親戚の家でのあれこれ
「キリンちゃん!大きくなって〜」
「おたくまた昇級したんですって?」
「あ、うちの息子もね……」
「あら!それって……」
着いてすぐに開催される、おばさんマシンガントークからのマウント合戦。
「キリンちゃん、またお姉さんになったんじゃない?カレシでも出来たか〜?」
「だめだよ、変な人に捕まったら!おじちゃんたち許さないからね?」
「だめだめ、俺たちがそんなこと言ったら!行き遅れちゃったらどうするの!」
何も言っていないのに、好き放題に話し始めるおじさんたち。吐き気がする。親戚の集まりの時はいつもこうだ。
目立たないように解いてきたツインテールも、華美にならないように着なかったミニスカートも、諦めなければ良かったとぼんやりと思う。どうせ色々と言われてしまうのだから。こんな風に。
「キリンちゃん、ビールね!」
「あ、こっちも!」
いつの間にか奥にどっかりと座っていた男軍団に、馴れ馴れしく指図される。
「……はあい」
台所でせかせかと料理の準備をする女たちの間を潜り、冷蔵庫からビールとジョッキを取り出す。凍傷しそうなくらい冷えたジョッキは、指の皮をキュイィと締め上げた。
「……どぉぞ」
「あ、お酌してくれないの?」
「そうそう!気が利く女の子の方がウケ良いと思うな〜」
「……」
「あ〜だめだめ、最初は勢いよく注いで良いけど、後で緩めないと泡が……」
空になったビール瓶を台所のコンテナに突っ込み、深くため息をついた。
どうして女として生まれてきただけで、無給でホステスのような扱いをされなければならないのだろう。
あとが面倒臭そうだけど、ムカつくからもう帰ってしまおうかな。そんな風に考えていると、後ろから声がした。
「……綺凛ちゃん? 」
「……しづねぇ」
声の主は再従姉妹の藤ノ宮紫月。今回の集まりの主催である藤ノ宮家の長女で、2人の時はしづねぇと呼んでいる。
彼女は上等な生地で出来たシンプルなワンピースの上からエプロンをして、皿洗いをしている。
「疲れちゃいました?」
「……べつに、それより代わるよ。なんで本家のお嬢様がこんなことしてるの」
「良いんです。暇ですし」
手際良く洗われたお皿が、あっという間にラックを埋めてゆく。奥の方から布巾で拭き始めると、彼女は「ありがとうございます」と微笑んだ。「お皿、いくつあっても足りませんよね」
「しづねぇは、ムカつかないの」
「いいえ」
「そう」
黙々と皿を拭き続けていると、いつの間にか最後の一枚になっていた。これを拭いたらあっちに戻らなければならないのかと考えると、また憂鬱で溜息をついた。
「そうだ、食後にかすてらをお出しするように言われたんです。手伝ってくれませんか?」
「了解」
カステラの包みを受け取り、包丁と濡れ布巾を用意する。一切れごとに濡れ布巾で包丁を拭くと綺麗に切れるのだ。……なんて、あいつらに綺麗なカステラなんて出してやる義理ないんだけど。切ったカステラをお皿に載せていくと、しづねぇは大きなお盆に几帳面に並べていった。
「「あ」」
お皿に載せようとしたひとつのカステラが、手を滑らせ床に落ちてしまった。先程まで皿洗いをしていた所為で、若干濡れてしまっている床に。
「あらら……仕方ありませんね、これは」
「太志おじさん」
「はい?」
「これは、太志おじさんに持って行ってくれる?」
行き遅れるだの、ビールを注いだ方がウケが良いだの、散々失礼なことを言ってきたジジイ。しづねぇはきょとんと目を丸くしたあと、クスリと可笑しそうに笑った。
「了解です」
「ふふ」
「ふふふ」
何も知らない彼は、美味しそうにカステラを頬張った。
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