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【遊戯王マスターデュエル】WCS2024における増殖するGと先攻勝率の統計

紗録 

 WCS2024年大会における先攻勝率、平均ターン数、そして増殖するGの絡む勝率を精査し、2023年大会との変化を調べた。その結果から先攻勝率が高い水準を維持している現状を再確認し、より短くなったターン数が増殖するGの影響力を変質させていることがわかった。増殖するGが適用された場合、先攻側の勝率は去年と違い差は小さなものであるが、後攻側の勝率を大いに上げている部分は変わらなかった。このことから、増殖するGは高い先攻勝率を抑制する砦であり、後攻札として禁止どころかこのゲームにおいて非常に重要な役割を果たしているといえるが、同時にパワーカードに頼った先攻優位の是正は健全ではないと主張する。

序論

背景

 遊戯王マスターデュエル(以降MD)の世界大会も2度目の開催。昨年と同様に世界中の強者たちが予選で鎬を削り、選ばれた精鋭たちの集う本戦が遂に幕を閉じた。第一回の2023大会から環境は激変しており、大体どのチームもティアラメンツとその対策を編成していた状態はどこへやら、スネークアイに代表される炎属性デッキやユベルなどが幅を利かせる大会となった。しかしながら一つ、決定的に変わらなかった要素が存在する。増殖するGだ。
 海外では増殖するGに関しては禁止論が圧倒的主流で、国内にも一定数賛同者がいる状態だ。そんな中依然としてこのカードは3枚フルに使用可能であり、群を抜いてトップの使用率を維持している。8月末のアップデートに伴い更新されたゲーム内データによれば、9割以上の採用率をほこるカードは増殖するGのみである。次点の灰流うらら(採用率87.6%)も高い水準だが、「増殖するGを止めることのできるカード」として採用されている側面もあるため、実質的に増殖するGの独走状態であることがよくわかる。

 増殖するG禁止論の根拠は大きく分けて三種ある。カードそのもののパワーがあまりにも高く環境を歪めているという感覚、採用率の高さがデッキ構築の幅を狭めているという懸念、そして単純に通されたときに取れる択の狭さからくる不快感だ。どれも一定の説得力はあれど、感情論以上の根拠は希薄だ。とはいえ反論しようにも定量的なデータが不足しており、結局は個人の主張をぶつけあうしかない不毛な議論となっているのが現状だ。その深刻さは、海外掲示板において増殖するG禁止論に少しでも異を唱えようものなら"Maxx C Apologist" (増殖するG擁護主義者)のレッテルとともに、論理ではなく人格否定まで用いて叩かれるレベルまでに至っている。この問題については海外の著名な遊戯王配信者のほとんどが多かれ少なかれ触れており、現代遊戯王においてトップクラスにプレイヤーを二分する議論になっていることは自明だろう。なんなら増殖するGへのヘイトを毎日投稿し、怒りをさらに煽る配信者までいるほどだ。仮にもカードゲームを知的競技と呼ぶのなら、それに関する討論もまた知性を感じられるようなものでなければならない。理性に則った議論に不可欠な定量的データを公式が出さぬのなら、プレイヤー側が用意する他ない。

本論文の目的

 上記の背景を受け、筆者は昨年、世界大会から得られたデータをもとにnoteおよびRedditでレポートを公開し、「増殖するGは禁止にすべきレベルのパワーを持つが、先攻の優位性を抑える働きもあることから今すぐに禁止になるべきではない」と論じた。これは先攻の優位性を示した上で、増殖するGが先攻勝率の上昇に一役買っていることと、しかしながら後攻勝率により大きく寄与している可能性をデータとして出した故の結論である。もっとも、これは120戦という少ないデータ数で、しかもたった一つの大会でのものであり、MDの全体像をつかむには課題も多かった。より質の高い議論のため、今回の大会のデータと合わせて、去年からどう変化したのか、そして共通して出せる結論はあるのかを問うのは急務であろう。本論文が増殖するGに関する健全な議論に多少なりとも寄与すると信じて世に送りだす次第である。

