地平線(小説)⑧

階段を駆け下りていくれおなの後ろ姿。真夏はその場に取り残され、しばらくデッキから外の様子を眺めると、れおなが中庭に飛び出してあい君と呼ばれた青年に話しかけているところだった。

れおなが真夏に向かっておいでおいでのポーズをすると、その青年もこちらを見ている。そして一緒になって、おいでおいでのポーズをした。
リビングにいた子どもたちや尚香さん、かげるさんも中庭に出て、どうやらいよいよバーベキューが始まるらしかった。「バーベキューと教えてくれたら具材買ってきたのに」なんて真夏は思ったが、下のリビングへ降りて、中庭に出るなり真っ先に 「まなっちゃん、ビール飲む?」と尚香が聞いてきた。

ビールあるのか、と思いながら咄嵯に「はいっ飲みます」と答えた真夏に、氷水のプールで冷やしたキンキンのビールを尚香が手渡してくれた。
「それじゃ、黄色いおうちのバーベキュー大会、始めます!今日来てくれたまなっちゃんは、もうすぐお誕生日だよね?まなっちゃんのお誕生日会も兼ねて・・・ということで、乾杯!」尚香が言うと、子ども達も口々に「おめでとう」と言って乾杯をした。
まさかこの場でお誕生日を祝われると思ってなかった真夏は意表をつかれ、「ありがとう」と言って、尚香やかげるや子どもたちが近づけたグラスに缶ビールを合わせた。キンキンに冷えた屋外のビールは、とても美味しい。
いつの間にか隣にいた青年が紙皿を手渡して、「お誕生日なんだ!取られちゃう前にいっぱい食べなよ!」と笑った。 

「あおいくんー!私にも」
「あい君おかわり!」
せっせと肉や野菜を焼く尚香と碧に真夏が加わり、小学校高学年くらいの子は自分で肉や野菜を焼き始める子もいた。紙皿を持ってくる小さな子に、真夏は次々と焼いたものをのせる。すると嬉しそうに紙皿を手にした子どもたちがきゃっきゃと走っていく。紙皿にのせたお肉をかげるに渡した子が、かげるに頭を撫でられくすぐったそうに笑っていた。
「はい、どうぞ」真夏がれおなの紙皿にお肉を乗せると、これはまなっちゃんの分と、れおなが真夏に手渡した。その仕草があまりにも可愛くて、「れおなちゃん、ありがとうね」と真夏がにっこり言うと、
「れぇちゃん、俺の分は?」と隣から碧が恨めしそうな顔をした。
「あい君は自分でやりなさい!」とれおなが言うと、皆の笑いを誘った。「そうだそうだー!」と野次を飛ばすユウくんが、碧にじゃれつき、二人ではしゃいでいる。
「こら!ユウくん、箸が危ない!目に刺さったらどうするの!」と尚香に怒られたユウくんが「はーい」と言ってちょっとシュンとした表情で碧を見た。 

その後は、碧がお手製のもやしたっぷり焼きそば15人前を振舞ってくれた。わきあいあいとした穏やかな時間が流れ、空腹が満たされた子どもたちは、各々の楽しみを見つけ出し、「ごちそうさまでした!」と言うと、片付けたりどこかに走り去ってしまった。
真夏はふと、この場に絵都がいなかったことを寂しく感じた。同時にふつふつと疑問が湧き始める。 

 確かにあの日住所を書いたメモをかげるから受け取り、真夏に手渡したのは絵都だった。「さぁ」なんてとぼけたふりをして、絵都は今日のことも、ここがどんな場所かも本当は知っていたんじゃないだろうか。それにお店は定休日だし、絵都もここに来れた筈だ。様々な憶測が一瞬にして真夏の頭を駆け巡る。 

「真夏さんてさ、爺ちゃんの店で働いてるんだろ?」
その時、話しかけられた真夏は、「爺ちゃん?」と一瞬にして絵都のことが吹き飛んでしまった。
「あ、もしかして。碧くんて、かげるさんの・・・。」
その時、いつかの温かな空気を感じた真夏は、すっと緑の光の中に溶け込んでいった。 

「孫の絵だよ。」 

「お孫さん、素敵な絵描くんですね」
かげるさんがビリビリと茶封筒を破く・・・。そう、大きなツリーハウスの絵が出てくるんだった。これは、私があれからカフェKOKAGEで何度も目にしたツリーハウスの絵だ。
「お孫さん、まだ会ったことないけど、かげるさんに似てイケメンなんだって。」
クスクス笑う絵都。そうだった。確かこの時私も一緒に笑ったんだった。かげるさんの革のソファーで、私達はたわいもない会話をしながら、えっちゃんと初めて出会った日の、えっちゃんのドジなエピソードをみんなで話してたんだよね。暑い日なのに、何も聞かずにホットコーヒーを出しちゃうえっちゃん。なのに、スノードームをまるで調味料かのようにテーブルに置いてさ。季節ちぐはぐなカフェだなぁ、とか。

あの日に戻った真夏は、碧はかげるさんに似て、子どもたちに優しく親分肌で、情に熱そうなこだよ、と言いたくなった。隣にいる 絵都がたわいもない髪についての会話を始めた。すると、高校生までおさげ髪だった真夏は、ふと自分の髪に触れる。ふわふわのボブヘアだ。えっちゃんの茶色いサラサラな髪が羨ましいな。真夏が手を伸ばすと、えっちゃんのサラサラの髪に触れた。ニコニコ笑ってるえっちゃん。えっちゃんはあと、何を秘密にしてるの? 

「どうしたの、急に」
ふと男の子の声がして、我に返った真夏はハッと驚いた。
目の前にいたはずのえっちゃんが、いつの間にか碧になっていたのだ。
「ごめん、私何かした?」
少し碧が照れた表情で、人差し指で鼻をかきながら「別にいいけどさ」と言う。真夏は焦り出し「え、教えてよ!」とまとわりつく。碧はまるで猫のように「何でもない」とそっぽを向いてしまった。
その時、焦った真夏の口から咄嵯に出た言葉が、

 「碧くん、えっちゃん知ってる?」だった。 「えっちゃん?て爺ちゃんの店で働いてるこでしょ?会ったことないなぁ。」
「えっちゃんは、私より先輩で・・・。なのに今日のバーベキュー、参加してなくて。」
「用事でもあったんじゃない?」しれっと碧が言った。 

その会話をたまたま聞いてた尚香が、あっとした表情を見せた。
「ごめん、まなっちゃん。言ってなかったね。実は今日のこと、かげるさんからは口止めされてるの。今日ここであったことは、えっちゃんには言わないであげてって。あと、今日来られなかった樹里ちゃんにも。」 

真夏は困惑した。

「でも、ここのメモを手渡してくれたのがえっちゃんなんです・・・。もし聞かれたらどうすればいいですか?」秘密にするのは真夏の性に合わないどころか、よりにもよって相手が絵都だ。居心地の悪さを感じてしまう。 

「大丈夫。えっちゃんの方からは、きっと何も聞いてこないはずだから。」
尚香の言う「大丈夫」の根拠がいったいどこからやってくるのか・・・真夏には見当もつかなかった。 

先ほどまであんなに眩しく晴れていた空がいつの間にか、積乱雲で暗く覆われはじめていた。

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