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【連載小説】雨がくれた時間(連載中)

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『雨がくれた時間』を全部まとめたマガジンです。
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2020年5月の記事一覧

【連載小説】雨がくれた時間 10.意外な素顔

前回の話はこちら 第9章「二つの笑い声」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」        10 意外な素顔  改札を抜けると、雨のあとの少し湿気を含んだ風が前髪を揺らす。  ホームの端に目をやると、線路の先を見つめてたたずむ澤村の姿があった。 「すっかり、やんだな」  なにも言わず隣に立つと、澤村は線路の先を見つめたままそう話しかけてきた。 「ほんと。さっきまでの雨が嘘みたい」 「ああ」と頷く彼の首筋に小さな切り傷があるのが目に入る。 「どうしたの?」 「ん?」 「そ

【連載小説】雨がくれた時間 9.二つの笑い声

前回の話はこちら 第8章「彼の理由」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」       9 二つの笑い声 「おかえりなさい」  振り返ると、あの若い駅員さんが制帽を取ってニコニコと私に会釈している。  反射的に「ただいま」と答えたものの、それはなにか違うような気がしたからか、その声はひどく小さくなってしまった。  せっかく笑顔で出迎えてくれたのに、こんな返事では申し訳なくて「ただいま戻りました」ともう一度、今度は笑顔ではっきりと言った。 「かなり濡れたんじゃないですか?」

【連載小説】雨がくれた時間 8.彼の理由

前回の話はこちら 第7章「あがる雨」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」        8 彼の理由   「そういえば、今までどうしてたの?」  渡されたままだった澤村の傘を閉じながら、なぜあの路地裏から出てきたのかが気になって聞いてみる。  私よりも早くお参りしてくれていたのだから、少なくとも正午前には七瀬家の菩提寺に着いていたはずだ。  その証拠に彼のデニムパンツの裾には、あまり濡れたあとがなかった。きっと寺を出たときもまだ雨は降っていなかったのだろう。なのに、こうし

【連載小説】雨がくれた時間 7.あがる雨

前回の話はこちら 第6章「言えない心」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」        7 あがる雨    気がつくと、澤村が少し歩調をゆるめてこちらを見ている。 「今日はどうしたの?」と、彼から視線をそらして言った。 「どうしたって、悟の墓参りに決まってるだろ」あっけらかんと澤村は答える。  うわずった私の声に気づいた様子はまるでなかった。 「そうじゃなくて。どうして来てくれたの? 月命日でもないのに」 「最近来てなかったからな。久しぶりに悟に会いたくなった」  なぜ