「何かをする切実さ」が消えていく世界で
①無能が唯一できること
しばらく書くのを止めていたnoteを、最近また始めた。
自分は、何もできない。人を組織して動かすことも、物を作ることも、饒舌な語りで他人を楽しませることも、他人に言われたことを要領よく実行することも。日々出会う全ての人間は、自分にないそれらのものを必ず一つは持っている。彼らに対して羨望と嫉妬の感情を抱かない日はない。どんな場にいても、自分は常にピントがずれている。そのために自己嫌悪を膨らまし続けて幾星霜。自分のことを信じていないわけではないけれど、今のところ唯一できることと言えば、この鈍い頭で考えたことを下手な言葉で書き連ねることだけだった。
文章を書くのが好きになったのは、高校時代、クラス日誌に定期的に書いていた雑文を一部のクラスメイトや先生が面白がってくれたのが嬉しかったからだ。だから、その時の気持ちを思い出しつつ、それだけはポツポツと続けていこうかなと考えている。noteを使い始めたのは、元々は好きだった上田啓太氏の『真顔日記』の過去記事や、『ピュア』を書いた小野美由紀氏の文章を読むためだったが、今はこうして自分で文章を書くためにも使うようになった。noteがあって、よかった。
②何かをすることは基本的に面倒
それでも、文章を書くことでさえ、面倒くさい時は本当に面倒くさい。またいつの日か、止めてしまうかもしれない。文章に限らず、何かしらを作るということはそもそも面倒くさいのである。暖かい布団の中で利き腕の肘から先と瞳だけを動かして動画とゲームと読書に浸っていれば済む受動世界を離れて、体を起こして椅子に座り、何時間も頭を悩ましつつああでもこうでもないと幾度もの失敗を経なければいけない能動世界へ飛び込むのだから、骨が折れるのは当然だ。骨が折れるから、こうしたことを行うには、何らかの「必然性」が必要になる。
③処女作としての「必然性」
何かを作ること、あるいは何かを表現することについて生まれながらにして必然性を持ち合わせている人間は少ない。草間彌生のように、精神疾患から起こる幻覚から逃れるために、絵を描き始めるといったようなことは滅多にあることではない。周りを見ていても、殆どの人間の創造行為は、「なんとなく作ってみたくなった」という、ある種の酔狂から始まっている。漫画『海が走るエンドロール』(たらちねジョン作、2021〜)は、夫を亡くした65歳の女性・うみ子が、1人の若い美大生との出会いをきっかけに映画制作に取り組み始める物語だが、その中で主人公のうみ子は、映画館で映画の内容よりも観客たちの反応をしきりに気にしているところを、海(かい)という名の美大生に「発見」され、映画制作をすすめられる。
この場面は、「なんとなく作ってみたい」人たちの深層にある気持ちを真芯で捉えているように思う。少なくとも、自分は胸の内を言い当てられた気がした。音楽を聴いても、映画を観ても、文芸を読んでも、こんなに素晴らしい作品を自分も作ることができたら……とそんな空想にむしろ気を取られてしまう時が自分にはままある。しかし自分を含めて多くの人は、そんな空想も非現実なものだとして頭の中から消し去ってしまう。そこには「作らないと死ぬ」というほどの必然性が存在しないからだ。それに、わざわざ自分が作らなくても、素晴らしい作品は、すでに一生かけても味わいきれないほど存在する。それらの作品を観ているだけでも、人生は楽しい。一抹の物足りなさをかき消すに余りある幸福を与えてくれる。
④時間ができても、作らない人は作らない
「作る」必然性のほかに、「働く」必然性もベーシック・インカムの本格的な導入によって、近い将来に失われるかもしれない。ベーシック・インカムを支持する意見の1つに、全ての人間が生きるための労働から解放されることによって、自分のやりたいことを各々追求できるようになるという主張がある。でも、本当にそうだろうか。自由な時間が増えたところで、それをわざわざ能動的な活動に費やそうと思える人は少ないのではないか。殆どの人間は、既存の膨大なコンテンツを消費するだけの生活を送ってしまうことになるんじゃないか。全ての必然性から解き放たれた人間が、どのようにして世界に遊びを見出し、作ることに開かれるのか。とても気になることではある。そしてその問いは、実は「無い」必然性を、いかにして存在するように装うか、というもう1つの問いに着地せざるを得ない。物語を語るための物語を語ること、物を作るための理由を作ることが必要になる。
ところで、自分が文章を書く必然性は、冒頭に述べた通りだ。「これしかできないから、とりあえず続ける」。必然性というと、何か頭でっかちな気がするが、こんなもんでもいいのかなという気もしている。自分にとってのクラス日誌みたいに、冗談で作った自主制作映画が思いのほか学校でウケたとか。どうせそのうち死ぬし。
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