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【遊戯王マスターデュエル】WCS本戦を通した統計と《増殖するG》について

沙録

 本論文では遊戯王WCS2023大会のマスターデュエル部門の試合をすべて観戦し、まとめたデータでマスターデュエルのゲーム性を紐解いた。先攻が有利なのは事実ではあるが《増殖するG》がある程度それを是正していることがわかった。しかしながら同時に《増殖するG》自体の異常なパワーと先攻の勝率の上昇への関与も判明した。海外では禁止カードである《増殖するG》は日本やマスターデュエルでも禁止にしていかなければならないパワーカードであると同時に、現状のゲーム性では一発禁止にしてはならないと主張する。

序論

背景

 2023年8月5日から6日にかけて行われた遊戯王WCSシリーズは世界中の決闘者を沸き立たせ、多くのプレイヤーの記憶に残る数々の名勝負を魅せた。今年度から初めてデジタルカードゲームのマスターデュエル(以下MDとする)とデュエルリンクスでもWCS大会が開かれ、紙のカードとはまた違ったゲーム性や派手な演出でWCSに新たな面白さを提供した。またMD部門の方ではチーム戦での開催となったことで普段とは違う戦略性やドラマを垣間見ることができた。そんな真新しさやゲームごとの違いに隠れていたが、実は今回のWCSでひそかに重大なことが起こっており、それはOCG部門では《増殖するG》が禁止カードに指定されていたにもかかわらずMD部門では無制限カードとされていたところである。
 そもこの問題は根深く日本をはじめとするアジア各国で施行されているOCGのリミットレギュレーションでは当該カードは無制限となっているのに対し、欧米のTCGリミットレギュレーションでは2018年2月以来禁止カードとなっているところから始まる。そのため地域ごとにリミットレギュレーションに差異のないMDで《増殖するG》が無制限であることに驚きを覚える海外プレイヤーは多く、炎上するほどの厄ネタとなっているほどである。海外の人気掲示板であるRedditのMD板は連日《増殖するG》に対する怨嗟を綴った書き込みがなされ、Twitter(現X)では#BanMaxxC (増殖するG禁止にしろ、の意)のハッシュタグをつけたものが多数見受けられる。海外の有名配信者もこぞって《増殖するG》に対する怒りをあおるような言動を繰り返し、状況は混沌を極める。

本論文の目的

 日本勢と海外勢を隔て部門ごとに扱いが異なってしまうほどの凶悪なカードである《増殖するG》だが、どれほどのカードであるのかに関してデータが不足していた。「《増殖するG》は先攻制圧を助長するカードである」や「《増殖するG》が通ってしまえばほぼ勝ち負けが確定する」などの言説が大した根拠もなしに流布され、それを肯定する材料も否定する確たる証拠もないまま議論とも呼べぬものがインターネット上に書き込まれる状況は健全とは言えなかった。誰の統計を取ろうとも十分なサンプル数も客観的なデータも確保できず、全員が全員アネクドートに基づく非常にあやふやな論拠で語るしかなかった。しかし今回のWCSでMDプレイヤーの頂点が集まり、そこそこの試合数をこなしてくれたことでプレイヤーの腕が大体等しく、またミスが非常に少ないため純粋なカードのパワーを計れるデータが集まった。実験系でなくまた120戦という統計的には少ないサンプル数ではあるが、今回のデータ解析により見えてくるものは多いと信じている。《増殖するG》絡みの数字だけでなく他の数値も見ていきたい。

