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バックボードの弊害を整理しました🚒🚑

交通事故で救急車が要請された場合、僕たちはJPTECというプログラムに沿って活動することが多いですよね。JPTECというのは日本救急医学会公認の病院前外傷教育プログラムです。「高リスク受傷機転」とか「L &G」とか知らない消防職員はいないのではないでしょうか。


先日このような相談を受けました。

「自力歩行が可能な交通事故の傷病者に対して、どこまで固定を行なったら良いのか悩んでしまう」
後輩がこのような質問をしてきたら、そのように答えてあげますか?

「心配ならバックボード使ったら?」
「歩けるなら、固定なんかしなくていいよ。」

いろんな意見が出そうですね。

昔はもっとシンプルだった

JPTECが広まり始めた20年前は、もっと考え方がシンプル(雑?)でした。

状況評価で異常→L &G→バックボードを使用した全身固定
初期評価で異常→L &G→バックボードを使用した全身固定
全身観察で異常→L &G→バックボードを使用した全身固定

なんなら異常が無くたって、交通事故といえば「バックボードで固定しておけば文句は言われないだろう」と・・・。これは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも僕の周りではそんな風潮さえありました。

自力歩行のできる傷病者には、立位固定という方法もありました。立っている傷病者を横から挟み込んで、頸部をなるべく動かさないように仰臥位にする。そして最終的にはバックボードに固定するといった方法です。隊員間の連携が非常に重要な技術で、「こんな方法があるのか!」と、僕も一生懸命練習したものです。

https://newjpteck.exblog.jp/10890482/

SMRという概念の登場

JPTECガイドラインの改定(2016 年 3 月の改訂第 2 版)により、SMRという概念が登場しました。SMRはSpinal Motion Restrictionのことで、「脊椎運動制限」と訳されています。

これまでの JPTEC ガイドラインではすべてのL&G症例に対し,バックボードによる全身固定が実施されていましたが、受傷機転や全身観察の所見から脊椎・脊髄損傷が疑われる場合や、傷病者の状態により適切な評価ができない場合に限り脊椎運動制限 (SMR)を実施するように修正が加えられました。

どこまで脊椎運動を制限するかは、傷病者の状態でそれぞれ判断せよということです。不要と判断すればSMRを行う必要はないし、ネックカラーだけでもよいし、スクープストレッチャーという選択もある。傷病者の所見に応じた固定を行いましょうということです。

これまで単純だった「L &G→バックボードを使用した全身固定」から、「傷病者の状態に応じたSMR」に変更されたことにより、救急隊の観察判断がより重要になったと言えるでしょう。

全身固定の問題点

バックボードの使用判断は、症例をみて考えましょうということですが、そもそもバックボードとは傷病者に害を与えるものなのでしょうか。とりあえずバックボードを使用した固定を行なっておいて、病院で安全が確認された後に外せば良いのではないかという意見が救急隊の中ではあります。

しかし、”バックボードの弊害は思っている以上に大きい”という点に僕たち救急隊は注目しなければなりません。以下の弊害を理解した上で、バックボードの適応を判断しなければならないのです。

バックボードが傷病者に与える弊害としては、「疼痛」、「呼吸抑制」、「褥瘡」、「不要な画像検査」、「血圧低下」があります。

1.疼痛

 脊椎可動性の最小化を目的としているのでバックボードはとても硬いです。そのため傷病者はは褥瘡発生に先立ち疼痛を訴えるようになります。解剖学的に不適切な姿勢を取り続けるため、褥瘡とは違って接する部分だけを痛がるわけでもありません。その結果、最初から痛むところは悪化し、新規の疼痛部位も出現することになります。1)

2.呼吸抑制

 バックボードで使用する固定ベルトが胸郭挙上を抑制し,呼吸状態に影響を及ぼすとされています。
 Bauer らは23歳 から28歳までの健康成人15人に対し、バックボー ドのストラップ固定する前後の肺活量と1 秒率を調査したところ、胸部ストラップ装着の前後で肺活量、1 秒率共に低下したと報告しています。2)

3.褥瘡

 頸椎カラーやバックボードのような資機材固定が長くなればなるほど,褥瘡のリスクは増加するとされています。
 Kellerらは健康成人20人をマットレス、バキュームマットレス、バックボードに5分間臥位とし、それぞれの背部圧を測定するという研究を行なっていますが、肩甲骨部:平均176.6±3.6mmHg、仙骨部:平174.9±15.8mmHg、踵部:平均153.0± 16.1mmHgであり、バックボードで最も高値であったと報告しています。3)
 また、Bergらは73人の健康成人をバックボードに30分間乗せて仙骨部の組織酸素圧を測定したところ、解除した途端に回復したと報告しています。4)

