空気呼吸器が怖い消防士 その2
空気呼吸器が怖い。
結局、職場に帰って誰かに打ち明けることは出来なかった。後輩にも先輩にも。
「研修はどうだった?」
署長にそう聞かれたときは、
「大変勉強になりました!」「コンテナの中は熱かったです!」って、適当に言っておいた。
本当はまだ訓練は始まっておらず、コンテナの中で火も付いていなかったのだから、熱いなんか感じるはずはない。
僕は逃げた。
苦しかった。
ただ1秒でも早く、このマスクを外したい。空気呼吸器を取り外したい。コンテナから出たい。明るいところに行きたい。ただそれだけだった。
それでも熱心な後輩は、どんどん質問してくる。
「煙どうでした?」
「ロールオーバー見えました??」
※ロールオーバー〜消防士の脱出基準となる火災の徴候。
「あ、あぁ。見えたよ。」「君も行けるといいね」
そんな感じではぐらかす毎日。
正直に言えばいいと思うかもしれない。
でも、それだけ空気呼吸器が怖いということは、仲間に簡単に言えることではないということなのだ。
空気呼吸器が怖い?それ、消防士に向いてないってことじゃね?
それが一般的な考え方だろう。
もちろん活躍の場は他にもある。専属で救急隊になれば空気呼吸器なんて使わないし、日勤になれば仕事相手はパソコンだ。
それでもやっぱり、僕は正直に話すことは出来なかった。
僕は消防隊長である。
その隊長が、まさか空気呼吸器を怖いなんてな、、。
言えるわけねーよ、、。な、、。
そんな事を考えながらコーヒー片手に空を見ていたら、後輩の2人が僕のところにやってきた。
「隊長!研修内容を詳しく教えて欲しいので、火災訓練を企画しました!」
「よろしくお願いします!」
うん。ありがとう。
ちょっと見てみるな。
えーと、、。
空気呼吸器を付けて火災建物に進入し、逃げ遅れた要救助者を助ける訓練か、、、。
まぁ。そうなるよな、、。
、、、、さて。
どうしたものか、、。
僕の隣にいたのは、階級が一つ下の主任。
彼は同じ隊のメンバーで有能なやつだ。
「この企画、どう思う?」
手渡された計画を見る主任。
「空気呼吸器ですか、、。」
彼はそう呟く。
この時はまだ、彼の表情が青ざめていることに、気づかなかった。
この有能な彼が、僕以上の空気呼吸器恐怖症だということを聞いたのは、この翌日のことである。