お題【通話 爆弾 夏】

あれはとても暑い夏のことでして、たしか八月の下旬にもなったのに、気温は30度を超えていました。ええ、そうです、昔は30度と言ったらとてもとても暑くて、そりゃあ外になんて出たくありません。まぁ唯一だわね、扇風機だけで、涼を感じていました。でもねあなた、昔の扇風機と言ったらうるさくて、しまいにはモーターの部分が熱を持つような古いもので、逆に部屋があったまってしまうみたいなものでしたのよ。いえいえ、これは嘘でもなんでもないです。ほんとうに熱くて困ってしまったのです。

そう言ってナツコさんは右手の人差し指を見せてくれた。指先だけ少し赤くなった皮膚は火傷のあとのようだ。

あんまり熱を帯びていましたから、銀色の停止ボタンを押そうとしまして、そしたら熱いこと、熱いこと。先にも後にもこんな熱い思いをしたのは初めてですわね。そりゃあ初めてあんなにあつくて痛い思いをしたものですから、私は赤くなった指先がやけどだなんて思えませんでしたの。
やっぱり今思うとパニックになっていたんでしょうねぇ、はずかしいわね。そんなもので、私は
慌てて近所のお医者のお宅に向かったのですよ。そしたらいうじゃありませんか、扇風機で火傷をする馬鹿がいるか、なんて、頭に来るわね、お医者の先生がまったく信じてくれなかったのよ。当時のわたしはやけどがこんなに痛いものだなんて思えなくて、先生にぐちぐちと、抗議しまして、少し涙目になっていたのかしらね、そしたら先生がおっしゃったの。「そんなにいうならその扇風機とやらを持ってきてみなさい」
わたしは誓ったわ、このお医者に同じ熱くて痛い思いをしてやろうと、なんてバチ当たりなんでしょうね。

うふふと笑うナツコさんの優しそうな笑みからは、涙目になるほど抗議する姿が想像もつかなかった。

わたしはすぐに家に戻って扇風機のある部屋に駆け込んだわ。そしたらね、扇風機がブンブンと音を立ててまだ回り続けていたの。そういえばあまりに熱かったものですから、コンセントを抜いて電源を落とすなんて気も回らずに家を出てきちゃったのね。おかげで扇風機はね、それはもう、今までにないくらい、とても熱く熱を帯びていた。
これは大変、とおもって、慌ててわたしはコンセントを抜いたわ。でもその時にわたしは思ったの。この熱いまま持っていけば先生もわかってくれるんじゃないかって、わたしはさっきまで火傷でいたい思いをしたのに馬鹿ね、今度は扇風機が熱くなってることが少し嬉しかったの。
わたしは大急ぎで棚の中から、このうちで一番大きな風呂敷をひらいてね、慎重に扇風機をつつんだの。熱くなったモーター近くのところは触らないようにね、あの時のわたしはとてもとても集中していたわ。おもくなった風呂敷を背負ってわたしは飛ぶみたいにお医者のお宅に向かったのよ、いそげいそげと、その時は周りのことなんてなーんにもみえてなかったのでしょうね、家をでて、少ししてから気付いたの。扇風機のモーターから風呂敷にね、火がついていたの。信じられるかしら?ほんとにね、麻の布って燃えやすいっていうじゃない、ほんとに黒く焦げて小さい火の手が上がっていたの。その時はわたしほんとにパニックになっちゃったわね、そのうちにどんどん火が大きくなって、扇風機のモーターの部分は火に包まれちゃったの。その時にね、近くにいたおじさんがね、ナツコ、なにをしてるんだ、どうしたその火は、って大きな声で、おどろくの。わたしが一番おどろいているのにね。おじさんが大きな声を出すから町の人たちがみんな顔だしてきて、すごいさわぎになっちゃったの、そのうちのひとりの奥さんが、その頃は珍しく黒電話を持っていてね、町で一番大きい電気屋さんにどうすればいいか電話をかけてくれたのよ、そしたらなんて言ったと思う?そんな事例は今までにない、っていうのよ?困ったものでしょう、もうみーんな困っちゃって、そのうちに火の手はどんどん大きくなっていったわ。でもやっぱり火だから、水をかけろって、電話越しに電気屋の声が聞こえたの、一番近くの水道から水を汲んできてばしゃっとかけてみても、全く火の手は緩まらない。もうどうしようもなくて、みんなでバケツを運んで次々と水をかけた。わたしも必死でバケツを運んだわ。そしたら急によ、扇風機だったものがバーーンとおおきな音を立てて、まぁなんて言ったらいいでしょうね、、爆発、かしらね。それはもう大きな音と眩しい光で、周りにあった木造の家たちと私たちはポーーーンと空に飛んでしまったの。
気がつくとね、みーんな宙に浮いていたのよ、私の体も、おじさんの体も、水を運んでいたみんなと、隣の家の猫のミケも、そしてそして、あのお医者のお家と、お医者の先生も。晴れたその夏のそらに、みーんな仲良く宙を舞ったの。
でも、不思議となんだか気持ちよくて、みんな笑顔になってたわ。

そういってナツコさんは満足そうにお茶を啜った。僕ははぁ、とため息をついて窓の外を眺めた。高く青い空に、眩しい太陽がギラギラと光る夏の日だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?