推し活って言い方やめてほしい第三話


・【24 シコティッシュフォールドの家】

 早朝、シコティッシュフォールドの家の前で張っていると、シコティッシュフォールドの顔をした女性がアパートの階段を降りて、車に乗り込んだ。
 本当にここに住んでいるみたいだ。顔もあの通りの顔だ。
 身長は150センチくらいで全然2メートルじゃないし、体もやせ細っていて、何ならちょっとやつれているように見えた。
 その時にふつふつと私には湧き上がる感情があった。
 こんな女子高生のことを推し活していないとやってられない生活ということか。
 私のような人間に絡んでいないとやってられない生活ということか。
 つくづく私は思うよ。
 音楽の初期衝動って復讐だって。



 土曜日の夜にシコティッシュフォールドが現れたので、明日行くことをしっかりと伝えた。家にいろ、と。
 シコティッシュフォールドはまだあわあわしていたけども、関係無い。私はシコティッシュフォールドの家へ行く。
 あんな安アパートなら、デカい声出せばすぐに周りの住民が気付くだろうし、安全は担保されているようなもんだ。
 さっさとシコティッシュフォールドは帰らせて、その日はすぐに寝た。
 楽しみだ、ワクワクする、ここからが反転速攻だ。
 シコティッシュフォールドのことをめちゃくちゃしてやる。
 次の日、早朝に両親へこの住所の友達の家へ行くと伝えて、家を出た。
 リュックにはノートパソコンやノートを入れて。
 シコティッシュフォールドの玄関の前につき、チャイムを鳴らすと、シコティッシュフォールドが顔を出した。
「本当に来たんですね……」
 そう普通の声、否、元気の無いような、か細い声でそう言ったシコティッシュフォールド。
 私は堂々と、
「じゃあ入るから」
 と言いながら、部屋を見た瞬間につい叫んでしまった。
「汚っ!」
「そんなことっ、ハッキリ言わないでくださいっ」
 シコティッシュフォールドの家はいわゆる汚部屋だった。ゴミが散乱していてもう、なんというか、
「まずはゴミ掃除でもするか!」
 そう私は腕をまくるとシコティッシュフォールドが、
「そんな! 貴方がそんなことしなくていいですから!」
「だってシコティッシュフォールドがしていないんじゃん。まず家が綺麗じゃないと元気出ないぞ」
 と言いながら私はリュックからまずこれを出すことにした。
「はい、弁当。簡易的だけどもまあこれ食え」
 それを見たシコティッシュフォールドは目を丸くしながら、
「これ……誰の手作りですか……?」
「私に決まってるだろ、野菜中心、ご飯と果物、まずこれを食べて寝床に寝てろ。掃除してやる」
「そんな……貴方は一体何を考えているんですか……」
「教えない、何も教えてくれなかったシコティッシュフォールドには教えない」
「ちょっと、何か怖いです……すみません、教えてください……」
 私は溜息をついてから、シコティッシュフォールドのほうを睨みながら、こう言った。
「私はオマエの住所を知っている」
「何の脅しですか……」
 その場にへたり込んだシコティッシュフォールドは無視して、リュックからゴミ袋を取り出した。
 これくらい想定の範囲内だ。というか絶対汚部屋だと思った。殺虫スプレーだって持ち込んでいる。こっちは準備万端なんだよ。
 創作活動している女子高生を舐めるな、全部全部分かるんだよ、これくらいのことは。
 悪臭とほどはいかないけども、なんとも言えない、食品が発酵したような匂いがする部屋。
 ペットボトルの中身などを見ると、飲みかけで放置しているわけではなさそうだ。
「もしかするとあれ? ゴミ捨てに行く気力が無いって感じ? 根っからのズボラというわけじゃなくて」
「ど、どうして?」
「飲みかけとか食べかけが無いから。つまり元々はできていたけども、できていたことができていないって感じ?」
「まあ飲みかけとか食べかけは汚い以前に、もったいないからねぇ……」
「じゃあ本当ゴミ捨てだけだ。でも日曜日だから袋に仕分けして詰めるだけでいいね」
 そう言いながら私はどんどん燃えるゴミを袋に詰めていく。
 そのテキパキとした仕事ぶりのせいなのか、シコティッシュフォールドは呆然とこっちを見ているだけだった。
 驚けばいい、驚けばいい、そして女子高生は人それぞれだって分かればいい。
 私は結構! ちゃんとできるほうだ!
 ゴミを大体仕分け終えたところで、今度は流し台の掃除をすることにした。
 基本的に最後に私が使うための手洗い用の石鹸しか持ってきていないけども、こういうモノでも全然流し台を洗うのに代用しても大丈夫。
 どちらにしても油を取る成分が入っていることには変わりない。
 流し台に手洗い用の液体石鹸をピュッと掛けたところで、
「さすがにそこは汚いから自分でやるよぅ!」
 とシコティッシュフォールドが言ってきたんだけども、
「まあ疲れてんでしょ、休みなよ。弁当食べてなよ、食べてないじゃん、ずっと見てるだけで」
「だって悪いです! 仕事してもらっているのに!」
「自分の家のこと無視して、シコティッシュフォールドとしてセクハラしに来るほうが悪いだろ。今は普通」
 ”うっ”といった感じに固まったシコティッシュフォールド。
 そりゃそうだ、絶対セクハラのほうが悪いから。
 シコティッシュフォールドは私の言う通り、弁当を食べ始めた。
 ただし寝床じゃなくて床に座ってテーブルで。もう床は私が綺麗にしたので。
 シコティッシュフォールドから何か息が漏れて、何だろうと思っていると、
