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#ネタバレ 映画「戦火の馬」

「戦火の馬」
2011年作品
誰でもサラブレッドを飼っている
2012/4/1 18:06 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

戦火を逃れ家に帰って来ても、あのサラブレッドは競馬に出るわけではありません。もちろん戦争に駆り出されるよりは随分ましですが、これからは農耕馬として、地味な生活が待っているだけなのです。サラブレッドは本懐を遂げることなく、ただ静かに老いていくのです。これは、ままならぬ私たちの人生そのものではありませんか。

就活に成功して憧れの大企業に就職できた人も、それだけでは安心できません。己の夢を実現したスピルバーグ監督さえも、もしかしたら自分の人生は、まだ完璧には最適化されていないのかも、と思っているのかもしれません。そして、そんな彼らの内面を表現した、不自由で不本意な人生の延長線上にある代表的記号が戦争なのでしょう。

反対に、生き物には、生まれながらに等しく持っている、内面からあふれてくるオーラの様な「生命の輝き」があります。美しいサラブレッドはその代表的記号なのだと思います。そして「美しきものは善の象徴」でもあります。その輝きは戦争の為にあるのではありますまい、それは純粋に命が生きていることを謳歌するためのエネルギーなのでしょう。自由の謳歌です。

劇中で、いや観客も含めて、今回サラブレッドに心を奪われた人たちすべても、同じサラブレッドなのです。自分たちの外見は、生きるために世俗の垢にまみれて真黒になっているかもしれませんが、心の中心まで黒く染まっているわけではありません。それを拭い去れば、足下は白く、額にもく白い菱形マークのあるジョーイと同じサラブレッドなのです。

ボーア戦争では勇敢に働き、勲章まで貰っても、まるで敵前逃亡で逃げ帰り、息を潜めて暮らしているかのごとく振舞っているテッド。それを暗黙のうちにも正しく理解していたエミリ。そして省略されているテッドの戦場での行為は、アルバートの戦場での勇敢な行為で再現されるのでした。アルバートも勲章をもらったのかは知りませんが、もらっていてもテッドと同じく物置にでも放り込んでおくかもしれません。しかし、彼ら親子が共にジョーイに一目惚れした事が語っているように、彼らもまた気高いサラブレッドなのでした。

この映画は、映画「世界最速のインディアン」にもどこか似ていました。還暦を過ぎたライダーがおんぼろバイクを駆って世界最速に挑む話です。あのライダーとバイクも、内面的にはサラブレッドでした。その精神を見抜き、惚れた市井の人たちが成功の為に手を差し伸べるのです。そしてバイクと言えば映画「大脱走」のマックイーンのバイクのシーンもありました。彼もまたそうなのでした。

そして映画の縦糸が「生命の輝き」ならば、横糸は「家族の絆」なのでしょう。馬を使って描いていましたが、馬はアルバートの弟分です。この様な兄弟の話が二つ出てきましたね。そしてジョーイと母馬の愛情、ジョーイと黒馬の友情、ジョーイと少女の愛情もありました。他にも戦争と兄弟愛を描いた傑作には映画「ブラザーフッド」がありました。

もっと若い頃、少年の頃に見たい映画でした。あの時代にあったらもっと感動したことでしょう。しかし、中年になった現在では、やはり邦画を含めたアジア映画が、この路線の作品にはしっくりくるのではないかと思うのです。とはいえ、長尺でも飽きずに魅せる力作でありました。忘れるところでしたが、主人公たちの住んでいる田舎の風景がため息が出るほど素晴らしい。

★★★★

追記 ( 駿馬の志 ) 
2012/4/6 10:57 by さくらんぼ

ネットでこんな言葉を見つけました。映画「戦火の馬」にもふさわしいのでご紹介します。

「 老驥櫪に伏すとも志千里に在り ( ろうき、れきにふすとも、こころざし、せんりにあり ) 」

これは中国の武将、曹 操(そう そう)の言葉です。

意味は( 年老いた駿馬は、たとえ馬小屋に伏していても、志は千里を走っている)となるのでしょうか。

この駿馬をサラブレッドのジョーイに読み替えれば( サラブレッドなのに、農耕馬として地味な一生を終え、今は年老いて馬小屋に伏していても、ジョーイの志は、千里を走り続けている )となります。

意外な東洋との接点ですね。スピルバーグは知ってたのでしょうか。



(  最後までお読みいただき、ありがとうございました。

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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