本論

メソッド

 前年の研究を踏襲し、MDのリプレイで再生可能な全270試合を対象とした調査を行い、以下のデータをエクセルにて算出した。
①先攻プレイヤーの勝率
②決着までにかかったターン数の平均および中央値
③先攻と後攻それぞれが増殖するGを使用した場合に、その効果が無効となった確率
④先攻プレイヤーの増殖するGが通った場合と通らなかった場合の勝率およびその差
⑤後攻プレイヤーの増殖するGが通った場合と通らなかった場合の勝率およびその差
 このうち④値⑤については、去年と同じく修正が必要な場合は修正前のデータと合わせ提示する。このデータ修正は「増殖するGの効果の適用が試合の結果に影響しなかったもの」を対象とし、増殖するGが適用されなかったも同然とするものである。この除外基準については「3ターン目以降の発動」「盤面にリーサルがすでに揃っている」「増殖するGによるドロー枚数が0枚」の3つを条件とする。この修正の適用の是非については課題の項にて論ずる。

 これに加え、前年に得られたデータとの比較も行った。p値を上記の結果と併記していく。サンプル数が少ないためαは0.05で有意差の有無を判定するが、もう少し厳しく判定したい場合は好きな値でラインを引いて、p値と比べてみて欲しい。
①勝率のデータ全てのカイ二乗検定
②決着ターン数の2サンプル2テールT検定
 これらの検定により、1年で有意に先攻勝率やその他のデータが変化したのかを数学的に割り出すことができる。有意な変化があった場合、その原因も考察していく。

結果

 得られた数値を列挙していく。

①先攻勝率60.4%(前年比+2.87、p=0.340)ちなみに昨年の57.5%と有意差があると判定するには、1150戦くらいやった上でこの数値を維持していないといけない。270戦見るのに大体24時間くらいかけているため、過労待ったなしである

Figure 1. WCS2023と2024の先攻勝率。有意差なし

②ターン数平均3.79(前年比-0.62、p=0.0061)、中央値3(前年比-1)

Figure 2. WCS2023と2024の平均ターン数。p<0.01につき有意差あり

③増殖するGは合計で186回発動され、141回適用された。先攻の増殖するGは76.6%(前年比-10.6、p=0.0055)適用され、後攻のは75.2%(前年比+5.2、p=0.234)適用された。

Figure 3. 先攻と後攻それぞれが発動した増殖するGの効果が適用された割合の変化。先攻のみp<0.01で昨年との有意差あり

④先攻が増殖するGを発動しなかった、または発動するも適用されなかった場合の勝率は59.8%(修正前60.1%、前年比+5.3、p=0.119)で適用された場合の勝率は62.5%(修正前61.4%、前年比‐3.1、p=0.625)。
効果適用の有無による勝率の差異率は4.5%(p=0.682)

Figure 4. 増殖するGが適用されたかどうかに基づく勝率
有意差なし

⑤後攻が増殖するGを発動しなかった、または発動するも適用されなかった場合の勝率は37.3%(修正前37.6%、前年比‐1.3、p=0.693)で適用された場合の勝率は47.0%(修正前45.6%、前年比‐6.1、p=0.318)。
効果適用の有無による勝率の差異率は26.1%(p=0.00803)

Figure 5. 後攻の増殖するGが適用されたかどうかに基づく勝率
昨年との有意差なし

 修正はReichYGO vs Emre戦、Josh vs みらーふぉーす戦、そして小雨润物 vs Benk1w戦の合計3試合が対象であった。

考察

 まず先攻勝率について、未だ高い水準を保っていると言えるだろう。有意差こそなかったものの、60%の大台を突破している状態を問題と感じるプレイヤーが多くいるだろうことは想像に難くない。前回の記事で論じた通り、他カードゲームでの先攻勝率のデータは少ない。また、「理想的な先攻勝率が何%なのかどうか」もそれだけで記事が一本書けるレベルで明確な答えのない疑問であることは確かだ。しかし評価基準として、伝聞かつ、査読のされていないソースではあるが、プレイヤーというものは勝率が50%でも「アンフェア」で「面白くなかった」と感じるらしい(御月 2018)。これはNexon Developers Conference 18においてNexon Korea副社長のカン・デヒョン氏が独自に集めたデータとのこと。このことが真だとすれば、後攻の勝率が40%を切るというのはゲームをやめるレベルで不公平に感じるプレイヤーは多くいるものであってもおかしくないだろう。

