雀の雨宿り 【Heart warming story 短編小説】
「あらすじ」
早朝出勤の夫の雅之を送り出した後、私には密かな楽しみができた。
それは6月の梅雨の雨の中、ベランダの軒下に雨宿りにくる小さく丸っこい雀の観察。
その雀がつがいなのか2羽で雨宿りに来た時、落とし物をしていった。
それは私達夫婦にとって縁起の良いものだった。
表紙画、挿入画ACPhoto
【雀の雨宿り】
雨の降る6月半ばの水曜日の朝。
早朝出勤の夫である雅之を送り出した午前5時。
寝室へ戻りカーテンを開けて、私はもう一度ベッドに潜り込んだ。
窓越しに見える灰色の空。
私がベッドに寝転がってほんの数分。
ベランダの軒下にある物置棚の上に雨の中を飛んできた小さな鳥が止まった。
小さく丸っこい雀だった。
軒下で雨宿りをする一羽の雀に気付かれないように、部屋の中で私はこっそり見ていた。
こんもりと丸い雀が可愛くて、毛繕いする雀を驚かさないように私は部屋の中で見ていた。
数分して、意を決したかのように雨の中に飛び込んで、小さな翼で羽ばたき飛んでいった。
翌日の木曜日も朝から雨だった。
今日も早朝出勤の雅之を送り出し、寝室へ戻りカーテンを開けて相変わらず灰色の空を眺めた。
ベッドから見えるベランダの物置棚に、また雀が飛んできた。
ベッドで動くと気付かれそうだったので、私は動かずに雀の丸くて可愛い姿を楽しんだ。
体に付いた雨を弾き飛ばすかのように小さな雀は一頻り、小さな翼を広げパタパタ羽ばたいていた。
数分後、小さな雀は再び雨の中へ飛び込んで飛んでいった。
その日、私は軒下の物置棚に小さなお皿を置いて雀の餌台を作り、翌日からパンくずを置くつもりだった。
家事をしながら、私は雨の降る外を眺めては、時折り雀を探していた。
その日の夜、晩ごはんを食べているときに、動物好きな夫の雅之に雀の事を話した。
明日からパンくずを置いておこうと思っていることを話すと、雅之から意外な返事が返ってきた。
『織江、雀でも餌付けはしない方がいいと思うよ。雀のためにも良くないと思う』
『え~、どうして? どういうこと?』
『うん、織江が毎日餌を置くとするだろ?』
『うん』
『雀がそれを見つけて食べに来る』
『うん』
『そして、雀はここに来れば餌があると学習する』
『うん』
『その後、多分わんさかとやってくる。棄てられた猫や犬とは違って元から野生の生き物だからね。野生には野生の生き方があって生存本能があるんだ。
安心安全に食べられる状況を作っちゃうのは、本来の雀の持つ生存本能にも少なからず悪影響を与えちゃうと思うんだ。
ここに餌が無ければ無いでちゃんと自分で探すんだし、ここは集合住宅だからな…絶対、糞害の苦情来ちゃうって。
そうなるとさ、二度とここに来れないように怖い思いをさせて追い払わなきゃならないんだぞ?
せっかく雨宿りに来てるのに、雨宿りもできなくなっちゃうしな。かわいそうだろ?