「美味しい……久しぶりに生きてる食事してる……」
 と言っていて、そりゃ良かったなぁ、と思った。
 だって思念体なんてまるで幽霊のような存在じゃなくて、シコティッシュフォールドには偶像になってもらおうと思っているわけだから。
 私の復讐を舐めるなよ、女子高生を舐めるなよ、オマエの顔を見た瞬間に思ったよ、この方法だって。
 私はオマエをタダで許すわけじゃない、しっかり復讐してやるからな、私はオマエの言うところの配信者じゃない、アーティストなんだよ。
 アーティストといったら、そうだろ? 勿論”アレ”だろ?
 何かシコティッシュフォールドが脳内を探るエスパーも使えていたらアレなので、核心はあえて思わない。
 シコティッシュフォールドを苦悩の渦の中に置き去りにしてやるからな、ここまでは言ってあげる。
「人のぬくもりなんて……人のぬくもりなんて……」
 まあそんなことをブツブツ言ってるヤツに脳内を探るエスパーなんて無さそうだけども。
 コイツはすぐに顔や声や態度に出るヤツだから、私の考えていることが分かったら、目を皿のようにするだろう。
 流し台の掃除も終わり、最後に一応自分の手も改めて洗った。もう同じあわあわでしなくても良さそうだけども。
 ふやけた手のシワを伸ばすようにタオルハンカチで手を拭きながら、私は床に座っているシコティッシュフォールドに近付く。
「食べ終えた?」
「ひあ、美味しかったです……」
 と変な返事をしたシコティッシュフォールド。
 まあそれは別にどうでも良くて。
 私は立った状態で、まるでシコティッシュフォールドを見下すように、
「何でこんなことなってんの? 自分の人生を勝手に棒に振って、勝手にこっちに夢を乗せるなよ、夢はそっちで勝手に掴めよ」
「だって……推し活しか楽しいことが無くて……」
「もっと他に無いの?」
「推しが有名になったら私の手柄にもなって自己肯定感も上がるし……」
「だからぁ、私が有名になったとしてファンの力じゃなくて、私の力だから」
「でも……貴方がもし覇権コンテンツになったら、その古参として鼻が高いし……」
「推し活とか言ってるヤツの思考過ぎるな、全然オマエの価値が上がるわけじゃないから。推し活で勘違いし過ぎ」
「いやでも……」
「口答えすんな」
 と私が睨みを利かせると、シコティッシュフォールドは口を噤んで俯いた。
 よしよし、いいぞ、いいぞ、コイツはくみしやすい相手だ。言えばこっちの思い通りになるだろう。
 なんせ私への罪悪感を持っている。これは絶対上からいける。やせ細っているし、いざ襲ってきても勝てそうだ。
 それに、上手くいけば……ね、そう思ってから私は、
「というか推し活談義したいわけじゃないんだよ、本当に察しが悪いな」
 と強い言葉を使ってまずシコティッシュフォールドをコントロールする。
 案の定、シコティッシュフォールドは申し訳無さそうに、こうべを垂れた。
 多分会社でもいつもそうなっているんだろう、だから強く言われると反射でこうなるというわけだ。
 現実ではやり返すこともできず、女子高生のアーティストを見つけて、ソイツなら格下と思って強く出ていたというわけか。
 それに女子高生は物乞いをするものだという偏見により、より強固になっていたというか。
 でもそれが解けて、私からは完全に弁当と掃除という恩も受けて、逆らえないような状況になっている。
 じゃあここからが私の復讐だ。
「シコティッシュフォールドって要領悪いだろ、だから会社でもお荷物なんだろ」
「そんな……こと……でも……はい……」
 そう先細りの声で言ったシコティッシュフォールド。
「じゃあブラック企業?」
 と私が聞くと、シコティッシュフォールドは首をブンブン横に振ってから、
「いや私の要領が悪いだけで……そんなにブラックなわけじゃないです……」
「まあ大変なことは大変なわけだな」
「はい……そうです……」
「じゃあさ」
 ここだ、私の復讐はここから始まる。
「私が推し活してやるよ、シコティッシュフォールドを」
「えっ?」
 と生返事をかましたシコティッシュフォールド。
 私は淡々と続ける。
「まずはシコティッシュフォールドの曲を作ってやるよ、シコティッシュフォールドとしての曲じゃなくて生身のオマエを応援する曲な」
「私の曲……」
 そうオウム返ししたシコティッシュフォールド。
 まあここからは怒涛の言葉でなし崩し的にやってやればいい。
「じゃあ早速、ノートパソコンも持ってきてるからさ、曲作りというか歌詞作りからするから」
「えっ、ちょっと待って、そんな、別に、悪いですよぉ……」
「何も悪くない、私はシコティッシュフォールドを推し活したいだけだから。だから弁当も作ってきたんだよ、掃除もしたしさぁ」
「……推し活って言葉、嫌いじゃないんですか?」
「いやいや、シコティッシュフォールドは推し活って言葉好きだろ? その人が、対象が好きな言葉を使えばいいじゃん。なんせ私はこれからシコティッシュフォールドの推し活をするんだからさ」
「えっと、じゃあ……はい……」
「このコンセント使うね」
 私はノートパソコンをテーブルに置いて、私も座って、どんどん話を進めていく。
 多分断らない、否、断れない。
 このまま私のペースに呑まれて訳も分からず、私の質問に答えるだけだろう、コイツは。
 きっと思考停止はしている。もう既にしているはずだ。それでいい。それでこそ扱いやすい人間だ。
 シコティッシュフォールドというキャラを入れて喋ると、言葉が単調になってしまう程度の人間だ。
