花束
雨靴をはいて出た夜。
雨が優しく降り続く夜。
玄関の扉を開けるとそっと冷気に包まれた頬。
うきうきしながら花屋へ向かう。
青い傘はわたしのお気に入り。
花屋のお花の花びらが雨露を身にまとい、店先のライトに照らされて、ぼうっと光りにつつまれている。
なんだか水に当たっても嬉しそうに生き生きとしている。わたしはお店でおじさんに話す。
「この黄色とオレンジの花を、可愛くアレンジしてください。」
黄色とオレンジって元気になるから好きな色。
おじさんはにこにこと嬉しそうで。
「お花少しおまけしといたよ」
お花もおまけってあるんだなと、わたしは思う。
この町の人気のケーキ屋さん。苺のチョコレートケーキにしようかな。クッキーにチョコペンで名前を添えてもらうかな。
ろうそくもつけてもらおう。
ケーキの箱とリボンのついた花束。
誰がみたって、これからわたしが何をするか、きっとわかりやすいだろう。
少し恥ずかしいが、電車に乗って数駅先のあの街まで。
お花もケーキの箱も傾けないように持つのはけっこう難しい。
電車がゆっくりと到着して、タクシーのロータリーへ向かう。
ロータリーは雨だから大行列で、傘が並んでいる。なかなかタクシーは来ない。
着信がくる。
「迎えにいこうか?」と。いつものように。
「あと、4番目だからいいよ」
わたしは言う。今日はあの人の誕生日だから。
雨の夜なのに、待ち時間も人々は楽しそうに話している。タクシーが人を乗せるたび、前に進む。
少し肌寒くなってくる。
やっとタクシーがわたしの番になる。
雨の中タクシーが止まってホッとする。
女性の運転手さんがチラリと運転席から目線を向けた。
「どこまでいきますか?」
雨を打つ窓を眺めながらタクシーはゆっくりと動き出した。
「今日は朝から雨ですね」
話しかけてくれた声は優しい。
「そうですね。タクシーはこんな日はやっぱり混みますか?」
「はい。雨だと、お年寄りが病院に行くまでに使ったり。病院へ行く前に事故したら大変ですから」
女性がハハハと、つられてこちらも笑う。
「タクシーは大変そうですね。いつもより、なかなか来なかった気がします」
「今の時間、ちょうどガソリンスタンドへ行く時間なんですよ。」
なるほど。と感じた。
タクシーを降りると、その女性の運転手さんが後ろで少し見守ってくれている気がした。
雨の中のタクシーが去っていく音がする。
見慣れた家の前。
明かりのついた玄関先。
あえてチャイムを鳴らしてみる。
「開いてるわよ」
と聞きなれた声。
わたしはもう一度チャイムを鳴らす。
出てきたら
「ハッピーバースデー」
花束を真っ先に渡すつもりだった。頭の中で予行練習したんだ。
顔を出した母に少しだけ、野生のようで元気のいい花束をわたした。
母は嬉しそうな顔をして受け取る。
花瓶に生けられた花たちはテーブルにすぐ馴染んだ。
この育った街にあるお花屋さんも、とても美しいけれど。
わたしは、わたしの暮らす町のお花屋のおじさんが毎日、大切に花を手入れしてるのを知っている。
ケーキも、この街にはたくさんケーキ屋があるけど、わたしの町の有名なケーキ屋さんのケーキは可愛くて、個人店でがんばってるのを知ってる。
だから、今は違う町で暮らす30歳の娘から、
届けたかった想いの全て詰めて贈るね。
素直になれない日が多い。
ごめんねと心から思えた夜だった。
母は辛いことがあっても負けなくて、
光の方へと常に向いて、周りにたくさん理解者がいて。
一緒にいてもわたしの影はかき消えてしまうから。
本当はもっと気づいて欲しい日もあったよ。
でもその明るさに照らされて、救われていたのは本当のことだよ。
ありがとうより、ごめんね。を。
そんな夜だった。
そしてやっぱり、ありがとう。
お誕生日おめでとう。
2019年2月28日
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