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【一人読書会】D. パーフィット『重要なことについて』 #0

デレク・パーフィットの『重要なことについて』を少しずつ読み進めることにした。本書は21世紀の道徳哲学における最重要著作の一つらしい。これが日本語で読めるというのは何とも幸運なことであり、何とか読破にまで漕ぎ着けたい。

今回は本書の概要について。

サミュエル・シェフラーの序論によれば、パーフィットは倫理学におけるカント主義、契約主義、規則功利主義の3つが収斂する道徳理論があることを示そうとしているらしい。

カントの見解が契約主義に近いものと解釈できることは私も知っており、実際、契約主義の現代の復興者たるロールズは、そのメタ倫理学的基礎をカント的構成主義においていたようだ(詳しくは福間聡『ロールズのカント的構成主義』。私はまだ読めていない)。

しかし、カント主義=契約主義と功利主義が交わる地点があるというのは、一見すると意外に思える。倫理学の入門書をひらけば、代表的な立場としてカント主義(義務論)と功利主義(帰結主義)は対立するものとして描かれ、実際多くの思考実験においてもそれぞれ異なる結論を引き出すからだ。

どうやらシェフラーによると、パーフィットは規則功利主義をカント主義的に基礎づけようとしているみたいだ。つまり、カント的な普遍法則の定式の内容が規則功利主義の求めるものと一致するということであり、道徳の形式としてはカント的だが道徳の実質的内容としては規則功利主義といったふうになるようだ。

一般に功利主義といえば、最大多数の最大幸福こそが最も追求すべき道徳的善であり、故に我々はそれを実現するように行為すべきだ、という形で道徳を定式化する。しかし、私はいまいちこのやり方に説得力というか魅力を感じていない。なぜなら、最大多数の最大幸福こそ究極的な善である、ということをいかに示すべきか定かではないからだ。

実際、功利主義においてこれは一つのネックであり、シジウィックあたりはそのことはただ直観的に知られるほかないという直観主義に頼らねばならなかった(シジウィックの著作は読んだことがないが、マッキンタイアの『美徳なき時代』にそんなようなことが書いてあった)。

故に、功利主義を義務論的に定式化するというパーフィットの試みはなかなか興味深いものである。ちなみに、功利主義を契約主義から引き出すというのであれば、ハーサニーという人がやっているみたいで、それとの違いにも注意したい。シェフラーによれば、パーフィットは構成主義には与せず、ロールズのやり方にも否定的なようで、ここら辺が関わっていそうだ。

パーフィットは、カント主義、契約主義、規則功利主義の収斂点たる道徳理論を示す上で、「理由」と「合理性」についての独自の見解に依拠しているようであり、これが彼のメタ倫理学的立場である「非形而上学的非自然主義的認知主義」に通ずるようである。

シェフラーによれば、パーフィットは自らのメタ倫理学的見解が退けられるのであれば、それに対する唯一の代替案はニヒリズム、つまり全ての道徳を幻想とみなす見解だけであると信じているようであり、このことについては私もシンパシーを感じるだけに一層慎重に読み解いていきたい。

また、パーフィットが「カント主義」と呼ぶものはカントの道徳的議論をパーフィットなりに改善したものである。従って、これがカント自身の道徳理論とどの程度隔たったものであるかは、パーフィット以外の哲学者にとっても重要な論点であるようであり、私もカントの道徳理論にはかなりの関心を寄せている身ではあるので、これについても他の書籍を参考にしながら検討していこうと思う。

パーフィットはとにかく道徳上の見解の不一致を解消したいという強い動機があったようだ。何が正しいかは人それぞれである、とか、正義と正義がぶつかりうる、とかいった相対主義や多元主義は現代ではよく聞く考え方である。しかし、このような見方はそもそも道徳というものの実在性についての懐疑をも呼び込んでしまう。複数の「正義」がありうるのであれば、実のところ何か本当に正しいものなんてないんじゃないか、道徳なんてものは所詮まやかしに過ぎないのではないか。このような懐疑に何とか対抗したい。そのためには、相異なる立場が収斂する地点、つまり単一の真なる道徳理論があることを示さなければならない。そのようなモチベーションが本書の執筆へと彼を向かわせたようである。

パーフィットはシジウィックの哲学のやり方、つまり自らの見解に対する反論を自分で挙げて、それに対してさらに再反論し、それに対してさらに・・・という微に入り細を穿つような議論の仕方を美徳と捉えており、それを模範としているようだ。これは私も見習いたい。独創性と明晰さ、そして勇気、これらが哲学者の持つべき最大の徳である。

ともあれ、本書を読むのが楽しみである。一人で勝手に読むだけなので、変にルールとかは作らず、気楽に読んでいくことにしたい。その上で、自分なりに重要だと思った点、議論の余地がある点を中心にnoteにまとめていこうと思う。