2020年7月

はじめての下書き救済noteです。迷った挙句、書きたいことを書き、もし共有してくれる人がいたのなら嬉しいなぁという思いを優先しました。朝からすみません。

7月のこと

久しぶりにゆっくりゆっくりnoteを書きたい気分です。(忘れないように‥自分用の長いメモです。消すかもしれません。そして死について‥センシティブな内容があるので、読みたくない方はどうか、リターンお願いします。)

7月にいろんなことがありすぎて、自分の世界がぐらっと歪むような感覚に陥った。これは悪いことではなくって、気づきがたくさんシャワーのように降り注ぐような、一度にたくさんのことが訪れるような感覚だった。
人との関係についてより深く考えたり、家族とも楽しい出来事が起きたり、お仕事について将来のことも含めて考えたり、生命に関わることまで‥多岐にわたっていっぺんに訪れた。

その中の一つに、三浦春馬さんのことも含まれている。わたしは三浦春馬さんの特別ファンというわけでもなかったのだけれど、笑顔がとても素敵な俳優さんだといつもテレビで見るたびに感じていた。一人暮らしを始めてからテレビを置かなくなったので最近のテレビ事情はあまり詳しくないけれど、YouTubeで見つけた彼のミュージカル動画がお気に入りで、いつか本物の舞台を観てみたいなぁ、なんて思っていた。

でもあの日のニュースをきっかけに、なんだか色んなことを考えてしまい、塞ぎ込んで涙が止まらなかった。わたしの世界とは関わらなかった人なのに‥。
とっても影響力のある人が、この世界からいなくなってしまうことの大きさをダイレクトに受けつつも、なぜ?という気持ちがぐるぐると心の中で渦巻いていた。悲しみが押し寄せた。

ニュースを見た次の日は、お仕事でたまたま逗子へ行く機会があった。すぐに終わるからと、逗子と海が大好きな女友達を当日の朝に誘ってみた。ザワザワしていた心はその子も同じで、連日のニュースなどの影響を受けないよう、テレビやSNSをなるべく見ないようにしていると教えてくれた。
「お仕事がすぐ終わるから、よかったら海いかない?」返事はすでにわかっていた。わたしたちはいつものように、その日現地で待ち合わせした。

お仕事が終わり、ふたりで葉山の神社でお参りしたり、神社のそばの海岸をゆっくりと歩きながら話したり、帰りはタピオカ屋さんでテイクアウトしたタピオカジュースを飲みながら帰ろうとしているときだった。夕日が傾く頃、その友達が「ねぇ、もう一回海見にいかない?」と誘ってきた。
わたしはすぐに「でたな」と心の中で思った。その友人は海が好きすぎて、海岸を歩いただけじゃ飽き足らず、その表情からまだ帰るにはもったいない、なんて思いが伝わってきた。

平日の逗子海岸は、国際色豊かで、外国人の方や近所に住んでそうな少年たち、(海岸でゲームしてる)や、カップルや地元の人たち、サーフィンしてる人などで溢れかえっていた。

私たちは砂浜に何も敷かないまま、服のまま体育座りをして、並んで海をぼーっと眺めていた。
見渡せば夕刻とはいえ、まだまだ明るく海は賑やかで、キラキラとして見えた。こんなふうに海の近くで学生生活過ごしてみたかったねと、2人でおきまりのたわいもない会話をしているときだった。

海を眺めていると、ふとなんだか視界の中で違和感を感じはじめた。少しむこうの波打ち際で、バチャバチャしてるように見える男性が「help」と言ってるような声がした。近くを歩く水着を着た外国人女性がその言葉に気付いて、海を一瞬見て、ふいっとまた何事もなかったように砂浜を歩いていく。
「help」という叫び声は私と友人の耳にも確かに届いた。たしかにその時、みんなの耳に届いていて、異変に気付いた人たちが一斉に海の方を見ている。遠巻きに様子を見てる人たちや、少年たちも何事かとザワザワしている。

波打ち際だけれど、その日は波が高かった。
不安になって友人の顔を見た。「どう思う?」とわたしが聞くと、「うーん」と友人の顔は判断がつかないというような、どっちつかずの顔だった。
溺れてしまうには、あまりにも浅いのではないか。
「ふざけてるのかな?」「何かのドッキリかな?」2人でうーん、うーんと唸っていた。

