マチルダの自己紹介的なss

(……あれ、これって)

 あくびあくびの4限が終わって、ようやくのお昼休み。パンでも買いに行こうと席を立つと、教室の隅にハンカチが落ちていた。「I」のイニシャル刺繍が入った、レースのハンカチ。このクラスでアイから始まる名前の人は、アイリスさんだけだ。拾い上げてぱんぱんと軽く埃を落とすと、香水の甘い香りがした。

(届けてあげなきゃ!)
 
 アイリスさんは、今時珍しいくらいの「正統派お嬢様」って感じのひとだ。綺麗で、堂々としてて、いつもみんなの中心にいる。私生活は謎に包まれているけど、きっと私なんかじゃ分からないような、すごいことしてるんだろな。
 キョロキョロとあたりを見回して彼女を探すと、丁度アイリスさんが教室に戻ってきたところだった。隣にはシャルロットさんがいて、盲目の彼女を庇うように、手をしっかりと握っていた。仲良しで良いな、こんな関係すてきだな、なんてぼんやり思った。
 ……いけない、ハンカチを渡すんだった。彼女の元に駆け寄って、ええと……

(どうしよう、「あの」も「これ」も「落とし物」も、全部苦手な言葉だ……)

 私は重度の吃音症で、母音、カ行、マ行、濁音から始まる言葉が上手く話せない。ついでに、「アイリスさん」も上手く言えない。何か他の言葉を探さなきゃ。アイリスさんの目の前に来たのに、パニックで硬直してしまった。

「あの、もし……?顔が赤いですわ……」

 心配そうに私を見つめる彼女。いつの間にか、周りの人たちも「何だ何だ」と遠巻きにこっちを見ていた。
 でも、「大丈夫」、「問題ないです」も全部苦手な言葉。なんとか、はやくハンカチを渡さなきゃ。

「そ、そなたのですかっ?!」

 必死に得意な発音から捻り出したのは、何ともトンチキな言葉。遠くから、クスクスと笑い声が聞こえる。驚いて目を丸くした彼女は、私の差し出したハンカチに気付くと、優しく目を細めた。

「あら……わたくしのですわ、落としてたんですのね、拾って下さってありがとうございます」

 アイリスさんもシャルロットさんも、笑わずに私の言葉を待ってくれた。それが嬉しくて、でも、今の私にはキャパオーバーで。会釈だけして、逃げるように席に着くと、丁度5限を告げるチャイムが鳴った。

 …あ、おひる食べ損ねちゃった。

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