 こんなことが起きたらきっと何もできなくなるはず。ただ受け答えをし、その受け答えも全て本音になってしまう、ザコ人間だろう。
 まずは歌詞から作りたいので、
「じゃああれ? 確認だけども会社がブラックというか自分の要領が悪いってことね」
「まあ、そうです……」
「何か会社で使い物にならないとか言われてる?」
 直接的な質問だけども、シコティッシュフォールドにはこれでいい。
 強く出て、いかにこっちが上と最初に認識させることが大切だから。
 シコティッシュフォールドは少し言いづらそうに、
「……はい……私はポンコツみたいで、そう言われることもあります」
「だよな、シコティッシュフォールドってポンコツそうだもんな。ハハッ」
 と笑うことにした私。ちょっと性悪過ぎるかな、でもこれくらいしないとな。ずっと苦しめられてきたわけではあるし。
 シコティッシュフォールドはまた申し訳無さそうに俯いた。
 そうそう、これだよな、言い返さないというか言い返せない、そういう人間だよな。
 だからシコティッシュフォールドの時は連呼するしかできなかったんだよな。
 連呼して、単調に圧だけで攻める、単調だからこそ怖いという方法を使う、それしかできなかったんだよな。
 こうやって面と向かってこう言われたら、何もできなくなるよな、オマエは。
「もう自信喪失って感じ? まあ元々たいした自信も無かっただろうに」
 と私が言ったところで、シコティッシュフォールドは瞳に涙を浮かべだして、
「そうです……もう何にもないんです……私……誰かが、いや貴方が幸福になることが、一番の私の幸福なんです……」
 さて、ここは飴のターンだな。
「いいや、アーティストはファンの幸せを望む。やっぱりシコティッシュフォールドが幸せになることが一番の幸せなんだよ。ここからは私に任せてほしい。私がシコティッシュフォールドを推し活すれば絶対にシコティッシュフォールドを幸せにできる」
 まあ絶対じゃないけども、それでもやるべきことはやるし。
 でも上手くやってみせる。最低でもシコティッシュフォールドに良い思い出を作る。そう、これはそういう復讐だ。
「私の幸せ……」
 そう復唱したシコティッシュフォールドの頭をポンポンしながら、私は言う。
「大丈夫、シコティッシュフォールドはシコティッシュフォールドの幸せに向けばいいんだよ」
 多分コイツはこういうポンポンとか好きだろ、私は大嫌いだけども。
 そもそもスキンシップが好きなはず。だからこその”べろべろしたい”発言だと思う。
 案の定、シコティッシュフォールドはうっとりとした表情でこちらを見てきた。
 さてと、これで完全に私のペットだな、ペットは私じゃない、オマエだよ、シコティッシュフォールド。
 作詞はどんどん進んでいき、それに合わせて作曲も簡単に進んだ。
 何故なら作曲は元々できていたから。言葉に合わせてちょっとイジるくらい。
 勝負はここからだ。
「じゃあ今回の曲は、私が顔出しのMVにして、歌もボカロじゃなくて私が歌うから」
「えぇぇえええええ!」
 と言いながら顔を紅潮させて喜んでいるシコティッシュフォールド。
 私は冷静に、
「そりゃシコティッシュフォールドへの推し活なんだから、シコティッシュフォールドが見たいことを一番にやるよ」
「そんなことしてくれるんですか!」
「シコティッシュフォールドだからこその特別だよ」
「すごい! 嬉しいです!」
「でも条件がある」
「なんですか! 私のできることなら何でもします!」
 きたきた、ここからが重要だ。
「シコティッシュフォールドとして、ではなく、現実のOLとしてのSNSアカウントってある? 愚痴をこぼしているだけみたいな」
「それはありますけども」
「完成した曲をアップロードしたら、その曲を一回だけそのSNSアカウントで宣伝して、その後は普通に愚痴をこぼすだけの投稿だけしてほしい。過剰な宣伝は絶対するなよ。あとそのアカウントを完成した曲の概要欄に紐付けするから」
「それだけ、ですか……?」
「まあ展開次第ではまた指示を出すけども、そうしてくれればそれでいいから」
「分かりました。それくらいなら別にいつもと同じなのでできます」
 うん、ちゃんと深く考えていない。
 シコティッシュフォールドはちゃんと深く考えることができていない。
 これなら大丈夫だ。
 あとそうそう、
「そのアカウントって自撮り出してる?」
「顔は出していないですけども、出したほうがいいですか?」
「いいや出さなくてもいいけど、ネイルだけはじゃあ宣伝の前に出してもらおうかな」
「あっ、ネイルならもう出したことありますよ、確か」
「じゃあ宣伝の前にも、見やすいところにネイルの写真だけ載っけてほしい」
「それはできます。言われた通りします、けども、本当に顔出しMVしてくれるんですか?」
 そうおずおずと聞いてきたシコティッシュフォールド。
 私はサムズアップしながら、
「勿論!」
 と答えると、シコティッシュフォールドは顔がパァッと明るくなった。
 さてと、
「じゃあここで動画と録音するから、録音の時は黙っててね」
「あっ、このアパート壁薄いからあんま大きな声は……」
「一発撮りするから大丈夫」
「でも大きな声……」
「一発撮りするから大丈夫!」
 そう声のデカさだけで押し通して、まずは録音からすることにした。
 さて、抑えるところは抑えて、サビだけデカい声でいくかな。
 そっちのほうが曲のイメージに合ってるし。