本論

メソッド

 今回の解析はMDのリプレイで再生可能な全120試合を対象としてそれぞれ先攻側が勝利したか、先攻後攻ともに何回《増殖するG》を発動し何回無効にならずに通ったか、そして決着がつくまでの総ターン数をエクセルに表として記録した。このデータをもとに以下の統計を算出した。
①先攻プレイヤーの勝率
②ターン数の平均および中央値
③先攻と後攻それぞれが《増殖するG》を使用した場合に無効化された確率
④先攻プレイヤーの《増殖するG》が通った場合と通らなかった場合の勝率およびその差
⑤後攻プレイヤーの《増殖するG》が通った場合と通らなかった場合の勝率およびその差
 このうち⑤に関しては一部データを修正しなければならない部分があった。Round 1のRaye vs Bohdan TやRound 2のgenhuukei vs Karmanoなどの試合において後攻プレイヤーがリーサルが盤面に既に並んでて特殊召喚しようがしまいが結果の変わらない場面で意味のない《増殖するG》を発動するシチュエーションが発生し、データに影響を及ぼしたためそれらの発動を⑤の計算時に除外した数値も用意した。

結果

 得られた数値を列挙していく。
①先攻勝率57.5%
②平均4.41ターン、中央値4ターン
③先攻側が47回発動し87.2%の確率で通った。後攻側は60回発動し70.0%が通った。通った試合数だけを見た場合先攻は32試合、後攻は35試合であった。これは1試合に2枚発動したケースがあったためである。
④先攻側が《増殖するG》を発動しなかった、または1枚も通らなかった場合の勝率は54.0%であった。対して1枚でも通った場合の勝率は65.6%でありその差異率は20.3%となった。
⑤後攻側が《増殖するG》を発動しなかった、または1枚も通らなかった場合の勝率は40.0%であった。対して1枚でも通った場合の勝率は48.6%でありその差異は21.4%となった。先述の通りデータを修正した場合《増殖するG》が通らなかった場合の勝率は38.6%となり通った場合は53.1%となる。その差異は37.5%であった。
⑥オマケ:セットしてあった《無限泡影》が発動した縦列で魔法カードを発動し無効化された場合の勝率は100%

