YOASOBI「アイドル」NHK紅白歌合戦での演出が示すもの

トピック

  1. 「アイドルの嘘」をテーマの1つにしている楽曲に現実のアイドルを参加させることの是非

  2. Ayaseとikuraが埋没してしまった問題

  3. 旧ジャニーズ事務所所属グループ出演除外の影響

基礎知識編

YOASOBIと「アイドル」

YOASOBI『アイドル』(※以下、一般名詞との競合を避けるために楽曲について指す場合は「YOASOBIアイドル」ということにする)は漫画【推しの子】(赤坂アカ・作、横槍メンゴ・画)を原作とする同名アニメの第1期主題歌として制作された。

YOASOBIは小説投稿サイト「monogatary」スタッフによる”小説を音楽にするユニット"として企画されたものであり、制作した楽曲にはすべて原作小説が存在する。逆に言うとラジオ番組の企画などで原作小説なしで制作した楽曲ではYOASOBI名義は使用しない、というポリシーがある。

YOASOBIアイドルの原作小説は赤坂アカ『45510』。【推しの子】主人公の母親である星野アイが所属していたアイドルグループの別メンバー視点で描かれている。YOASOBIアイドルはこの原作小説及び、漫画版の内容も含んで作られている。乱暴に要約すると、双子の子供を出産し、ファンには内緒で育てている女性アイドルが「完璧なアイドル」の役割として「愛してる」という本心ではない言葉を発しながら、最後/最期には嘘ではない「愛してる」を言うようになる歌である。

YOASOBIアイドルの日本のテレビ初披露

YOASOBIは今年、何度かテレビ出演をしているが、今年発表した別の曲を歌唱したり、音楽フェス主催者を通じてライブ映像を提供するなどの対応を取っていた。韓国の音楽番組ではYOASOBIアイドルを披露していたが、日本国内では紅白歌合戦が初。おそらく、”特別な演出”を前提に、NHKとかなり前から国内の他の番組では披露しないという約束をしていたのではないか。

2023年後半のYOASOBIテレビ主演
・2023/9/14 NHK MUSIC EXPO
NewJeansとの対談、Summer Sonic(2023/08/19幕張) でのYOASOBIアイドルのライブ映像
・2023/9/21 韓国Mnet M COUNTDOWN
YOASOBIアイドルのスタジオライブ披露
・2023/12/18 TBS系列 CDTVライブ!ライブ!クリスマスSP
USJから『アドベンチャー』を披露
・2023/12/22 テレビ朝日系 ミュージックステーションSUPERLIVE 2023
『Biri-Biri』を披露
・2023/12/30 TBS系列 輝く!日本レコード大賞
特別国際音楽賞受賞コメント、Clockenflap(2023/12/1香港)でのYOASOBIアイドルのライブ映像

「紅白」のクライマックス

紅白歌合戦での演出については以下のような要素を検討したはず
・楽曲としての特性
・アニメ【推しの子】との関連性
・長丁場の歌番組の序盤・中盤・終盤の配置場所
・番組内での役割
それらを踏まえて、2023年の代表曲として、番組の最終盤に最大の盛り上がりを得られるようなお祭り演出を選択したということである

アイドルの嘘

YOASOBIアイドルはいわゆる”アイドルソング”ではなく、カテゴリーとしては”アニメソング”である。日本の伝統的なアイドルソングでは選択されない切り口と、ボカロPの技術を基礎に欧米や韓国の作曲家から刺激を受けて取り入れた要素を・・・みたいな分析は音楽評論家に任せる。

負の側面も含めてアイドルのことを歌った楽曲をアイドルに踊らせるメタ構造について気持ち悪さを感じる人もいる

一方で、それはナイーブなものの見方であって、楽曲で提示されているようなアイドルの内実は現在ではアイドル本人・アイドルファンに共有されている、と見る人もいる

私の心情は後者に近いが、YOASOBIアイドルが歌詞の意味を超えて広がってしまった状況においては「どちらも深くとらえすぎだろ」という思いである。数多く存在する現役アイドルによるカバー動画について、「そもそも現役アイドルが『YOASOBIアイドル』を歌う意味」について深く考える必要はなく、「曲調が好きだから」「流行ってるから」「再生数が回るから」で十分だと思うし、意味を考えてみたところで現役アイドルたちにとってマイナスになる要素は私は感じない。

YOASOBIアイドルは、アイドルの嘘や虚像がテーマの一つではあるものの、アイドルという存在そのものに対しては肯定的であり、星野アイという存在を通して、「アイドルの尊さ」が伝わってくる曲というのが私の解釈である。

アイドルや、そうは名乗っていなくてもアイドル的な存在として芸能活動をしている人たち(※以降、まとめてアイドルと呼ぶことにする)がこの曲を演じることに「何か問題でも?」という気持ちである。

YOASOBIファンの嘆き

引用はしないが、Ayase、ikuraおよびバンドメンバーが映るシーンが少ない、もっとみたかった、という投稿はたくさんある。山内惠介の歌唱中に周りで裸芸をするコメディアンが目立っていたほうが不憫だという投稿もある。