4.不要な画像検査

 バックボードを透過した X 線画像にはゆがみが生じさせるため、不明瞭な X 線画像は患者の状態把握までの時間を遅延させ、全外傷患者の診療に大き 日な影響を及ぼすこととなると報告されています。5)
 また放射線画像診断で問題となるのは、発がんなどの晩発障害もあり、CT による画像診断の進歩や普及に伴って、その発がんリスクについて論じる報告が相次いでいるとのことです。6)
 外傷患者に限らず、患者の痛がる部位を特定して検査を行うのが一般的なようですが、病院搬入間もない時には、受傷による疼痛なのか、バックボード固定から生じた疼痛なのかを区別することは困難です。7)
 不要な画像検査は発がんリスクを増加させる結果となってしまいますね。

5.血圧低下  

 Seref Kerem Corbacıgluらは20~30歳までの健康成人45人に対し、ネックカラーとバックボードの固定を行った後に血圧を測定するという研究を行なっています。その結果、固定時には収縮期血圧の平均値が 117mmHg であったが、5 分後には110mmHg に低下したとしており、循環血液量減少ショックに注意が必要と報告しています。8)

天秤で測る

このように、バックボードの弊害はさまざまな報告があります。傷病者の状態と、バックボードの弊害を天秤にかける必要がありそうです。

オーバートリアージは許容されるべきです。しかし、全身固定および SMR 実施による呼吸抑制および褥瘡の発生などといった患者の不利益は回避すべきものです。

今回の相談

「自力歩行が可能な交通事故の傷病者に対して、どこまで固定を行なったら良いのか悩んでしまう」

「判断に自信がない」ここに尽きるのではないかと思いました。
僕はバックボードは必要ないと思いました。ネックカラーはどうかな・・・。私の所属にはエックスカラーがあるのでそれは使うかもしれません。神経学的所見がないのであれば、そのまま歩いてもらって救急車に収容することなるでしょう。

皆さんはどうですか?
意見等あればコメント欄でお待ちしています。

判断に自信がないと、救急隊員は安全のため SMR を実施してしまうことになります。適切な SMR 実施のためには改訂後ガイドラインの周知のみならず、継続的な教育・訓練が不可欠です。病院前救護にかかわる救急隊員は、ガイドライン改訂の意味を考え、適切な SMR 実施に努める必要があります。

一方で、搬送先の医療機関についてもまだSMRの概念が浸透しているとは言い切れません。「交通事故=バックボード」が根付いている医師や看護師もいます。バックボードが不要と判断した救急隊に対し、なぜ固定していないんだと強めな指導(叱責?)をする方もいましたね。これがまた救急隊員を迷わせます。ガイドラインに従ってSMRを判断したけど、搬送先でこの前叱られたからバックボード使っちゃえ!ってなるのもわかる気がします。

JPTECの教育プログラムには、「更新コース」や院内向けの「ミニコース」なるものも準備されています。院内の方もぜひ受講していただいて、正しい知識を学んでくださいね。

というわけで今回は、後輩の質問を受けて「バックボードの弊害」について整理してみましたよっという報告でした。ぜひ職場でディスカッションしてみてくださいね。



1)White CC 4th, Domeier RM, Millin MG, et al:EMS spinal precautions and the use of the long backboard-resource document to the position statement of the National Association of EMS Physicians and the American College of Surgeons Committee on Trauma. Prehosp Emerg Care 2014;18:306-314.

2)Bauer D, Kowalski R:Effect of spinal immobilization devices on pulmonary function in the healthy, nonsmoking man. Ann Emerg Med 1988;17:915- 918.

3) Keller BP, Lubbert PH, Keller E, et al:Tissueinterface pressures on three different support-surfaces for trauma patients. Injury 2005;36:946- 948.

4)Berg G, Nyberg S, Harrison P, et al:Near-infrared spectroscopy measurement of sacral tissue oxygen saturation in healthy volunteers immobilized on rigid spine boards. Prehosp Emerg Care 2010;14: 419-424.

5)Vickery D:The use of the spinal board after the pre-hospital phase of trauma management. Emerg Med J 2001;18:51-54.

6)星野智祥:CT を中心とする医療放射線被ばくの発がんリスクについて.日本プライマリ・ケア 連合学会誌 2015;38:369-382.

7)White CC 4th, Domeier RM, Millin MG, et al:EMS spinal precautions and the use of the long backboard-resource document to the position statement of the National Association of EMS Physicians and the American College of Surgeons Committee on Trauma. Prehosp Emerg Care 2014;18:306-314.

8)Seref Kerem Corbacıglu, Saban Akkus, Yunsur Çevik, et al:Effect of Spinal Immobilization with a Long Backboard and Cervical Collar on the Vital Signs. Eurasian J Emerg Med 2016;15:65-68.

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