そばにいた男性が異変に気付いて遠巻きに海を眺めている。腰に手を当てたサングラスのその男性は、口を真一文字に閉じ、表情がなかなか読み取ることができない。「help」を聞いてから、5分ほど経った頃だった。

少年たちがその光景を見ながら波打ち際でふざけはじめた。少年たちの目には、浅瀬で溺れるなんてありえないという感じで、「help!」とふざけあっていた。その間も男性の「help」は続いてた。体感時間は7分から10分程だった。波が高くなり、どんどん流されていく男性から「help」が聞えかけそうになる‥ような気がした。そわそわしてたわたしの心が、はじけるように直感的に、恐怖の感覚を帯びた。

遊泳の監視者はこの時期1人もいない。見渡しても、まるで誰の目にも届いていないように見えた。わたしはものすごく怖くなってしまった。
「もしも、あのhelpが、本当のhelpだったら‥」

わたし自身、海で溺れて死にそうになったことがある。一回は子供の頃、海で泳いでいたら大きなボートが、海面の視界を遮った。ボートの下で呼吸ができなくて、苦しくてバチャバチャしてると、カップルがその異変に気付いて、引っ張って助けてくれた。もう一つは満潮の日と知らず海で泳いでいたら、急に足元が深くなり一気に溺れていったこと。その時は、海の中で恐怖で動けなくなった当時の恋人をなんとか引っ張っりながらひたすら沖まで泳いだ。

この時の記憶がフラッシュバックして、気付いたらわたしは体だけが真っ先に動いてしまっていた。冗談だったらそれがいい。もう人目を気にしてる時間がないと感じた。飛び込むと、わたしの顎の下まである波の中で、うっすら顔をだし、硬直している男性の腕に触れた。

真っ青な顔で、青ざめた唇からは力なく何度も「help」と訴えていた。すぐさま自分の体のほうに引き寄せながら、上半身を掴んで岸まで力一杯に引きずった。
完全に硬直した体で、手も動かせない男性が浅く呼吸をしている。それを見ていた少年達もただ事ではないと気付き、砂浜から何人か手を差し伸べてくれた。みんなで波のこないところまで引きずると、そのまま倒れている男性が、空を仰ぎ見ている。「are you ok?」と声をかけて、少年たちも「大丈夫ですか?」と覗き込むと、青白い顔で少し頷いてみせてくれた。腕にはタトゥーが入っている。

どこからか外国人の仲間らしき人が駆け寄り、その男性に言葉をかけた。彼はゆっくりと引き摺られるよう肩を抱きかかえられ、フラフラとその場をあとにした。

わたしの中で張り詰めていたものが、一気に緩んだ瞬間、同時にずぶ濡れの重たくなった服と、砂で詰まった靴の心地悪さ、あらゆる重みを一身に感じて、ううと唸った。

服を絞っていると友達がハンカチを差し出し、「どうだった?」と駆け寄ってきた。そして一連の流れを見ていた女性も心配して、声をかけにきてくれ、自分の持ち物のタオルとティッシュを差し出してくれた。「心配して見てたんです。やっぱり‥溺れてたんですね。」一枚のハンカチやタオルの暖かさに心が救われると同時に、いろんな意味で苦しくなった。

あの日、わたしは死にかけている人を初めてこの目で見てしまった。その出来事を前に、その直前まで考えていた生と死についての思いが塗りえられてしまうような体験だった。
真っ青な冷え切った肌や、唇。血走った目が、生きたいと伝えた。助けてと伝えた。
死について考えていた一日、わたしは傲慢かもしれないが、その時、たしかに生きてほしいと強く感じた。生きていてよかったと感じた。
その後、お酒を飲んで酔っ払った状態で海に入る人が、どんなに浅瀬でもおぼれてしまうことがある‥という事実を聞いた。
その人もきっと海に楽しみにきたのだろう。まさか自分が溺れるはずなどない、と思ったのだろう。海の中であの目があった瞬間、わたしが知るはずもない、その人のことを想う人たちの存在が一瞬にして頭の中をよぎっていった。これはわたしの思い過ごしかもしれないけど、きっと思い過ごしでもないともおもう。
怖かったでは終わらせたくない重大な出来事だったから、残したいと感じた。命についてあれからもずっと考えている。

最後にここまで、拙い文章を読んでくれた方、ありがとうございます。
ここまでnoteを読んで、重いなぁと思わせてしまった方がいたら、すみません。

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