これについては一理あるが、結論としては、紅白歌合戦は数あるテレビ番組の中でも、特に広い範囲に見てもらおうとして作っている番組であり、出演する歌手それぞれの熱心なファンの満足度がどうなるかは優先順位が低いから、としか言いようがない。純粋なテレビ番組歌唱をみたければMnetのYoutubeをみるのだ。

とはいえ、私自身は出演者発表の段階では、場所も含めた楽曲背景に沿った演出を期待していた。【推しの子】第1シーズンはアイドルグループを結成してアイドルフェスに出場するまでを描いているので、アイドルフェスに関係する中継場所を用意してアイドルオタクっぽいエキストラなどを用意して、【推しの子】を彷彿とさせる形でやるのではないか、と思っていた。

実際はドーム級アイドルたちのつるべ打ちだったので、ある意味アイドルフェスだったが。(※現実のアイドルフェスはライブハウス級アイドルが中心である。橋本環奈がいた「Rev. from DVL」(2017年解散)、anoがいた「ゆるめるモ!」は、当時いずれもこのクラスのアイドルグループであった。)

過去には演歌歌手・ベテラン歌手のバックダンサーとしてアイドルがゆるい踊りを披露する、みたいな演出はよくあった。今後もあるだろう。チャンネルを変えられるのを防ぐのには多少の効果はあったかもしれないが、別に楽曲から受ける魅力が高まっていたとは思わない。

しかし、今回はアイドルをテーマにした曲。現在の日本市場でのトップアイドルたちが次々登場し、それぞれは短い秒数であっても彼・彼女らの存在を印象づけるシーンを入れることで、楽曲に込められている「アイドルの尊さ」を引き出し、増幅して視聴者にぶつけていく。そう感じた。そしてその営みがAyaseとikuraとバンドメンバーが映る時間を伸ばすことよりも優先されることにも私は納得している。

そもそも、YOASOBIアイドルはフルサイズ+間奏のアレンジも含めて4分以上の尺で披露してたので、2分ちょっとの尺でやってる歌手もいることを考えると、絶対量としてはそこそこ映ってたんじゃね(計ってないけど)

話は変わるが、2020年にYOASOBIが紅白歌合戦は初出場したときの角川武蔵野ミュージアムからの中継は施設の開館のタイミングもよく、YOASOBIの成立の文脈も踏まえた最高のロケーションだった。

今回はインパクトのある立地からの中継枠は東本願寺で歌唱したAdoが使ってしまったというのもあり、YOASOBIも中継というのは選択肢になかったんだろうなと思う。

ボーダーレスの意味

今回、旧ジャニーズ事務所所属グループが出演しないこととYOASOBIアイドルの演出とを絡めての言説がある。

私は芸能界の力関係については知らないし、実現しなかった世界線についてどのように予想したところで言ったもん勝ち、みたいなところはあるが、私なりに脳内シミュレーションしてみた。
旧ジャニーズ事務所所属グループが出てたとしても同じような演出は可能だったし、そうなってたとは思うが、「アイドル総力戦」の印象は減っていたかなというところ。
例えば2022年は番組にジャニーズ事務所所属グループが6組出ていたが、この演出で同じ事務所からたくさん出すとノイズになってしまうので若手2組ぐらいに抑えるのでないか。関ジャニ∞やKinki Kidsを出したら違和感があると思うし。
そうすると、今回のような「出れそうなグループ全部出してやりきった」という感じは減るものの、それはそれとして今回と同じようにインパクトのある視聴体験にはなったはず。

今回のYOASOBIアイドル演出への参加グループを陣営別に分類すると

●女性
坂道系:2・・・乃木坂46、櫻坂46
JYP:2・・・NiziU、MISAMO
HYBE:2 ・・・NewJeans、LE SSERAFIM
●男性
HYBE:1・・・SEVENTEEN
BMSG:1・・・BE:FIRST
LAPONE:1・・・JO1
JYP:1・・・Stray Kids

となる。これが男性側がジャニーズ:2、BMSG:1、LAPONE:1となったとしても不自然じゃないバランスかなとは思う。今回の番組のテーマ、そしてYOASOBIアイドルの演出テーマでもある”ボーダーレス”感はそんなに変わらないかなーというのが私の感想。

Perfumeをどう捉えるか問題については面倒なので回避。そもそもカウントダウンライブが控えていたため、序盤に番組出演したあと途中からいなかったし。

新しい学校のリーダーズをどう捉えるかについても厄介なので回避

YOASOBIアイドル公式オタクも忘れないで

アバンギャルディもお疲れ様でした

RABについては楽曲コールに参加しているという関係性はもちろんのこと、YOASOBIアイドルの根底に流れる「オタクとの関係性」というテーマを象徴する存在(実際はアイドルライブにこんなオタクはいないが)。

アバンギャルディはアメリカのオーディション番組で注目されたというボーダーレス要素に加えて、TikTokなどでたくさんのYOASOBIアイドルダンス動画が投稿された2023年の文化背景を象徴する存在として配置された、はず。

出演者の皆さん、演出チームの皆さん、カメラマンはじめ技術スタッフの皆さんお疲れ様でした!