【ネタバレ・追記有り】映画えんとつ町のプペルを見てきました。フラットな目で感想を。

クラウドファンディングを駆使した、新たな時代のものづくりを先駆した人であり、
その考え方や行動に非常に注目をさせていただいていた西野亮廣さんの映画…という事で、「これは見ねば」と鑑賞を決めました。

前提として、僕はサロンメンバーではないですし、
作品については「誰のものであれフラットに見る」を心がけていますので、(フラットに見られそうにない場合は見ません。作者が犯罪者であるとか)、
贔屓目無しに、心の感じたままに感想を書きます。


えんとつ町のプペル 70点 (5段階評価なら☆3.5)

【点数比較参考作品】
BACK TO THE FUTURE 99点
ダークナイト     98点
告白         93点
2001年宇宙の旅    92点
この世界の片隅に   91点
シン・ゴジラ     88点
カメラを止めるな!  88点
JOKER        86点
ロッキー1      84点
君の名は       80点
シャイニング     78点
言の葉の庭      40点


■■■総括■■■
「言葉」を使いすぎでくどかった。
そして、本筋のテーマである「信じ抜く事」のカタルシスが感じられなかった。
概ね悪かった所の方が目についてしまったので、「良い作品」と言いづらい。
映像の美しさは凄い。STUDIO4℃凄い。


■■■良かった所■■■
・映像、すごい。美しい。世界観も素晴らしい。

・プペルの声、素晴らしかった。

・ダンさんの「怖い」のくだり、面白かった!

・感動出来るポイントはあった。
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→プペルが毎日臭かった理由。プペルは本当にイイやつだなぁ…。

→協力してくれたスコップ。「ロマン」にしか力を貸さないってのが活きでイイ!

→母ローラの言葉。ブルーノの事を本当に心から分かっている感じが、とても素敵。

→アントニオ。そりゃあ、ああいう役どころで心変わりされたら、泣きますがなw
===============


■■■悪かった点■■■
・「言葉」を使いすぎで、気持ちが乗れなかった。特にラストの父親ブルーノの語り。
ブルーノの紙芝居のような演出にしたかったのだと思うけど、それによって「映像作品の良さ」が消えた。
キャラクターが喋り、動き、その息づかいや間で感情が揺さぶられるのが映像作品の良さであるのに、紙芝居を聞かされながらダイジェスト映像を流されている感じになってしまっていて、気持ちがシーンに乗らなかった。
あと、やはり、くどい。言葉が。
僕は「本当に伝えたい事は言葉にしてはならない」「言葉にするにしても、最後の最後、ほんの少しだけ」というのが、
『物語』
だと思っているので、漫画や映画・ドラマが言葉責めみたいになっているのは好きではない。
仕草で、表情で、演出で、シーンで、表現で、見せてくれる作品が好きだ。


・テーマである『信じ抜く事』に対するカタルシスを感じられなかった。
 ほろっとしたシーンはいくつかある。
===============
→プペルが毎日臭かった理由
→協力してくれたスコップ
→母の言葉
→アントニオ
===============
…グッとくるシーンはあったのだけど、映画を見終わってふと思い返すと、
『ルビッチにあまり感動してない』事に気付いた。

ルビッチは「誰に叩かれても貫いている行動」がある訳ではない。
星を見たいという事を皆に隠しているし、明確な目的の為に日々続けている何かがある訳でもない。
そんな日々の中、プペルという奇跡に遭遇し、スコップさんというすげー良い人に助けられたおかげで、彼はラッキーな事に夜空の星を証明するチャンスを得た。

ルビッチのカタルシスとしてあるのならば、「下を見ずに鎖を登れるようになった事」なのかもしれないが、
「煙で覆って町を守っている」「町(世界)のルールが変わってしまうかもしれない」というほどの危険を孕む『星を証明する』という行動の、『負の部分』を超えて感動するほどのパワーは、ルビッチの物語には無いと思う。

信じ抜いて達成したその先に何があるのか。
その部分が弱い。
ルビッチは「ただ星が見たかっただけ」で、町ごと巻き込んでいった。(ように見える。)
町の皆がルビッチに手を貸したくなるような、「貫き続けてきた行動」が無い。
だから「良かったねぇルビッチ」という感想だけで感情が止まってしまう。
「お前の行動に胸を打たれた!!」とはならない。
母の病気が治る薬が外の世界にはあるかもしれない…とのブルーノの台詞がポツリと出てきたが、それを理由にするのであれば、その目的を主題レベルにまで持ってこないと難しい。「設定理由が一応ある」レベルでは、気持ちが乗るほどの感情移入は出来ない。

また、町の皆がつられて行動を始めた時、女キャラの台詞で「何かおかしいと感じ続けていた、民衆の思いだ!」みたいなのがあった。
確かにその通りだ。
現実にそういう人達や、渦巻く思いはある。
けれど、その部分を「作中で物語として見せなきゃ」ダメだと思う。
『民衆が(町と行政に対して)おかしいと思っている象徴的なシーン・演出』は、無かったように思う。
言葉だけで伝えられてしまうから、「正しいんだけど、気持ちは乗れてない…」となってしまう。

