8割寄りの、2割

「おは……ふ、あはははは!アンタ、鏡……あはははは!」
「…笑ってないで助けてくれ、爆発したんだ」

 笑い転げるだけの同居人を眺めながら、どうにもならない自分の寝癖をつるりと撫でた。


 2人で生活するようになってから数ヶ月経ち、あることに気付いた。
 シャンプーの減りが早い。
 2人で生活をしているのだから当然と言えば同然だが、2人とも髪が長いため1日につき3×2=6プッシュ消費することになる。どうにかならないかと考えたボクは、シンプルかつ最も合理的な考えに至った。

 元々、髪を伸ばしていたのは「大和撫子たれ」という父の意向だった。だから物心ついた時から肩より短く髪を切ったことが無かったのだが、邪魔で暑い髪を常に鬱陶しく感じていた。そういう意味でも、良い機会かもしれない。
 適当に入った美容院で「指名なし、カットで」とだけ告げると、チャラついた風貌の男が担当者になった。

「うぃす、今日はどういう系で?」
「決めていない、とにかく短くお願いします」
「あ!お客さん、失恋した系すか?」

 苛立ちが伝わってしまったのか、彼はすぐに「違う系すね、サーセン」と自前のトサカをちょいと持ち上げながら笑った。

「実際多いんすよ、お客さん」

 慣れた手つきでシャキシャキとハサミを動かしながら、彼はまた話を続けた。

「ロングの人がノープランで髪を切る時って、体感8割は失恋なんすよ」
「じゃあ、ボクは2割の方ですね」
「そうみたいすね、あ、じゃあお客さんにクイズ出していいすか?」
「はい?」
「昔から言う失恋したら髪を切るって、なんでだと思います?」

 意外な質問に少し面食らいつつ、直感的に思ったことを答えた。

「すっきりしたい、みたいな感じですか?」
「まぁそれもありますけど、1番多いのは『昔の男がロング好きだったから』すかね!」
「んっ……」
「どうかしたんすか?」
「いや……」

 昔の男(父親)が好きだった(?)ロングを…としたくもない妄想をしてしまい、思わず笑いが込み上げた。

「あとは、『未練を断ち切る』ってのも多いっすね、お客さんの『すっきりしたい』に近いすけど。願掛けに髪の毛がよく使われるように、思いが籠る場所なんすよ、ここ。だから、切ることでそれらをリセットする的な考えがあるみたいすよ」

 彼の話は思いの外興味深く、思わず聞き入ってしまった。職業柄慣れているのだろう、彼は話し方も上手かった。

「リセット、か……」

 始まりはシャンプーの節約だったが、それを後押しした動機は意外と、失恋のそれに近いのかもしれない。髪は既に、肩より短くなっていた。

「……っす、出来ました!仕上がりどうっすか?」
「……ああ、気に入りました」
「うぃす、良かったす。似合ってるすよ!」

 彼は満足気に、また鳶色のトサカをちょいと持ち上げた。鏡の中のボクは耳にかかる程度のショートボブになっており、えらく晴れやかな表情で写っていた。

 そんな調子で髪を切ったのが昨日の話。初めてのショートヘアは驚く程軽くて楽だった。シャンプーも1プッシュで済むし、濡れた髪もドライヤーを使うまでもなく、タオルドライで8割方乾いてしまった。
 まぁ、要は油断したのだ。「2割程度寝ている間に乾くだろう」とドライヤーをサボって寝てしまった結果、太陽のようなパワフルな寝癖がついてしまった。
 ショートの寝癖は髪の重みが無い分、ロングのそれより数段厄介だった。どうにもならず、恥を忍んで同居人に助けを求めた結果、朝から涙を流して大笑いされたというわけだ。

「はー笑った……あはは、ごめん。拗ねないでったら」
「……もういい、シャワー浴びてくる」
「ごめんってば。ここ座って、直したげる」

 言われるがまま座らせられると、彼女は粗めの櫛でブラッシングをしてくれた。霧吹きで根元を湿らせると、器用にドライヤーを使い、みるみるうちに寝癖が直っていった。

「……慣れてるな」
「妹たちのをよく直してたから」

 髪を直してもらっている間、ボクの髪の毛は正にボクの人生のようだと考えていた。ロングで守られていたボクの髪は、家を離れてショートにした瞬間にこのザマだ。結局ボクは昔と今も、1人では何も出来ない。だが−−–

「さ、出来たわよ」
「ああ、ありがとう」

 満足気に笑う彼女のヘアスタイルは、ただ括っただけのローテール。今度はボクが団子でも結ってやろうと、ささやかな恩返しを企てたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?