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線路に落ちたスマホの救世主 【キナリ杯】

昨年の秋頃だったと思う。少し残業して、お気に入りのブラックのトレンチコートに身を包んで、暖房の効いた電車に乗り込んだ。

座った途端、帰路に着いたことに安堵したからなのか、眠気が襲って来た。この時間の、この電車は、都内から横浜まで座って帰れるから幸運だなと思いながら、意識が薄れていくのに身を任せた。

ふと、風が吹いた気がした。何だか肌寒く感じて、両隣の人の気配が消えたような気がした。朧げな意識が覚醒されて、ハッと気がついた時には、電車の出発音がけたたましく鳴り響いていた。慌てて電車からホームに駆け降りた。

何とか間に合った、と少し上がった心拍数を落ち着けようと思ったら、突然声をかけられた。

「スマホ、線路に落ちましたよ。」

中年のサラリーマンだったと思う。スーツ姿で、眼鏡越しに見える眼が何だか親切そうだなと思いながら、何を言っているのか理解できなかった。私のスマホは、トレンチコートのポケットに入っているはずだ。

「ポケットからスマホ落ちてましたよ。」

親切な中年のサラリーマンは、重ねて私に声をかけてくれた。そう言われて、慌ててポケットに手を入れたが、空っぽだった。

「教えてくださり、ありがとうございます。」

私は泣きそうになりながら、取り急ぎ、そのサラリーマンにお礼を伝えた。手を軽く上げて去っていく背中を見ながら、背後に電車が線路を走り抜ける音が聞こえた。

もうスマホは、粉々になっているかもしれない。私のここ数年間のほぼ全てが詰まったスマホが、私の手元から消えた。絶望だ。データのバックアップを最後にしたのは、いつだったか、記憶にない。明日からどう生きて行けばいいのだろうか。とりあえず、あのスマホの断片だけでも持って帰ろう。運が良ければ、simカードだけでも無事かもしれない。

過ぎ去った電車を呆然と見送り、近くにいた駅員に事情を説明し、線路に落ちたスマホの捜索が始まった。

3名の駅員が集まり、電車の往来を確認する人、懐中電灯を持つ人、長細い棒を持つ人といったように、迅速に役割分担がなされ、スマホは遂に見つかった。長細い棒の先の、手のような部分に、私のスマホが挟まれていた。

なんと、スマホは粉々になっていなかった。無事に救出された。ホームから線路まで、1メートル近くの高さから落下したにもかかわらず、線路に落とした後に電車が通り過ぎたにもかかわらず、私の記憶通りの姿だった。背面がピンクで、表は黒い縁どりのハードケースに包まれ、スマホ本体はどこも欠けていないようだった。

恐る恐る、スマホを受け取った。液晶画面にはロック画面が映し出され、煌々と光っていた。半ば呆然としながら、ガバリとお辞儀して、3名の駅員にお礼を言った。駅員は慣れた感じで対応し、元の業務に戻って行った。線路への落とし物は、頻繁にあることなのかもしれない。私はスマホを握り締めたまま、家路を急いだ。

家に帰ってから、母にスマホ落下事件を話した。母は遠方に住んでいるため、いつも通り電話越しに。スマホが無事でよかった。声をかけてくれた親切な中年のサラリーマンと、スマホを捜索してもらった駅員の方々に、改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。

そして、スマホを拾いあげてくれた長細い棒(安全拾得器と言うらしい)と、頑丈なスマホケース(耐衝撃性の高いもの)の素晴らしさに脱帽である。特に、頑丈なスマホケースの魅力は大変なものである。何気なく買ったものであったが、今回の事件で、その機能性の高さを実感した。このスマホケースのおかげで、私の数年間が詰め込まれたデータを無事に守ることができた。そして、数万円するスマホ本体が無傷で戻ってきた。

頑丈なスマホケースの開発者に、お礼を伝えたい。線路に落ちたスマホの救世主を発明してくれて、ありがとう。

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