立ち位置

2種類あると思うのですよね
誰かに何かを言われたときに
こんなこと言うのはコイツだけだから大丈夫、安心だ
と思うか
この人は先駆けて言語化してくれているだけであって、同じこと思っている人はたくさんいるかもしれない
と思うか

それは必ずしも人じゃなくて
相手とか言い方とか
時とか
場合やトピックによって変わってしまうのかもしれないけど

言い換えるならば
「自分」がどこまでだと思うか、その認識範囲
ってことでしょうね
もしくは
世界がどうなってほしいか、どうありたいか
という理想の違い

こないだ応募書類で説明し損ねたんだけど
(400文字目安の上限なしの欄で、倍ぐらいの文章書いて、
それ以上縮められんかった……)
自分と他人は違う!関係ない!って思えてたら
(これを一般的には「強い」と言うんだろうけど)
時と場合によって相手に応えなくても何の問題もないですよね、自分の中で
世界は自分が生まれる前から、生まれた後もずっとそのままで
揺るぎない信頼感がある(だから「強い」!)
でもそれは、世界を変える力にはなり得ない

マイナススタートだからこそ、渇望があるんですよ
マイナスだからこそ、見えるものがある
理想の世界を創りたいと悶えるんですよ

それは、弱さであり強さ
それは二項対立ではなく、不可分なものなんです

事実があります
例えばどの会社に何年いて、どんな仕事をしたか
でもそれに対する解釈は、複数あるはずです
本来なら

他人が自分と同じだと前提したら
そこに見えるものは何もありません
(この「同じ」と「違う」が、いちいち逆なんですよねー>私vs世間)
違う何かがあるんじゃないか?と思うからこそ
そこに「気づき」が生まれるのです
世界を変える「気づき」

こないだ私が言った言葉
私は、「自分がこの世の中に必要な人間である」ということは疑わない
けれど、「この世の中が自分を必要としている」ということは、疑っている
でも、「必要とされていない」ことが、私の価値を決めるわけでもない
さらにそれは、「私が生きていく」ということを、必ずしも意味しない
「世の中にどう思われようと、私は生きていく」と思うだけの強さを、私は持たない

いわば、私は逆照射しているのです
ここにいて
この私がわかりますか?と……