 先攻勝率のデータが世界中から選ばれたトッププレイヤーからとれたものである以上、普段のランクマッチではまた違う数値である可能性も考慮せねばならない。一つ強調すべきは、今回の世界大会は去年と異なり、いわゆる後攻捲り札を入れているプレイヤーが多かったことである。強奪や心変わりなどのコントロール奪取だけでなく、(やたら手札コストにされた)冥王結界波や拮抗勝負といった盤面処理カード、そして先攻で引いても使いようがある禁じられた一滴や皆既日食の書など、枚挙にいとまが無い。ランクマッチでの採用が分かれるような、先攻で使われづらく後攻で真価を発揮するカードの採用が目立ってなおこの先攻勝率である。さらに言えば、下位ランクではさらに先攻勝率が高い可能性も十分考えられるため(心折れての早期のサレンダー、後攻側の先攻に比べた難易度の高さなどが要因)、この先攻勝率の高さがカジュアルなプレイヤーにとっての敷居が高くなる原因となっている可能性を否定できないだろう。

 つまり、増殖するGが先攻勝率を押し上げる存在であるならば禁止論に一定の説得力が生まれ、逆に先攻勝率を下げていてなおこの数値であるならば、なんの対策もなく禁止にしようものならカジュアル層を根こそぎ失うことになりかねないということになる。別の言い方をするならば、現代遊戯王において先攻勝率はかなり危うい状態にあるため、それを簡単に変えうるカードの扱いはよく精査しなければならないと言えるだろう。まあプレイヤーが精査したところで最終的にKONAMIが判断することではあるのだが。

 また、先攻勝率こそ有意差はなかったが、平均ターン数は有意に下がっており、中央値も昨年から低下している。この差はどこから来るのか。原因は主に3つだろう。まずは先攻盤面の強度があがったことである。先攻側が勝利した試合のうち、3ターンで決着がついたものはなんと67.5%もあり、先攻の完封勝利が非常に多かったことがわかる。去年この数値は53.6%であり、カイ二乗検定で算出したp値はp=0.000386と大きな有意差があったことがわかる。今大会における先攻展開はI:P マスカレーナによる強化や他の妨害、果てはリンクリボーに守られている、つまりはゴリゴリの介護を受けた召命の神弓‐アポロウーサによるモンスター効果無効が特に目立っていた。さらに言えば炎王獣ガネーシャやファントム・オブ・ユベルなどによるお手軽モンスター効果無効が多かったのも言わずもがなだろう。しかし、一番の原因はなんといっても烙印やユベルから繰り出される特殊召喚ロックだと考える。昇霊術師ジョウゲンを特殊召喚したり、DDD死謳王バイス・レクイエムや夢幻崩界イヴリースを相手の場に送りつけるコンボが横行し、実質的なターンスキップが行われた試合が数多くあった。
 逆に後攻のワンキル力の強化も影響している。後攻側が勝利した試合のうち、後攻ワンキルが成功したもの、つまり2ターンで決着がついたものは45.8%あり、昨年の21.6%から倍近くにもなっている。カイ二乗検定によるp値は驚異のp=1.11×10^-9という見たこともない小ささであり、非常に大きな差があったことがよくわかる。転生炎獣レイジング・フェニックスから世海龍ジーランティスにつなげ、墓地の賜炎の咎姫とともに3面破壊からの総攻撃、というコンボが確立したほか、ナイトメア・ペインの効果が適用されている状態でのユベルモンスター複数体による攻撃など、8000LPを1ターンで削り切る方法がかなり増えたことが原因だろう。ユベルデッキのワンキルは相手依存かと思いきや、アクセスコード・トーカーとカオス・アンヘル‐混沌の双翼‐による8800打点での能動的なゲームエンドもあり、ワンキル手段には困らなかったことがうかがえる。
 また、平均を大きく下げるほど多くはなかったが、世界大会で先攻ワンキルが見られたのもまた無視できない要素だろう。超重武者の展開力と機械族であることを活かしたコンボにより、ダーク・ダイブ・ボンバーでレベル43となった幻獣機を射出する試合が4度も出てきた。これも昨年はなかった光景といえる。
 決着までにかかるターン数が少ないことに関する問題はいくつかあるが、ここで強調したいのは増殖するGが適用されているターンが試合全体に占める割合が非常に大きくなる点である。2ターン(自分ターン1回、相手ターン1回)で決着がつく試合の場合、一度増殖するGが通されてしまえば、自分に与えられたターンのすべてがその影響下に置かれてしまうことになる。先述の通り昨年よりさらに決着ターン数が短くなっていることを鑑みれば、1枚の増殖するGがいかにゲームに大きな影響を及ぼしうるかがよくわかるだろう。その影響力たるや、Hero's Futureのmagu6o選手が発動とともに天に祈り、効果が通れば歓喜の舞を踊りだすほどだ。とはいえこれは増殖するGに限ったことではなく、ディメンション・アトラクターやドロール&ロックバードなどの持続効果全体に言える話である。なんならディメンション・アトラクターに至っては2ターン続くあたりさらに悪質である。一旦通った後無効化する手段がほぼない(増殖するGに対するドロール&ロックバードなどが反例として挙げられる)にもかかわらずここまでの影響力があるのは持続効果共通の問題として理解しておきたい。