考察

 先攻勝率に関してこれを高いと呼ぶか低いと呼ぶかは人それぞれだろう。他TCGと比較したデータは少ないが、シャドウバースは2020年1月まではアップデートに際し先攻勝率を発表していたため参考にすることができる。2018年1月のアップデートにおいて特定デッキの先攻勝率が54.1%だった状況を「非常に高い」と公式が評しており、それを加味すると57%は異常な数値に見える。カードゲームにおいて先に行動できる先攻が有利なのはマジック・ザ・ギャザリングなどの他のゲームでも相違ないがこの数値は高いといえるだろう。しかしながら「MDは先攻が8割勝つコイントスゲーム」というような非難が荒唐無稽であることは事実といえよう。
 平均ターン数に関しては中央値よりも高く、4ターン以内に決着がついている試合が多かったことを示している。実際49試合(全体の40.8%)が3ターン以内に決着がついており、後攻側が捲りきってワンターンキルを達成できるかどうかの勝負が非常に多かったことがわかる。遊戯王はマナや他TCGでいうコスト等の概念のないカードゲームであるため最初からクライマックスであり、他のカードゲームとは先攻1ターン目の長さが比較にならないためこうなる。
 先攻に比べ後攻の《増殖するG》の方が妨害されやすいのは《灰流うらら》を使用するタイミングによるものが大きい。先攻プレイヤーは《灰流うらら》を発動するタイミングは自ターンにはほぼなく、相手が投げてきた《増殖するG》に優先的に当てることができた。しかしながら後攻プレイヤーは《灰流うらら》を相手の先攻ターンに消費することが多く、《増殖するG》の発動される自分のターンが回ってくるころには既に使用している場合が多々あった。今大会では《ティアラメンツ・レイノハート》、《烙印融合》、《ウェルカム・ラビュリンス》等のマストカウンターが多く存在し、相手が《増殖するG》を握っていることを読んで温存できるほど生ぬるい環境ではなかった。また今大会の特殊ルールも多分に関連しているだろうことも容易に想定できる。今大会はシェアカード制度を導入しており、1チームあたり3種類のカードまでしかすべてのデッキにフル採用できないルールとなっていた。確認できる限りすべてのチームが《増殖するG》と《灰流うらら》を選択していたなか3枚目のカードはかなり多様であった。このため普段なら多くのデッキに採用されている《墓穴の指名者》および少し採用率は落ちるがそれでも人気の高い《抹殺の指名者》が入っていないデッキが多く、《増殖するG》の無効化手段が非常に限られていた。指名者カードは両方とも後攻プレイヤーが相手先攻ターンに使用できるものではないため、先攻と後攻の妨害成功数には差ができたかもしれない。ただ依然として《灰流うらら》の使い所による差はあるため先攻プレイヤーの方が通しやすいという部分は事実であろう。
 先攻勝率の話題に戻ると《増殖するG》を発動していない試合ですら勝率は54.0%と高いのだが、《増殖するG》が通った途端勝率が一気に2割上昇するのは特筆すべき事態だろう。40枚デッキにおいて3枚入るカードを初手に引く確率は33.8%であり、《増殖するG》は非常にサーチしづらいカードであるためほぼ確実に素引き頼りになるが故に3試合に1回くらいのペースでしか使用できないカードである。そんなジャンケンのような確率のカード1枚のあるなしで勝率が2割動くのは異常と言っていいだろう。無論他のカードでも似たような数値が得られるかもしれないがこのカードの特別な部分はその汎用性である。WCS開催時のゲーム内データでは《増殖するG》の採用率は90.9%にまで迫り、WCS本戦においても全てのデッキに採用されていた。広く採用されているカードが勝率にここまでの影響を与えていることに留意したい。その後のアップデートでも採用率は伸び、一時期は94%に迫る勢いであった。
 後攻プレイヤーの数値も見ていこう。今回は公平な判断のために《増殖するG》を使う意味のない場面で発動した試合を修正した後のデータを用いて考察をする。後攻が《増殖するG》を通せなかった場合の勝率はわずか38.6%であり、それが《増殖するG》1枚通るだけで53.1%まで上がる。カード1枚のみで勝率が4割近くも上昇する特異な状況である。しかしながら勝率の伸びは明らかにこちらの方が大きく、先攻優位なこのカードゲームにおいて積むべき手札誘発さえ積んでいれば後攻側が微有利にまで持ち込めるのは大きい。《増殖するG》はどちらかといえば後攻札と言ってもいいかもしれない。