・ちょっと冗長な所がある。前半の展開など。

・音楽が合ってないと思う。曲だけを聞けば良い歌だと思うけど、「これはプペルの世界(の曲)かなあ」と違和感を感じてしまう。

・これはかなり個人的な好き嫌いの話になりそうだけど、
最後にプペルが父親として死んじゃうのはガッカリしたなー。
だってさ、「信じ続けたら仲間が現れる」んじゃないの?
それがプペルなんじゃないの?
信じ続けたけど、現れたのは仲間じゃなくて、もともと思いを共有してた親父さんなの?
仲間現れてないじゃん!
…って思ってしまうので、
俺はプペルはプペルとして死んで欲しかったなぁ。


■■■雑感■■■
映像美やビジュアル面では本当に素晴らしいと思うのだけど…物語としてはイマイチ。
本筋のテーマで感動出来なかった事が一番残念だった。
「ここを語りたい!!」というプラスな感想が、見た後にあまり残っていない。
鑑賞前、割と厳しいレビューを見かけていたので、それはそれで「どんだけ悪いんや」と思って見たけど、そこまで悪いとも思わなかった。
ビジュアル面と声優面意外は、普通か、やや良くない…といった感じの作品でした。
言葉責めの物語は僕は好きではないので、僕個人の好みも含めて評するなら「好きじゃない」面はちょっと大きいです。

西野さんの考え方等は日頃から割と知っていたので、映画で同じことを語られた分、「映画ならではの真新しさや表現」を感じなかったのも、「良い所」の印象が薄れた原因かもしれない。
普段と同じことを聞いただけ…みたいな。
ルビッチやブルーノが語るより、西野さんが語った方が感動してしまう。
メッセージそのものは素敵なので、西野さんの事を知らない人の方が楽しめるかも。
(…くどいけど。)


…といった感じが、僕の感想です。

僕自身も「クラウドファンディングで漫画を連載する」という方式を取っていて、まさにそのクラファンというものの存在を教えてくれたのが西野さんでしたから、この映画は見ない訳にはいきませんでした。

かつ、自分も物語を扱う人間ですから、色眼鏡は一切使いたくない。
少々厳しく書いたように見えるかも…ですが、「良いものには良い!」「良くないものには良くない!(…か、もしくは黙ってる。笑)」が僕の方針です。

さて、この先も西野さんは凄まじいパワーでエンタメづくりに没頭されると思うので、
僕も負けないように頑張ろうと思います。

西野さんはディズニーをたおす。
僕も漫画史や世界に残る漫画をつくる。
信じ抜け!!!


■■■■■■【追記】2021年1月7日■■■■■■
「これはもう創作者・表現者としては尊敬出来ない」と思う事があったので追記。

映画のレビューを覗いていて、発見したいくつかの文言が、僕は看過できなかった。
以下、全て西野さん本人の言葉らしい。
==================================
・「どんな事を言われても言い返せるから、内容をつついた人が恥をかきます」

・「この映画の良さがわからない人はサプライズを求める常連さん」

・「最初に拍手する人を一人ぼっちにしないで」
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これがもし、本当にご本人が言った事なのだとしたら、

表現者としてありえない。
もう表現者ではない。
創作者でもクリエーターでもない。



まず
「どんな事を言われても言い返せるから、内容をつついた人が恥をかきます」
について。

この発言は、物語をつくる者としてダメすぎる。
「どんな事を言われても言い返せる『裏にある設定が完璧』だから」って言いたいんだろう。
そんなもん当たり前や。
物語をつくる初心者はだいたいそこが「最初の壁」。
設定は本人ならわかってて当然。で、設定がつくり込んであるか無いかで物語作品の良さが決まるんじゃないんだよ。
「作品を見た人が、その作品内でのみ満足出来るようにつくる」のが物語だ。
作品内にツッコミ所を残せば残してしまうほど、受け手は膨らんだ疑問が物語への没入を遮られてしまい、感情が動かなくなる。
だから物語の創作というのは、伝えたい事を増幅してかつシンプルに伝えるべく、作中の情報量をセーブしたりコントロールしたりする。

たとえば今作の「腐るお金」の設定。
ルビッチのカタルシスを伝えるにあたって全く必要の無い設定だった。
何なら邪魔していた。
その設定を入れたせいで、『じゃあルビッチが星を証明してしまったら、この町にとっては良くないんじゃないの?』という疑問を発生させた。
結果、ルビッチの行動を心から応援出来なくなった。

それに対して本人が作品外から「いや実はここはこうで、こうだからなんです!」って説明されても…
それ、物語つくる者としてはめっっっちゃくちゃダサい事だからね。
それは完全に「作品として体を成していない事の証明」だ。
初心者はみんなこれをやる。
それを脱却して、「物語だけで伝え切る」のが難しいから皆勉強・修行するのであり、その先に「プロ」が居る。

…とはいえ、プロとして活動する物語創作者でも、作品への没入と設定・疑問のコントロールを完璧にするのは難しい。

「西野さんは物語初挑戦だし」と甘めに評価した部分はあった。
(ツッコミ所は山ほどある作品なので。)

…しかし、
「どんな事を言われても言い返せるので、内容をつついた人が恥をかきます」

『内容をつついた人が恥をかきます』って何だ?

