月城くんと綺凛の絡み妄想
「おーい、ビール」
甘酢炒めを配膳した直後、叔父たちは真っ赤な顔で呼び止めた。
私、ビールじゃないんだけど。そんな子供っぽいことを思いながら、「はあい」と返事をしてキッチンに向かった。
「……あれ」
「あ!キリンちゃん、ビールもう無いのよォ」
「あ……そうですか」
ちらりと振り返って声をかけてくれた彼女は、重そうにとろろをかき混ぜている。米のこびりついた寿司桶を洗っていたり、玉ねぎを飴色に炒めていたりと、他の女性たちも忙しそうに作業していた。
「ビールもう無いみたいで」
「あ、そう!じゃ悪いけど買ってきて!」
「え…でも」
言い終わる前に太志おじさんは、尻ポケットから財布を投げた。三つ折りの安定しない形の財布なのにも関わらず、ほとんど正確なコントロールで手元に届いたのは流石軍の人間と言った所だろうか。
「あ……じゃあ、俺も行きます。」
遠慮がちに手を挙げたのは、眼鏡をかけた青年だった。先ほどまで彼はおじさんたちに腕をがっちりとホールドされ、自慢話やらセクハラじみた発言を酒を飲みながら聞かされていた。
殊勝な態度で話を聞く彼のお陰で、私たちにまで聞き役が回ってこないことから、私はこっそり「デコイ人形みたいだ」と思っていた。
「未成年だもんね、水森さん」
彼は自前のトートバッグを肩にかけると「行こっか」と呟くように言った。
やべ、私だけこいつの名前知らないや。
外は茹だるような暑さだった。ここから近くのスーパーまでは、歩いて20分。ど田舎の割には近い所にあるが、往復40分もこの炎天下を歩くと考えると気が遠くなりそうだ。額からツウと汗が伝う。
彼は一緒に外を出てから特に話しかけてこなかったので、私から話しかけることも無かった。まぁ、私は口下手だから有り難かったけれど。
「コンビニ入ろ」
スーパーまでの丁度中間地点にあるコンビニがあったので立ち寄ると、彼も少し遅れてついて来た。
涼しい、最高。
「あ、ビールここで買えば良くない?」
そしたら態々遠いスーパーに行くことないし。名案かと思ったが、彼は黙って首を振った。
「看板にお酒の表示がなかったから、売ってないよ」
「え。何それ。というかお酒売ってないコンビニなんてあるんだ」
「田舎だから売れないんだよ、きっと…」
未練がましく飲み物のコーナーを見てみたが、やはりお茶やジュースしか売っていなかった。流れでアイスコーナーに寄り、片手で食べられるタイプのアイスを一つ手に取った。
「お財布あるの?俺持って来てなくて」
「あるじゃん、ここに」
「だめだよ、それおじさんのでしょ」
彼に促され、しぶしぶアイスを置いて店を出た。
スーパーに着いた。彼がカートとカゴを用意してくれたので、私は店内表示を見て酒コーナーを探す。「あっち」と指差すと素直にカートを引いてついて来てくれた。
CMでやっていた商品を適当にひっ掴もうとすると、彼の白い手が遠慮がちに制止に入った。
「あ……それはビールじゃないよ」
「え、何が違うの」
「えと、これは発泡酒って言ってね……」
丁寧な口調で説明してくれたものの、やはり違いがよく分からなかった。
「どんくらい違うの、ビールと発泡酒」
「うーん、コーラとゼロコーラくらいかな」
「同じじゃん」と言うと、彼は困ったように「そっか」と言った。何だって良いじゃんと思いつつも、買いに行ったのに文句を言われたらムカつくし…。
彼が見繕ったビールをカートに突っ込み、レジへと向かった。
「4200円になります」
「はぁい」
下品なほど分厚く膨らんだ三つ折りの財布は、最早原型をとどめていなかった。
その中から万札を3枚引き抜き、1枚を店員に渡し、レジを出てもう1枚を彼に手渡すと、彼は困り顔で手を振った。
「だめだよ、勝手に…」
「違う、日給よ。アンタ、朝からおじさんの話に付き合ってたでしょ。私たちが無給ホステスやってやる道理はないって」
本当はこんなんじゃ全然足りないけど。他に無給で頑張っていた彼女たちのことを思うと、それ以上は取れなかった。
「…ん、じゃあ」
端のよれた万札をそっと受け取ると、彼はシワを手で伸ばしながら続ける。
「アイス。奢ってあげるよ、さっきのコンビニで」
「いいの?」
「うん、臨時収入があったからね」
「ふ」
思わず吹き出すと、つられるようにくつくつと笑う彼と目が合った。
私はようやく、彼の年相応な笑顔を見た。
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