”檳榔子黒(びんろうじくろ)”
別に会社が黒いわけじゃない
私の要領が悪いだけ

でも悪いことは黒で
割り切る隙間も無い

気品なんて滅されて
遺品だってそう刺され
自信なんて滅されて
過信だってバカにされ

もう信じる心は喪失し
自他共に怪物だ

なんて
だって
檳榔子黒は死の黒じゃない

紋付き袴で闊歩するべきだ
苦悩が不能になる前に
受動で不能になる前に
都合で不能になる前に

私は私だ
この檳榔子黒は粋なんだ
生きているんだ 邪魔者は死ねよ、カス

 無事録音も終了し、今度は顔出しMV作りに勤しむことにした。
「じゃあ次は録画ね、画角はこんなもんでいいかな」
 するとシコティッシュフォールドが言いづらそうに、
「あの、この家でいいの……? 自分の家じゃなくていいの……?」
「シコティッシュフォールドの家でいいでしょ、家に帰るのも面倒だし」
 実際の理由はそうじゃないけども、適当そうに答えた。
「じゃあはい、いいですけども」
 とシコティッシュフォールドも身を引いたので、さっさとこの部屋でMVを撮った。
 ちょっと薄暗くて、まるでがらんどうのようなこの部屋で。
 この部屋ということは私にとっては大切だから。
 全部の工程が終了し、
「じゃあ私は家に帰るから。あとLINE交換、逐一指示出すからその通りしてね。これ条件の一部」
「はい! 分かりましたっ」
 とLINEを交換すること自体を喜んでいるようだった。
 私はシコティッシュフォールドの家を後にして、自分の家へ戻っていった。
 部屋に戻ったところで、シコティッシュフォールドにすぐLINEを送る。
 まずは何気ないLINE。
 普通に来るということを印象付ける。
 一応そのSNSアカウントも聞きだしてから『思念体になってこっちへ来てほしい』という文面を送る。
 勿論シコティッシュフォールドがいなくてもアップロードはできるけども、アップロードしている瞬間もあえて見せてあげる。
《来ました!》
 何だか上機嫌なシコティッシュフォールド、まあそれは当たり前か。
 でも、でもだ、顔はイヌ顔イケメンで、胴体はさっきまでの自分の姿て。
 オマエ自身にちょっと胸がある分、巨乳のイヌ顔イケメンみたいになっている。いや不思議と合ってるけども。イケメンって巨乳でも合うんだ。
 あっ、そうだ、
「そう言えば、シコティッシュフォールドの本名って何?」
《ほ、本名ですか?》
「だってこれからシコティッシュフォールドとしての活動はさせないわけだから、普通のOLとしてのSNSアカウントをメインでやってもらうわけだから」
「そっちがメインなんですね、分かりました」
「過剰な宣伝とか絶対にするなよ。というか本名教えろよ。オマエって本当自分の言いたいことだけ言ってこっちの話を聞かないな」
 まずは圧強めで出る。
 シコティッシュフォールドが弱まったら飴を出す。この繰り返しだ。
 イヌ顔イケメンのシコティッシュフォールドは申し訳無さそうな顔をしてから、
「すみません、えっと、あの、及川菜々緒(おいかわななお)といいます」
「じゃあ菜々緒さんな、菜々緒さん、これから曲をアップロードするから。アップロードするところ見たらまた戻って一回だけ宣伝してほしい。一回宣伝することは自然だから」
「分かりました。アップロード本当にするんですねっ」
 何だか嬉しそうにそう言ったシコティッシュフォールド改め菜々緒さん。
 私は頷いてから、
「じゃあアップロードするから」
 動画を書き出し終えたところで、改めて動画をネット上で確認する。
 二人で動画を見て、菜々緒さんは感激しているような表情で、
「すごいです……私を推してくださった曲……」
「じゃあ戻って宣伝して。あとネイルの写真を投稿した?」
「あっ! まだです!」
「それしてから宣伝して。前のネイルとかでもいいから」
「分かりました! すぐにしときます!」
 そう言ったところで菜々緒さんは消えて、私はLINEで教えてもらった菜々緒さんのSNSアカウントをチェックする。
 五分後くらいにまずネイルが掲載された。ちょっと遅い。やっぱり要領悪いんだ。
 でもその直後にすぐに宣伝をした。これでいい。
 私も自分のSNSを使って、曲の宣伝をし始めた。
 その結果、私のその曲は中バズりした。
 私の中では一番の大バズりだけども。
 今日まで若干アンチと化していた昔のファンたち(磯村ソ含む)も、こぞって宣伝してくれた。
 やっぱりコイツらも基本顔ファンなんかい、とは思ったけども、まあ別にいいか。もう私はそのレベルじゃないし。