 次に勝率関連のデータを見ていこう。増殖するGが通る通らないで先攻側の勝率は4.5%しか変化しない(p=0.681で有意差がないため、変化するとすらいえない)という予想外の結果が得られた。20.3%変化していた昨年と打って変わり、先攻の投げる増殖するGがかなりおとなしいことになっている。決着ターン数で論じた通りに先攻の制圧力と後攻の貫通力が高くなっているとすると、先攻は増殖するGに頼らずとも完封できる強固さを持ち、後攻は増殖するGに関係なく突っ張ってゲームエンドまで持っていけるということなのだろう。実際後攻側が所謂Gツッパを選択したゲームは非常に多く、増殖するGで引いてきたスピリット・オブ・ユベルでトドメの一撃を止めることができた試合などのレアケースを除き、増殖するG1枚の差で先攻が勝ったように思えるゲームはそう多くなかった。となると現環境における「先攻の投げてくる増殖するG」への不快感はどちらかといえば過去の経験だったり、WCSで使用されたようなデッキを使っていないから来るものと思われる。WCSでのみ集計しているために、環境トップクラスでないデッキが絡んだ場合の増殖するGの影響を測れないのは歯がゆいが、ここでは環境トップのみに集中することとする。

 では増殖するGはパワーの足りていないカードなのか?そんなわけはない。後攻側が増殖するGを発動できなかった、または通せなかった場合、その勝率はたった37.3%しかない。しかしながら、増殖するGを通してしまえばその勝率は途端に26.1%跳ね上がり(p=0.00803なので有意に上昇していることがわかる)、もう少しで半々の勝率というところまでいく。逆にいえば最強の手札誘発とされる増殖するGですら、平均して後攻側を有利に持ち込むことはできないというのもまた現実である。先攻の勝率を有意に変えることなく後攻の勝率を大きく上昇させるという性質は禁じられた一滴に代表されるような、速効魔法として伏せて妨害にもできる後攻札と似たものを感じる。しかし、決定的に異なる点はコストの軽さだろう。禁じられた一滴と違い手札や場のカードを消費することなく、皆既日食の書のような相手にリソースを与えるデメリットもなく、冥王結界波や拮抗勝負と違いキルターンを先延ばしにされることもない。現状最強の後攻札と呼んで差し支えないと思う。考えてみてほしい。増殖するGが通っていない場合、他の後攻捲り札の発動があってなお後攻の勝率が4割に届かぬのだ。総じてこのカードを通してはじめて五分の勝負となる以上、現環境において増殖するGを禁止にする理由はどこにもないと言える。ただし、カード1枚のパワーだけで先攻勝率を抑えている状況は健全とは呼べない。増殖するGを初期手札5枚に引き入れる確率は1/3程度しかなく、指名者が満足に使えない今大会のルールですら3/4程度の確率でしか効果を通せない。これならコイントスを勝つ確率の方が高く、「後攻はプレミ」なんて揶揄される状況に変化は訪れないと言える。増殖するGはあくまで現代遊戯王の補助輪であるが、すさまじく優秀なそれであると主張する。