だいたい織江に可愛い丸っこい雀を追い払うことできるか?』
『ん~無理かな』
『だよな。雨宿りの観察だけしてるのが一番いいと思うよ』
『そっかー、糞害苦情は確かにあるだろうね…。わかった、餌はあげないよ。丸っこい姿だけ見て楽しむ』
『あぁ、その方がいい。あー、腹一杯! 美味かった。ごちそうさま』
雅之はそう言って自分の食器を片付けてキッチンへ持っていった。
『うん、食器置いとくだけでいいよ。アタシ洗うから』
雅之とは22才のときに結婚して9年目。
新婚当時決めた二人の約束、自分の使った食器はキッチンへ持っていく、という約束をいまでもきちんと守る雅之。
仕事は真面目、お酒は飲むがタバコは吸わない。
時々映画や食事で外出もあり、専業主婦の私もそれほど退屈はしていない。
だけど、9年経ってもなかなか子供ができないでいた。
それは、私に原因があることはわかっている。
雅之は焦ることはない。でも諦めないようにしよう、と言ってくれる。
でも、私は31歳。
34才くらいまでには子供が欲しいけど、一度流産している私はまた悲しい思いをしたくない、という気持ちもあり不安定な気持ちが出てきてしまう。
こんなことも、もしかしたら不妊症に繋がっているのかもしれない、と婦人科の先生に言われたことがある。
でも、その後一切妊娠の兆しもなく31才になった。
そんな私は、雨宿りをする雀に早くも情が移ってしまいそうだった。
しかし、雀の餌やりは雅之から固く禁じられていた。
翌日、金曜日も朝から雨だった。
雅之はほぼ毎日早朝出勤で、何時ものように送り出してからベッドで毛布をかぶり、雀が来るのを待っていた。
雅之を送り出してから10分後。
何時ものように雀が雨宿りのため、軒下の物置棚の上に止まった。
今日は口に小枝のようなものを咥えていた。
巣作りかな…そんなことを思いながら、私の心は複雑な思いに沈みこんだ。
数分の間、雨に濡れた雀は小さな翼をパタパタ羽ばたきながら翼の雫を撥ね飛ばしていた。
それから再び小枝のようなものを咥え、雨の中に飛び込んでいった。
それから2日後の日曜日の雨の朝。
雅之は仕事もお休みなので、一緒に早朝のバードウォッチングを始めた。
いつも雅之が出勤する午前5時。
私と雅之は息を潜めて雀を待った。
そして5分後…。
今朝は2羽の雀がやって来た。
私と雅之のように、つがいなのか1羽は小枝を咥えていて、もう1羽は紙のようなものを咥えていた。
小枝を咥えていた1羽が小枝を置いて、翼をパタパタ羽ばたいて雨の雫を弾き飛ばした。
2羽目も咥えていた紙のようなものを置いて翼をパタパタ羽ばたくと、紙のようなものがベランダに落ちた。
思わず顔を上げる私と雅之。
それに気付いて逃げていく2羽の雀。
『あー、驚かせちゃった』
『みたいだな。何落としたんだろう』
雅之は窓を開けてベランダに落ちていた紙を広げてみた。
そして雅之がニヤニヤ笑いながら、私にその紙を見せた。
『おみくじだー。しかも大吉~』
『内容読んでみな』
『どれどれ…宝を手に入れるには今がチャ…』
ここで紙は雨に濡れていて切れていた。
『宝かー、何だろね?』
『俺達が手に入れたい宝は…俺も織江も同じものじゃないかな?』
『…………あっ、あっー!そっかー!』
私と雅之は改めてベッドに潜り込んだ。
それから2週間が過ぎ、梅雨明けとなった。
梅雨の間、雨が降ると雀は雨宿りに訪れていた。
そして梅雨明け1週間後…私は体調の変化に気付いた。
急いで近くの薬局へと向かい妊娠検査薬を購入した。
家に帰り検査薬を使った私は涙が溢れた。
その後すぐに掛かり付けの産婦人科へ行き、検査をうけた。
流産の経験がある私は不安だらけだった。
だから雅之にもすぐには言わなかった。
それから5週後、妊娠は確実なものとなり、私は母子手帳を受け取った。
そしてすぐに、私は雅之に母子手帳の写真を添えてメールを送った。
すぐに雅之から電話がきた。
雅之は凄く喜んでくれて、仕事終わったらぶっ飛んで帰ると言っていた。
私は雅之の帰りを待った。
我慢できないくらい待った。
その日の夜、雅之の帰宅に合わせてちょっとしたご馳走を作った。
具のタップリ入ったお子様ランチ風の少し大きめなオムライス。
それからパン生地で、丸っこい雀2羽を作りココアパウダーで色付けした。
我ながら上手にできた自画自賛。
そして電話の予告通り、雅之はぶっ飛んで帰ってきた。
部屋に入るなり、雅之は私を抱きしめてくれた。
その後、2人でオムライスを分けパン生地で作った丸っこい雀ではしゃぎながら賑やかで幸せな夕食を堪能した。
それから毎日雀が来ないか待っていたが雀は来なかった。
雅之は「もしかしたら、あの雀はペリカン‥じゃなくてコウノトリという雀だったのかもな」と笑いながら言っていた。
梅雨明けの陽射しは強く、夏の陽気でうだるような暑さだった。
日曜日の早朝は、私と雅之は雨が降るのを心待にしていた。
雀にお礼が言いたくて‥‥。
完