・【25 及川菜々緒(シコティッシュフォールド)のこれから】

 私はLINEで指示を送った。
 及川菜々緒としてのSNSアカウントのDMを解放しておいてほしい、と。
 元々DMは解放していたらしく、その指示は空砲で終わったけども。
 何かSNSアカウントに変化があったら逐一報告するようにと言っておき、私は時間が経過することを待った。
 すると及川菜々緒から連絡があり、
『何だか変なDMがたくさん来るようになりました……』
 と書いてあって、その変なDMの内容を詳しく聞き出すと、
『そんな、貴方に書けるような内容じゃないです……』
 と送ってきたのだが、そんなこと気にせず転送してほしいと送ると、及川菜々緒から続々とDMの内容が送られてきた。
『貴方のファンになりました! 一緒に食事はどうでしょうか!』
『綺麗な手ですね、手コキ一回一万円でどうですか?』
『そんなにつらいなら愛人になりませんか? 一ヶ月五万円でお願いします』
 ネイル効果だ。
 事前にネイルの投稿をさせたことにより、この元ネタのアカウントが女性だと分かり、どんどんセクハラDMが送られてきているみたいだ。
 予想通りでかなり良い感じだ。でも勝負はここからだ。
『菜々緒さん、ほしいものリストを公開しましょう。DM送ってくれてる人たちは全員貴方のファンだから無下にはしないでください』
『私のファンなんですか……でもちょっと気持ち悪いし……』
『ただ気持ち悪いだけで終わったら損ですよ、ほしいものリストからどんどん貢いでもらいましょう』
『まさか私にファンができるなんて……』
 文字だけでは菜々緒さんの表情は分からない。最後の”まさか私にファン”のところは肯定的か否定的か分かりづらい。
 勿論シコティッシュフォールドとして呼び寄せる方法もあるけども、今は別にこれでいい。
 菜々緒さんは私に言われた通り、ほしいものリストを公開したところ、すぐさま菜々緒さんからLINEが届いた。
『ほしいものリストから送ってくれる人いるみたいです。さっきそういうDMをもらいました。でも顔を出してほしいって言われてしまって、どうしましょうか?』
 どうしましょうか、ということは、やはり菜々緒さんは決して嫌ではないみたいだ。
 この推し活脳の人は、ある意味推されることに快感を抱く人だと思っていた。
 人を推すことによって、自分も推されたい(本人から認知されてファンサービスされたい)という思考回路だろうから、つまりはそのまま推される存在になった時、推されることが嬉しいはず、と。
 結局推し活の人は自分も推されたいんだと思う。相互の関係でありたいんだと思う。少なくてもこの菜々緒さんはそうだった。
 さて、次の手を送るか。
『次の休みの日、雑談配信しましょう』
『えっ! 貴方が雑談配信してくれるんですか!』
『違います。菜々緒さんが雑談配信するんです。機材とかは私が用意するんで、貴方の家で雑談配信しましょう。私も宣伝しますよ』
『私が雑談配信ですか!』
『勿論です。ファンがついたのなら雑談配信をするべきなんでしょう? それとも貴方は私のように曲を用意できますか?』
『そんな才能はありません……』
『じゃあ雑談配信してファンの気持ちをがっちり掴みましょう。そうすればほしいものもいっぱい届きますよ』
 ちょっとした間、その次の文面はこうだった。
『分かりました。言われた通り私は雑談配信をします!』
 よっしゃ! 良い感じだ!
 菜々緒さんとはそのあと、ちょっとした打ち合わせをLINEでして、次の日曜日に雑談配信を決行することにした。
 勿論顔出しアリで、事前に今から宣伝開始だ。
 あとそうだな、
『菜々緒さん、今から動画チャンネルをこっちで作ってURL送りますんで、宣伝に白マスクした自撮りを載せてください』
『ちょっとだけ顔を見せるわけですね……でも何か、変なDMが増えそう……』
『それ、貴方が私にしていたことですよ? それが今更なんなんですか? 貴方にそれを拒否する権利はありません』
 とここはちょっと強めに返信すると、菜々緒さんが、
『そうだったかもしれません……というか私以外からもそういう変なDMって届いていたんですか?』
 さて、ここからはもう運命共同体だ。
 あんまり他人のDMを晒すことは嫌なのだが、ここまできたらコイツの信頼がしっかりほしい。
 心を鬼にして、今までもらったセクハラDMのスクショを菜々緒さんに送ると、
『えっ……嘘……タイガーむすぶさんとか、潮干狩りバラサさんとかもセクハラDM送っていたんですね、あんな平然を装っていたのに……』
『まあある意味、菜々緒さんというか、シコティッシュフォールドだけじゃなかったんですよ。こういうのって。あと磯村ソさんはこんな感じです』
『……! 勝手にアマギフコードを送る……! これはこれで迷惑だったんじゃないんですか! 貴方はこういうの受け取らない派でしたから!』
『迷惑ですよ、何か常識人ぶってこういうことしてきていたんですよ。全員全員オフパコしようと必死だったんですよ』
『そうだったんですね……』
『だから配信者にとってセクハラDMは普通です。そんなのに負けないで雑談配信やり切りましょう!』
『分かりました!』
 どうやら改めて従順になったみたいだ。
 同時に私としてもせいせいとしている部分もあって。
