名前とアカバとヤアクーブ

一つ前の自己紹介記事で私がネット上で使っている名前を書いたか記憶にない。一応アクピとかAQPとか、まあa,q,pの3語根からなる名前を使っている。この由来はまた別のところで書くとしよう。アクアポリンは響きがかわいいと思います。

今週ヘブライ語の授業を受けていて、先生が古典文法の未完了形、すなわち現代文法の未来形を紹介するのに、עקבという語根の動詞を例示していた。ヘブライ語のキーボードの使い方がわからずあまり細かい表記はできないのだが、この語根は第1態(パアル態)動詞だと`āqab「後をつける」という意味で、その未来形はיעקוב ya`qūbになる。旧約聖書の登場人物「ヤコブ」である。

私はעקבの語根を見た段階でここまで察したのだが、なぜそんなことができたかというとアラビア語が仲介言語として機能していたからだ。クルアーンには、ヤコブはيعقوب と表記される。このローマ字転写はya`qūbであり、これは動詞عَقَبَの三人称男性単数未完了基本形である。
ここでعَقَبَという動詞をみてみよう。aqbという響きに何か見覚えはないだろうか、そう、ヨルダン南部の港町:アカバ(Aqaba)である。しかし、アカバの第1語根が أ (アリフ)である可能性もあるから、ここでعَقَبَと同語根と判断するのは早計だ。ここでعقبという動詞を、みんな大好きHans Wehr Dictionary of Modern Written Arabic でひいてみると、「to follow  (中略), succeed (中略); to come after」とあり、その名詞の女性形عقبةが、「steep road or track, steep incline; pass, mountain road」とある。港のアカバもこれに由来しており、قلعة العقبة「抜け道の要塞」という意味である。シナイ半島の東に鋭く切れ込んだ湾の地形からして、海への狭い抜け道であったことを表す良い地名である。

これまでだと際限なくあるアラビア語ヘブライ語類似エピソードの一つに過ぎない。ここで見てほしいのが私の名前である。というのも、私はこのハンドルネームをアラビア文字やヘブライ文字に直そうと試みたことがあるのだ。日本人の名前を書くときは読み間違えないように長母音を用いる(例:すずき→سوزوكي)が、私の場合qとpは母音を伴わない子音だし、aは子音ではないがアラビア語の辞書サイトでは声紋閉鎖音の代用として使えるなど、まあ要するに子音3つで表すことに適しているのである。

このとき、qは特に迷わずקとقを使えばいい。問題はaとpである。普通の日本語のあいうえおに対応する文字はאと أ だ。だから基本的にはこれを私は採用している。しかし、積極的にこれにする必要もないのではないかと思うようになった。なぜならaqpのaは日本語のアを意図してつけたのではないし、英語のaであるにしても、別の文字になる可能性がある。インターネットでの慣例的なローマ字転写様式において、アラビア語のأとع(有声咽頭摩擦音アイン)は小文字と大文字のみで区別されることも多い。(例:أَتَعَلَّمُ ataAllamu 「私は勉強する」学校で習う転写方式だと'ata`allamuになる)そして私は大文字のAを使ったAQPという表記も使っているので、عを排除することができないのだ。
ヘブライ語だと問題はさらに厄介である。アラビア語のأに対応するのがא
、عに対応するのがעということになっているのだが、ヘブライ語のこの二つの文字は、現代では発音の区別がされないらしい。つまり声門閉鎖音に伴う子音としてaと発音したら、どちらの字にとられても文句は言えないのだ。

そして、pについては逆にアラビア語の方が話が厄介になる。アラビア語にはpの音はなく、b音を表すبかf音を表すفで代用する。外来語を表記するために作られた文字پもあるが、こちらはペルシャ語とウルドゥー語でよく見る一方アラビア語では辞書の中でしか見たことがない。そしてこのپがبに点を2個足した文字であることからも察しが付く通り、代用にはبが使われることが多い気がする。つまり、pはبで表すのが一番妥当なのである。なお、ヘブライ語ではダゲシュつきのפがp音に1対1対応している。

ここに至って、aqpをعقبと表すことの妥当性が証明されてしまった。かなりのこじつけになるが、アラビア語に限って言えばヤコブと同語根と主張することもできてしまうのだ。
日本語とヘブライ語で偶然同じ単語をいっぱい指摘する人も日本にはいたようで、そういう人の肩を持つつもりは全くない。それに、セム語派の言語では任意の子音を3文字選べば低めの確率で何らかの単語になるという遊びが可能なのだ。派生形とか能動分詞・受動分詞とか態とかがたくさんあるなかで、語根として成立する基本概念がアラブ人あるいはヘブライ人の言語世界に30の3乗もあったわけではないだろう。それゆえその低い確率を引き当てたことを喜ぶことができる、という話でしかない。

そもそも、これからも私の名前をعقبと表記することはないだろう。確かに私はأよりعの発音の方が好きだ。喉を酷使している感じがするし、must be learnt by the earと教科書で説明されるくらいにはボスキャラ感がある。でもaqpという名前には続きがあるし、qとpとその次の子音で3子音連続が起こってしまうからこの時点でアラビア語の発音規則上成立しえない名前である。
仮に動詞عَقَبَとして解釈してみても、「後をつける」という意味の名前なんて採用したくない。それに「三人称」「男性」「完了形」、あわわわわ…


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