課題

 今回出したデータは有用なものであると信じてはいるが、課題の多いものであることに違いはない。対照実験でないことやシェアカードルールが増殖するGの適用率に影響していることは昨年と変わらないため、そこの議論に関しては昨年分の記事を参照してもらいたい。今回は昨年書き損ねたり、新たに発生したりした課題にスポットライトを当てたい。

 まず去年もやったことではあるが、データの修正を行わなければならない場面についての議論から。メソッドの欄で記載した通り、この修正は増殖するGが勝敗に関係しなかったものの、発動と適用のあった試合を発動がなかったものとして処理したものである。しかしカードを引いている以上「勝敗に全く関係しなかった」とは言い難い、という懸念がある。引いていたカードが貫通札だったなら?別の手札誘発を引いていたなら?勝敗は変わっていただろうか。しかしながら、この懸念は想像の域をでないものであり、手札の見えないリプライからデータを収集している関係上、引いてはいたものの、相手がふわんだりぃずだったり、発動する意味がないと判断したりした結果、増殖するGを発動しなかった場合をカウントできない。また、効果が適用されていながらもカードを引けずにリーサルを取られているのなら、増殖するGが通った場合のパワーを比較するのに不適切とする他ない。これは増殖するGの発動がなくとも原始生命態ニビルのようなカードをケアするためにオーバーキルの択をとる可能性が低いからである。裏目となるカードがスピリット・オブ・ユベル程度しかなく、無効手段を持っているなら増殖するGの発動に関係なくオーバーな展開はしないものと考えられる。上記の理由から、修正は適切なものであったとする。

 昨年シェアカードルールに関して検討しそびれた要素として、デッキタイプが強制的にバラけさせられるという部分がある。1チーム最低でも3デッキ、最大6デッキ用意しなければならないということは、例えばTier1相当デッキが一つしかないとしたら、そのほかの枠を別の、よりパワーの低いデッキで埋めなければならないということに等しい。つまり、各デッキの使用率がランクマッチとは異なるということである。デッキごとに先攻勝率はおそらく違うものであり、使用率の差がダイレクトにデータに影響してくることは否定のしようがない。増殖するGに対する耐性がデッキごとに異なるのも無視できないものだろう。さらに言えば、このルールは所謂汎用出張セットを潰すものでもある。今大会においてはスネークアイ、ひいてはディアベルスター罪宝セットがモロに影響を受けていた。上記の出張セットの汎用性は凄まじく、純スネークアイはもちろんのこと、炎王やR-ACEなど、実にさまざまなデッキを支える要素となっている。シェアカードが3枠しかないこと、そしてそれが手札誘発でほぼほぼ埋まることによってこれら3デッキをフルスペックで同時に投入することはできなくなっている。これではランクマッチとデッキの使用率が違うどころか、同じデッキが使われてすらいないことになってしまう(ちなみに炎王スネークアイは270戦中148回登場しており、各チームの炎王担当は大体炎王一本で戦ったことが窺える)。例えばスネークアイ出張セットが採用されているデッキの先攻勝率が異常なものであった場合、今回のデータ収集ではそれをまるっきり無視するしかない形となってしまう。これに関しては修正する方法もデータ的に考察する余地もないことから、留意してほしいとしか言いようがない。