 こういう連中がいたことを誰かに言いふらすということもストレス解消になるんだな、と思った。
 まあその化け物になる気は無いので、菜々緒さんまででとどめておく予定だけども。
 時は経過し、ついに雑談生配信の日になった。
 私はまた機材をリュックに詰めて、菜々緒さんの家へ着いた。
 菜々緒さんの宣伝投稿は良い感じに拡散され、リプも、
『美人ですね! マスク越しから分かります!』
『期待の新人だ……!』
『雑談配信絶対いきます!』
 とちゃんと群がっている。
 私の引用リツイートのほうもちゃんと拡散されていたり、
『もしかすると色彩蝶々さんも出ますかっ?』
 というリプには、あえて”いいね”を付けた。
 多分菜々緒さんは気付いていないけども、これは私の伏線だ。
 さぁ、これが私の、創作者としての復讐だ。
 全てをひっくり返してやる。
「色彩蝶々さん、今日はよろしくお願いします」
 菜々緒さん、初めて私のアーティスト名を今言ったなとか思いながら、
「菜々緒さん、では準備をしましょう。画角は勿論、私のMVを撮った画角でいきましょう」
「やっぱりそうなんですね……というかそこまで考えていたんですか? 私が同じ画角で雑談配信するところまでっ」
「こういうのは即興ですよ、アドリブというかね」
 嘘だ、ずっとずっと考えていた。
 こうなるように仕向けていた。
 でも菜々緒さんはアドリブでそんな、みたいな感嘆の表情をしていて、思いのほか簡単だ。
 カメラをセットして、菜々緒さんにまず伝えたいことを言う。
「画面の向こう側に私がいることは秘密にしてください。あと最初は白マスクを付けた状態でスタートして、動画へのいいねが増えたところで外しましょう」
「すごい……そんな白マスク作戦まで……」
 と何だか私に心酔しているようだった。
 こうなってしまえば、もう私の傀儡だ。
 どうやら既にほしいものリストのものが何個か届いているらしく、良い気持ちにはなっているらしい。
 そうだ、そうなんだ、オマエをこのまま配信者沼に落とすんだよ。
 菜々緒さん、貴方は美人だった。
 美人には美人の稼ぎ方があるんだよ。
 要領の悪いOLのまま終わるのは嫌だろう。
 承認欲求が強いんだろう?
 ならそれを活用しろよ。
 さぁ、舞台は幕が上がる。
「はい、菜々緒です。よろしくお願いします」
 最初は硬いスタートだったが、徐々に話は弾んでいく。
 何故ならOLとしての愚痴が山ほどあるからだ。
「未だにお茶汲みを女性にやらせて、だからって仕事は一人前やらせて、本当おかしくないですか?」
 どうやらしっかり女性のファンもいるようで、ちゃんとコメント欄も盛り上がっている。
「女性に汲まれたほうが嬉しいって、それこそセクハラじゃないですか。生きてるだけでセクハラしてきますよね、上司というものは。せめてじゃあ仕事量を減らせよ、って思いますよね」
 私はカメラの向こう側で紙に文字を書いて指示を送る。
「あっ、そうですねぇ、いいねが増えたらマスク外そうかなぁ、なんて思っていますっ」
 たまにこれを言わせないと、いいねが増えないからな。
 いいねが増えればユーチューブのアルゴリズム的に、人の目に触れる可能性が増えていく。
 おっ、かなり良い感じだ。
 ならば、
「じゃあ、そうですねぇ、そろそろマスクを外しちゃいましょうかっ」
 盛り上げるコメント欄。
 さぁ、顔ファンよ、卒倒しろ! ちゃんと美人だぞ!
「じゃーん、どうですかね、ちゃんと映ってますかね?」
 一気に熱気を帯びるコメント欄。
 いいねも倍増していったところで、
「これからいっぱい配信していきたいので、チャンネル登録とかしてくれると嬉しいですっ」
 と上目遣いで言わせれば、あざとくたって人気はどんどん出るもので。
 同時試聴数のメーターは止まらなくなってきたところで、私は仕掛ける。
「いやあんまあざといことしてると、女性のファン減っちゃうよ」
 と言いながら私は菜々緒さんの雑談配信に乱入した。
 菜々緒さんは目を皿にして、口をパクパクさせている。
 私はカメラ目線で少し気だるげに喋る。
「はい、色彩蝶々です。ずっと一緒にいましたー。まあ偶然出会ったOLなんですけども、いっぱい苦労しているみたいなんで、みんな応援してあげてくださぁい。できればOLやらずに配信者やっていけるといいなぁ、と私は思ってるんですよー。だってマジで大変そー。みんなも配信者としての菜々緒さん、いっぱい見たいよねー」
 コメント欄が洪水に。
『やっぱり色彩蝶々さんもいたんだ!』
 という書き込みで埋め尽くされる。
 私は何かに気付いたようなフリをしてから、
「あっ、これ菜々緒さんの生配信なんで脇役は帰りますねー、まあずっと今日は見守っているんで、よろしくお願いしまーす」
 私はまた画面外に出ていったところで、やっと菜々緒さんが喋り出した。
「ま、まあこういう感じでやっていました……」
 同時試聴はまた格段と増えた。
 さて私の出番はまあ終盤にもう一回またゲリラ的にかな?
 私のファンも見始めたみたいだから、最後に私もサービスしてやるかな。
 ちゃんと面白いことが起きるチャンネルということを植え付けないと意味無いし。
 結局この配信は大成功で終わった。
 さぁ、ここからだ、しっかりやってくれよな、愚鈍ども。