課題

 当然ながら今回のこのデータ解析は完璧とは言えず、統計的に怪しい部分が存在する。まず今回のスタディーは実験ではないため本来因果関係を証明する手段としては弱い。ただしキチンとした対照実験を行うためには《増殖するG》が禁止となっている状態でWCSをやり直さざるを得ず非現実的であるため許してほしい。これは「タバコは肺がんを引き起こす」ことの証明と似たような状況であり、実験を行うことが非現実的(または非倫理的)な場合強い論理的結びつきがあれば関連性を示唆できる。今回のWCSでは《増殖するG》の効果解決により十分な盤面を築けず終わったターンが多々見受けられ、勝敗に大きく影響を及ぼしたことは火を見るより明らかであった。よって完全な因果関係を導くことはできないが《増殖するG》が強く影響していることは事実であろうことは容易に想像できる。
 また120戦というサンプルサイズは人ひとりがひとつひとつ検証していくには多かったが統計学的には非常に小さいものである。そのため⑤の数値検証においてたった3例を修正しただけで非常に大きな数値の違いが出てしまった。大まかな傾向はあっているだろうがこのサンプル数では本来マトモな結論など出してはいけないのだがどうしてもこれだけは仕方なかった。一人でできる検証量には限界があり、またトップレベルの戦いをここまでしっかり見ることのできる機会は今大会を置いて他になかったからだ。通常のランクマッチではプレイヤーのミスが結果に大きく影響を及ぼし正確にカードの強さを計れない。またトップ層以外のプレイヤーは《増殖するG》を見た瞬間にあきらめてサレンダーしてしまうことも多く、実践的なデータは得られづらい。トップ層のデータが欲しければデュエリストカップの配信などで情報を得てもよかったがそれではプレイヤーが常に一人は一緒なためそのプレイスタイルや構築がバイアスをかけてしまうという問題があった。今大会は世界中のトップレベルのプレイヤーが集まり試合をこなしてくれたというまたとない機会であったのだ。これから似たような大会や次年度のWCSでデータ量が増えていってくれるだろう。
 もうひとつ課題としてシェアカード制限がデータに及ぼした影響は無視できるものではなく、先攻勝率や《増殖するG》による勝率の上昇に一役買っていた可能性があった点があげられる。3種類のカードしかチームで共有できないルール下では《墓穴の指名者》と《抹殺の指名者》を使用できないことが多かったため《増殖するG》の効果適用を許してしまう展開が非常に多かった。指名者シリーズは1枚が準制限、もう1枚が制限カードであるが、これは手札誘発カードを封殺することによって先攻有利を助長してしまう可能性があるからとされている。これが正しければこの2枚があまり存在しなかった今大会では後攻側の勝率の上昇に寄与した可能性があるといえる。《増殖するG》が通りやすかった環境はデータ数の確保という意味ではありがたかったが、データに影響を及ぼした可能性は否定できない。例えば先攻側が《増殖するG》と《墓穴の指名者》を両方握っていて相手に《増殖するG》を投げられた場合、自分が次ターンに《増殖するG》を使用できないデメリットを負う覚悟のもと無効にせざるを得ず実質手札1枚が腐ることとなる。このシチュエーションだと手札2枚を持っていかれる先攻側が数的不利となり、《増殖するG》が通った場合の試合数を減らし先攻勝率にも影響を及ぼしただろう。こういったシナリオは数多くあり、どれがどれだけ勝率に影響するかは未知数なため、今回の数はあくまで「今大会レギュレーションにおける《増殖するG》」に関して検証ができるが普段のランクマッチでは違う結果となる可能性が十分ある。ただ《増殖するG》自体に変化はないため大勢に大きな違いはないだろうと信じて本論文を書かせていただいた。

結論

 今大会の試合の分析を纏めると程度はどうあれ先攻有利なゲームであること、《増殖するG》は先攻後攻両方の勝率を大きく引き上げること、それでも《増殖するG》は後攻の勝率のほうをより高くすることがわかった。しかし逆に言えば《増殖するG》というパワーカードをもってしてもこのゲームの先攻格差を是正するに至らず、かつ先攻側も使用できるためそちらの勝率をもおおきく引き上げてしまっている現実が露呈した。《増殖するG》の絡まない後攻勝率が4割を切ることを考慮すると現状で《増殖するG》をいきなり禁止にするわけにはいかないだろう。しかしながら通常のランクマッチで9割がた、WCS本戦ではすべてのデッキに採用されているカードが勝率を20%以上引き上げてしまうゲーム性はとても健全とは呼べないため、早急な対応が求められているといっていい。
 《増殖するG》が禁止となったOCG部門でゴリゴリの展開デッキが優勝を飾ったところを見るに《増殖するG》の影響の大きさが計り知れる。《増殖するG》を全体的にパワーダウンするなり、後攻でより強く使うことができるカードを作るなりして先攻勝率を下げていくとともに常軌を逸したパワーカードに頼り切った現状を脱しなければならないだろう。ここまでくれば後攻側の初期手札を増やすなどのルール改訂も視野に入れてもいいかもしれない。今回のWCSは我々に非常に重要なデータを与えてくれそれ以上に大会として非常に盛り上がった。得られたデータを今後の役に立てることが統計をかじっているものとしてあの興奮、あのドラマを見せてくれた選手たちへの最大の敬意であると信じてこれからも分析をしていきたい。

関連リンク

 今回の結果を英語にしたためて海外掲示板のRedditに掲載しのべ85000回閲覧され200を超えるコメントがついた。海外勢の意見が知りたければ一読の余地があると思うのでここにリンクを貼らせていただく。

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