 また、去年と今年の比較をするに当たって無視できない要素として、データ収集時期が1年も離れているという点がある。年に1回の世界大会なのだから当然ではあるのだが、MDは約1ヶ月に1回制限改訂が行われるほど環境の変化が早く、年に1回ではそのつぶさな変化を追いきれない。実際、去年の世界大会から現在に至るまでにクシャトリラの登場から主要カード数枚の規制、超重武者の登場からイワトオシの制限化、烙印のカードが揃ってから厳しい規制を受けるまでなど、さまざまなデッキの隆盛があった。今年の世界大会での集計は現時点の環境のスナップショットでしかなく、これらのデッキの影響を測ることはできていない。クシャトリラ最盛期には先攻勝率は上がっていたかもしれないし、超重武者が多く使われていた間はさらに顕著だったかもしれない。有意差が出ていた可能性もあるだろう。しかしそれらは今回の集計では反映されないのだ。つまり今回の結論はあくまで去年と今年の、世界大会の一瞬の環境の比較であり、環境の変遷を捉えたものではないということに留意すべきである。極論を言ってしまえば、「前回と今回の世界大会の時に限って、狙ったかのように先攻が普段以上に有利な環境だった」という可能性を否定するデータは出せていないのだ(逆もまた然り)。昨年本当にさまざまな人に記事を読んでいただけたが、先攻勝率が思ったより高いという感想を見ることはなかったので、先攻勝率が異様に高かったわけではないと信じる他ない。また、流石に異常な先攻勝率になるようなデッキはKONAMIが早急に規制してくれていると信じて、先攻勝率が大体この辺りで安定していたということにしておく。

結論

 上記の通り、2024年世界大会での決着までのターン数は2023年大会よりも平均して短くなっており、採用されているカード1枚1枚の役割にすら影響を及ぼしていた。今大会における増殖するGは去年と打って変わり、先攻勝率にさほど影響はないが、後攻勝率を大きく引き上げるカードであることがわかった。昨年は先攻勝率をも引き上げていたことを鑑みれば、増殖するGそのものの性質というよりは、先攻の「対話拒否」性能及び後攻のゲームエンド性能の大幅な強化により得た新たな立ち位置というべきだろう。インフレの果てが増殖するGの性質の変化という予想外の結果を今回の解析で発見できたのは新規性があると思う。

 ちなみにOCGの方では新たなる手札誘発群のマルチャミーシリーズの登場しており、「増殖するGが初手に来ない」という問題を類似カードを増やすことで解決しに行っているように見える。これは昨年筆者が必要性を説いた「調整版増殖するG」とも言えるカードで、増殖するGの効果を分割してスケールダウンしたような作りになっている。これらは2枚目が死札にならず、先攻側は使用できず、次のターンに持ち越せる手札の枚数が制限されている。さらにいえば対応する特殊召喚が分かれており、現状では手札からの召喚・特殊召喚担当とデッキ・EXデッキからの特殊召喚担当が登場している。墓地や除外からの特殊召喚担当もそのうち出ることだろう。だいぶEXデッキ担当のフワロスが抜きん出た汎用性をしているような気もするが、環境によって入れる種類や枚数が変化するのは構築面での多様性を確保できていると言えるだろう。「とりあえず3枚入れとけ」となっていた増殖するGに比べ、遥かに健全と言える。先攻側にとって死札になりやすいマルチャミーがMDでどういった扱いになるのかは実装を待つほかないが、着実に改善の方向に進んでいるのは僥倖である。ちなみに海外ではすでに、というか日本での情報解禁時点から禁止論が出ている。早すぎて笑うしかない。このように、増殖するGの問題に一定の解決策を提示してきた新カード群が増殖するGからの卒業の一手となるのか、はたまた第2の補助輪として浸透していくのか、実装されているであろう来年の世界大会でまた論じたいと思う。

蛇足

 今回の記事も読んでいただきありがとうございます。昨年の記事が思っていたより何倍も多くの人に見ていただけて、「データに基づいた議論を促す」という目的が達成されて感無量でした。今回も同じ志で書いたので、自分とは違う結論を出したり、さらに議論を発展させてもらえれば大変嬉しいです。

 自分は統計は専門でなく、生物学の人間なので、本来は増殖するGに関するデータよりも昆虫としてのGの方が詳しかったりします。そのため、なるべく統計学的に正しい結論の出し方ができるように心掛けましたが、専門家から見れば拙い部分も多々あるかと思います。ぜひとも統計を専攻された方のご意見もお聞きしたいです。また、もっといいデータの取り方があれば切実に知りたいので教えていただければと思います。

 今年もまた熱い試合の数々を見せてくれた(上にデータも取らせてくれた)選手たちに敬意を表します。自分が遊戯王という趣味をここまで楽しめているのもプレイヤーの鮮烈な活躍あってのものです。また来年もよろしくお願いします


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