り新曲と既存曲を公開する。その様子は何千何万という聴衆に届けられる。
ヒラサワが受けた新たな命も無限ではない。オリジナルの脳細胞を騙し騙し延命しているに過ぎないのだ。既に機能停止時期も自信で決めている。それまで。その瞬間まで。

無人のコンサートホールのボルテージが最高潮に達する。
見えないシナプスが聴衆の一人一人と繋がる、例えようもない愉悦の瞬間であった。

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