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十代の街

(2019年6月15日に「noteのcakes」アカウントで書いたものを転載)

 東京での暮らしが今年で6年めになった。月並みな感想だけど「早いなあ」と思う。人間は歳をとればとるほど時の流れが速く感じられるようになるらしいが、わずか24歳の現在の時点で、すでに時は激流だ。これから30歳も40歳も50歳も、同じぐらい、いや、よりいっそう早く流れていくのだ。そんなあっという間の一生のうち、果たして一個人は何回変わることができるだろう。不甲斐ないと感じる自分を克服することって、本当にできるのか。

 何年間も、同じ場所をずっと同じ音楽・曲を聴きながら通っていることにふと気がつき、愕然とする時がある。自分の感性とか嗜好が数年前から全く何一つ変わっていないことに思い及んだ瞬間、何となく気持ちが冷めてイヤホンを耳から引っこ抜きたくなるのだ。別に音楽の好みや好きなアーティストが絶対に変化するべきだというワケではないけれど、これまで自分から積極的に選び取ってきていたはずのものが、実は惰性とかシチュエーションに選び取らされていたものに過ぎなかった、と分かるのはすごく切ない話だと思う。自分の場合、19歳の頃から物事の考え方も、趣味も、気質も何一つ変わっていないのではないか。基本的にはぐうたらで、時々何かやろう、成し遂げてみようと思い立ってみても、その興奮は翌日には消えかかっている。他の人、例えば大学時代の友だちや、もっと古い中高時代の友だちはどうなのだろう。少なくとも自分の眼に映る彼らは、常に前進しているように感じられるし、だから自分がどんどん置いてけぼりにされていくような感覚にしばしば陥るのだ。

 19歳の頃、僕は「社会」とやらにひどく軽薄な反抗心を抱いていた。それは自分が大学の新歓シーズンにビラを一枚も貰えず、みんなでピースサインをくっつけあって○を作ったり、サークルの仲良し男女6人ぐらいで一斉に飛び上がった瞬間をシャッターで切り取ってもらうキラキラのキャンパスライフから早々と脱落してしまったことと、高校の時に倫理の授業で習った程度のうっすい「ニヒリズム」に耽溺している自分に酔っていたことが主な原因だったのだが、まあこの年頃には割とよく起こる心理だったのではないかと思う。その反抗心は、具体的に「大学の講義に出席しない」という行為に繋げられていた。「英語も満足に話せないのに、第二外国語なんて勉強してられっか!」、「教養科目なんて自分で教科書数ページ読めば十分なのに、それを14週間もかけて学ぶなんて馬鹿なことだ」などとそれっぽい言い訳をつけて、頑なに大学に出席しなかった。わずか11単位。僕が19歳の間に取得した単位の数だ。

 大学に行きたくないのに、なぜか下宿にも帰りたくなかった19歳の僕はよく池袋の街を昼から翌日の早朝までブラブラしていた。池袋西口公園近辺と、雑司が谷や馬場の方にもよく出没していた。深夜の公園のベンチに座って人間観察している自分カッコいいと思っていたし、両切りのピースやゴールデンバット、ガラムなどのヘビーなタバコを何本も立て続けに吸ったりする自分攻めてるなとか思っていた。ゼミの発表会にボサボサの髪と溺死寸前の野良犬みたいな格好で20分も遅れて出席する自分は社会の反逆者だと思っていた。ビリヤードなんかに行って、スコッチやモヒート片手に球撞きごっこをしたりすればもっと自分に酔えたのかもしれないが、あいにく一緒に行ってくれる友だちはいなかった。僕一人だけが僕のファンだった。なんのことはない、自分の不甲斐なさや短所を全部他人のせいにして、自分ひとりだけの自慰的世界に安住していい気になっているだけだったのだ。

 そんな暗黒の10代最後の年、奇しくも僕がよく聴いていたのが「Teen Town」という曲だった。

とある伝説的なベース奏者が作った曲で、インストゥルメンタルだから歌詞はない。しかし、強烈なサウンドと、小説みたいな曲名が気に入ってすぐにレパートリーの一角に入った。毎日の様に聴いていたから、5年経った今も池袋に行くとこの曲が頭の中で自動再生される。

 十代の街。自分は24歳になったけれど、どこか意識が十代の街から抜け出れていないような気がする。一人でいることにも耐えられず、なのに他人と深く関わったりすることに強い抵抗感がある。突き詰めれば自分の不甲斐なさでしかないことを、やっぱり心の奥底では他人の責任に転嫁したくて仕方がないのである。そうやって悩む自分に、常人にはない鋭敏さを都合よく見出し、悲劇的なヒロイズムを感じて悦に入ることもある。そしてまた次の瞬間には自己嫌悪というフリダシに戻っている。深夜の池袋をさまよっていたあの頃から、何一つ変わっていない。僕と同じ姓の、僕より遥かに優秀だった高校時代の同級生が、最近婚約した。僕が十代の街をウロウロしている間に、周りの人々は着実に歩を進め、まっとうな20代の課題に挑んでいるらしいのだ。


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