・【26 DMの嵐】

 菜々緒さんからLINEが届いた。
 勿論、スクショ付きだ。
 こっちが一度、菜々緒さんへスクショでDMを晒すような感じで連絡をとったら、菜々緒さんも普通にそれをするようになった。
『セクハラDMがすごいです……』
 内容はこんな感じ。
『愛人契約のお知らせです。月六万円でどうでしょうか?』
『エッチしたいです!食事は割り勘で潔く!ホテル代は出しますよ!それ以外もいっぱいダしますけどね!』
『彼氏が羨ましいです.夜だけじゃなくて朝からシてそうですね.』
 最後、シコティッシュフォールドじゃん、と思いつつ、私はあえてこう突き放すような書き方をする。
『今まで菜々緒さんがしてきたことと一緒ですね、いいや菜々緒さんのほうが気持ち悪かったです。なんせ思念体になってこっちへ来て耳元でそう言っていたのだから』
 すると菜々緒さんから即座に返信が届く。
『その節は本当に申し訳無かったです……こういうDM、どうすればいいんですか……?』
『それを糧にして雑談配信してください。雑談配信しか脳が無いんですから』
『イジったら逆上したりしませんか、ね……』
『それもお金に変えるように頑張ってください。貢がせてナンボじゃないですか? 脳ナシ配信者は。それとも何か創作して作品を見せますか?』
『そんなことはできませんけども、脳ナシだなんて……さすがに言い方がキツイです……』
『女子高生に、年下にセクハラしていた人間がその程度の悪口でへこたれないでください。菜々緒さんはまだ私に許されていないんですよ?』
 とここはハッキリと書いておく。
 この菜々緒さん本体は、許していないと強い言葉を使えば必ず弱る性質を持っている。
『それは本当に申し訳御座いませんでした……』
 と案の定返信がきて、よしよし、良い感じだ。
 そもそもネット上でしか生きてられない愚鈍たちも、ちゃんとカスDM送っているし、想定通りだ。
 まずは菜々緒さんに、セクハラDMで辟易とさせたいんだ。
 ちゃんと気持ち悪いということを認識させたいんだ。
 あとはそうだな、
『じゃあ次の雑談配信ではセクハラDMの話をして女性の気持ちを代弁しろ』
『次の雑談配信も貴方がいてくれるんですか?』
『機材だけ貸すから勝手にやって。というか私が管理している菜々緒さんのユーチューブチャンネル、もう収益化できるとこまできたので、今度中古の機材を買って渡しますから』
『このままずっと管理してくれるんですか?』
『いやいずれ譲渡しますよ、でも最初はこっちがペース握るんで。暇になって思念体でこっちに来られても困るし』
『そういうことだったんですか……』
 と残念そうな文字面は無視して、ここらでLINE上での会話をやめた。
 さて、次の休日にまた雑談配信させようっと。
 また後日連絡などをして、菜々緒さんの二回目の雑談配信になった。
 私は閲覧しながら、LINEで指示を送っていく。
『セクハラDMの内容は読み上げること。面倒クサがらず全部読むこと。愚痴は強めに。ちょっと過激でもいい。女性の気持ちを増幅して代弁して』
 そんな感じの指示を送っていた。
 二回目の雑談配信も大盛況で終わったところで、また菜々緒さんから愚痴のLINEが届いた。
『何かセクハラDMが無くなると思ったら、より過激になっています……どうしましょうか……』
 本当に困っているっぽいので、ついニヤニヤしてしまう。
 というか当たり前だろ、どんどんセクハラ度が過激になるに決まってるだろ。そういうところに気付かないのも菜々緒さんらしいな。
 セクハラDMの読み上げなんて行なったら、当然もっと過激な言葉を言わせようと、もっと酷いDMが届くに決まっている。
 でも命令されてやっているという、思考停止しやすい状況をこっちが作り上げているので、そのことに気付かず、こうなってしまっているのだ(菜々緒さんの中で)。
 さてと、
『DMのスクショはもうしてこなくていいから、そっちで処理して。というかまた雑談配信に使えばいい』
『このままじゃどんどん過激になっていくような……気持ち悪いです……』
『でもオマエがやっていたことってそういうことだから』
『本当に申し訳御座いませんでした……もう許してくれませんか……男性からこんな目で見られるなんて怖いです……』
『いいや、オマエは女性なわけだから、女性のオマエは私にそういうDMをしていたわけだから、女性からも見られていると思うよ。勝手に男性だけを加害者にするな。オマエはこの世の人間全員からいやらしい目で見られているんだよ』
 正直ブーメランでもあるけども、私はそのことに既に気付いてしまっているので、ここは菜々緒さんの脳内にもその事実を植え付けて苦しませる。
 思った通り、菜々緒さんは、
『そんなぁ……でもそうかもしれませんね……ネット上に顔を出すってそういうことなのかもしれませんね……』
 さて、このまま雑談配信するのやめると言われると復讐が完了しないので、ここで飴を渡す。
『ただ今までの雑談配信により、良くも悪くもファンがついてきたよな? チャンネル登録者数も一万人を越えたし。ここで無能を卒業しないか? 雑談配信によるセクハラ・スパイラルから卒業したくないか?』
『それはしたいです! 今すぐ卒業したいです!』
『そもそも菜々緒さんが自分から言っていたじゃないか、ASMR配信をしろ。顔出しのASMR配信。今まではセクハラDMを読み上げる雑談配信だからセクハラDMの話ばっかりだったけども、ASMR配信に内容を変えてしまえば、主題がそっちに変わるから、セクハラDMも減ると思うよ』
 すると菜々緒さんはハイテンションなスタンプを押してから、
『それやります! でも機材……』
『これ前借りな、私が良いヤツ用意してあげるから、しっかりやるんだよ』
 あえてここは貸しを作っておく。
 ちゃんと主従関係があり、そうしておくことにより、メリットもあると思わせれば良い。
 菜々緒さんは嬉しそうなスタンプをまた押して、
『ありがとうございます! 頑張ります!』
 と言ってきたので、早速私は良さそうな機材を買ってあげることにした。
 そんな感じで一週間に二回くらいは菜々緒さんの家へ行き(場合によっては朝、私が高校へ行く前に)、手厚くフォローしていった。
 三回目の生配信は満を持して、ASMR配信をやった。
 概ね好評で、耳かき雑談といった形式をとって行なっていった。
 その後のDMはセクハラよりも『耳かきを本当にしてほしい!』みたいな傾向に変わって、菜々緒さん的にも安心してきているみたいだ。
 さぁ、ここでもう一丁、ちゃんとした復讐をするか、ということで、私は菜々緒さんではなくて、家に思念体のシコティッシュフォールドを呼び出した。
 いつも通りOLの服装に顔だけイヌ顔イケメンでやってきたシコティッシュフォールド。
 そんなシコティッシュフォールドにネチネチと言うことにした。
「ASMR配信さぁ、もうちょっと過激な言葉使ったほうがいいと思うよ」
《過激な言葉ですかぁっ?》
 私にそう言われるとは思っていなかったようで、目を丸くして驚いている。
 私は続ける。