物語作品を追究するのであれば、「伝わらなかった部分は未熟な部分なので、次は伝え切れるよう頑張ります」じゃないの、そこは。

何で自分が作品で伝えきれてないのに、
「伝わらず疑問をもったあなたが恥です」って言ってんだよ。

恥ずかしい発言してんのはあなただよ。

それに、
「どんな事を言われても言い返せるので、この作品は良い作品です!」
だったらまだ「ふふ、まだ初心者なんだな」って微笑ましく見れるけど、
なんでわざわざ「内容つついたお前が恥」と敵みたいな言い方をするのか?

結局言い返したいのか説き伏せたいのか、どっちかしか無いのか?

ものづくりや表現ってのは、相手を黙らせる為のツールなどではない。

この発言は物語をつくる者として、「伝える事」「表現する事」を追究する者として、全く受け入れられない。



次。
「この映画の良さがわからない人はサプライズを求める常連さん」
について。

これも同じような理由で受け入れられない。
且つ、映画の良さがわからないのは、観客がサプライズを求めているからでも、常連だからでもない。
単に「映画のレベルが低い」からだ。

作品で伝わらなかった事を逐一受け手のせいにしている。
ものづくりをなめるなよ。



最後。
「最初に拍手する人を一人ぼっちにしないで」
について。

今回、西野氏は映画の終わりに拍手する事をサロンメンバーに求めているらしい。
その上で、上記の言葉は「勇気をもって拍手してくれた最初の一人」に対する優しさの言葉……のように見える。一見。

しかし、これこそ体の良すぎる言い回しだ。巧妙な裏がある。
つまる所やっている事は「作品への評価をコントロールする」事であり、
『拍手する人間を増やして、サロンメンバー以外の観客にもこの映画は良い作品である事を錯覚させる』のが目的だろう。
それをこのように直接言うと、あまりにも汚さ・醜さが際立ってしまうから、別の視点『拍手する勇気ある人を大切に!』などという詭弁を利用して本音を隠しているのだ。
絶対西野氏本人、わかってやってると思うよ。頭の良い人だしね。

僕が何故そう言い切るか。
それは、
表現者として「作品で伝える」事を追究しているのなら、
作品への評価を自分で捏造するなど愚の骨頂だからだ。
『作品でどれだけ伝わったか』が最も知りたい部分
なのに、わざわざ自分でそれを覆い隠す。

これが指し示す事は一つだ。

「自分が偉くなりたいだけで、作品はその踏み台でしかない」という事。

彼は最高の作品をつくりたい人間ではない。
最高の結果が手に入れば良い人間なのだろう。

じゃなきゃ一連の発言の説明がつかない。


表現者ならば、創作者ならば、
作品に対しての反応は個々の自由に任せるべきだ。
それをコントロールしようとするなど、自分の作品を自分で汚す行為だ。



僕は今回のことで、西野氏をクリエーターとして尊敬する一切の気持ちは失せた。

やはり生粋の『ビジネスマン』なのだなと思う。

僕は以前ネットで聞いた西野氏の言葉
「商品じゃなく作品をつくりたい」
「忖度作品じゃなくて、最高のオナニーをつくりたい」との言葉を聞いて、素晴らしいと思っていた。

しかし、今回の発言を知り、その言葉も僕の中で霞んだ。霞みきった。

やってる事は作品・ものづくりへの冒涜で、ビジネスマンのやり方としては物凄いのかもしれないが、創作者・表現者としては最低だなと思う事ばかりだ。

「最高のオナニー」という言葉も、僕は取り違えていたようだ。

「自分が追究する最高のものづくりをしたい」という意味だと思っていた。

だが違った。
「最高の自己満足が出来れば、ものづくりは蔑ろでもOK」らしい。


彼は「クオリティは圧倒している」と言っていた。
「世界で戦うには、最終的にクオリティの勝負になる」とも言っていた。

現実は???

物語レベルの非常に低い作品をつくっておきながら、「この映画の良さをわからない人は恥」などと勘違いしている。

ビジネス思考能力が天才的な、超絶承認欲求人間…、それが西野亮廣氏かな。
そのようにしか見えなくなってしまった。

ビジネスマンとしては変わらず凄いなと思います。
努力の量も素晴らしいのでしょう。

ただ…
今回の事で完全に一つ見方は変わりました。

西野亮廣はクリエーターではない。

ずっと先に行っているクリエーターの先輩だと思ってきたので、僕は非常に残念でした。

非常に。

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