「アンタ、べろべろしたぁいが得意じゃん、耳をべろべろしたぁいとかキモイ声で言えばいいじゃん」
《そんな……それはもうちょっと……本当に申し訳御座いませんでした……》
「いやそういう謝罪聞きたいわけじゃなくて、本当にそうしろよ、もっと煽情的にしたほうが人気出るよ」
《でもまたセクハラDMがいっぱい届いちゃうかも……》
「オマエがしていたことなんだからいいだろ」
《いや、でも……そういうASMRすると女性人気無くなっちゃうんじゃないんですか……》
 シコティッシュフォールドはイヤそうな顔をしている。
 いいぞ、いいぞ、イヌ顔イケメンの表情だから、ちょっと復讐しきれている感じがしないが、まあいいだろう。
「いやだから女性もオマエのことエロい目で見てるから、男性だけじゃないから。それはオマエが立証してるじゃん」
《そんな……》
 まあこんなもんでいいかな、私もこのままだと単調に攻める感じになってしまうから。
「というわけでさ、嫌だろ? ASMRに関しては自分が先輩だって思っただろ?」
《それは、あの、少し……はい……》
 と言いづらそうだけども、確かに頷いた。
 私は続ける。
「自分の専門分野じゃないことに口出されることって腹立つんだよ。でもオマエはずっとそれを私にやってきたんだよ、意味分かってるよな?」
 ビクンと体を波打たたせたシコティッシュフォールドは俯きがちに、
《確かにそうだったんですね……申し訳御座いませんでした……クソバイスしてしまって……》
「自分でクソバイスと分かっていたのなら良かったよ、もう自分の専門外のサポートすんなよ、サポーターって腹立つ言い方すんなよ。オマエはファンでしかないんだから」
《分かりました……肝に銘じます……》
 まあ復讐はこんなもんでいいか。
「そう言えば収益化もそこそこできてきたし、スパチャも飛んでるじゃん、OL辞めてもいいんじゃないの?」
 するとシコティッシュフォールドはおどおどしながら、
《辞めれますかね?》
 と言いつつも、ちょっと嬉しそうな顔をした。
 私は改めてチャンネルの画面を見せながら、
「このペースなら辞めてもいいんじゃない? ほしいものリストも届いてるんでしょ?」
《でも年とっても大丈夫かな……》
「それはさすがに知らんがなだけども、若い人には若い人の良さもあるし、年とったら年とったらの良さもあるし、そこは自分の工夫次第じゃない?」
《そうですよねぇ……》
 やっぱりシコティッシュフォールド、というか菜々緒さんはOLを辞めたがっている。
 当たり前だ、自分自身が要領悪い上にコキ使われて、さらには仕事量もあんまり他の男性と変わらないんだから。
「まあちゃんと貯金しつつ、じゃない?」
《……私、OL辞めます!》
 そう決心した瞳で言い切ったシコティッシュフォールド、というか菜々緒さん。
「いいんじゃないの? 応援してるよ、何かあったらウィン・ウィンの関係で、助け合おうよ」
 とここは甘いことを言っておく。
 でも実際私と客層の違う一万人を持っている菜々緒さんは仲間として使えるし、扱えるヤツだ。
《ウィン・ウィンの関係……》
 そう噛みしめるように反芻したので、これはイケそうだ。
「だって菜々緒さん、雑談配信とASMRでこんなファンが増えるなんてすごいよ!」
 ここはあえて裏表が無いように褒めておく……いや、本当に裏表無いし。素直にすごいとは思うよ。セクハラDMそんな喰らってるのに頑張れるところも。
 でもやっぱり元々セクハラDMをしていた人間だからこそ、ちょっと耐性があるのかもしれないな。
《OL辞めて、自由に生きますっ》
 そうガッツポーズをしたシコティッシュフォールド。
 そんなところで帰ってもらおうかなと思ったその時だった。
 勝手にシコティッシュフォールドは消えていった。いやまあちょうどのタイミングだったけども。
 こういうちょうどのタイミングとか体感で分かるほうの人間じゃないと思っていたけども、雑談配信をすることにより、勘が良くなったのかなと思っていると、すぐさまシコティッシュフォールドというか菜々緒さんからLINEが届いたので、何だろうと思っていると、
『私、思念体を保てなくなりました! 今も貴方のところへ行こうとしているんですが、もうできません! どういうことでしょうか!』
 私は思っていることをそのまま送った。
『菜々緒さんは私の人生に依存しなくても良くなったから、じゃないですか? その思念体でこっちへ来る原動力って私から生きる活力を欲していたからだと思うんですけども、菜々緒さんはもうそんなものが無くても生きていけるようになったので、思念体になる必要性が無くなって、そうなったんじゃないんですか。つまりそれは成長です』
 そこから結構間があってから、菜々緒さんのLINEが届いた。
『そうなのかもしれませんね、ありがとうございます。全て貴方のおかげです。貴方と出会えて本当に良かった』
 よしっ、このタイミングは飴だな。
『私も何だかんだで菜々緒さんと出会えて良かったと思いますよ、推してくださってありがとうございます』
 って言われたら、もう私に虜だろ?
 そのフォロワー数は利用させてもらう。
 菜々緒さんからはハシャイだスタンプと、
『ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!』
 という返信がきた。
 これでいい。
 私も気付いたよ。
 私のほうもずる賢さが足りなかったよ。
 ここからは利用できるもんは利用するし、顔出しのMVだって作っていくことは厭わないよ。
 物事は利用できるもんがあるなら利用したほうがいい。
 使い勝手の良い兵隊を持つことだって悪いことじゃない。
 こう言ってあげれば菜々緒さんがずっと私の味方だ。
 いかにその味方を自分好みにカスタマイズするかだけどもね。
 さすがにインフルエンサーに宣伝DMを送るのは邪魔過ぎるから。


・【27 エピローグ】

 今現在、私はボカロ曲を作りつつ、顔出しのMVも投稿している。
 こうすれば顔ファンもボカロファンも納得いった感じだ。
 元々曲だけ聴いてほしくて、ボカロをやっていたけども、ボカロファンというモノもあることに気付く。
 つまりは初心を忘れずにやっていてほしい勢だ。または単純にボカロオタク。
 なんというか、顔出しをしつつ、ボカロもやっていると、印象が良いのだ。
 今はとにかく印象に良いことをする意識で曲を作っているところもある。
 最初の初期衝動、つまりは音楽は復讐だ、という部分はちょっと少なくなってしまったけども、私もしっかりマネタイズするようになって、大人になったといった感じだ。
 青臭い、どこか尖っていた女子高生の時期も終わり、ここからラストの十代は、この十代というものをしっかり使ってやろうと思っている。
 昔はそういう自分を嫌っていたけども、割と悪くないのかもしれない。
 勿論スパチャとほしいものリストは未だにしていないけどね。
 そういう物乞いをすると、過激なファンサービスしないといけなくなると思うから、そこはちゃんと一線を引いている。
 というかマジでスパチャやほしいものリスト公開しておいて、ファンサービスに対してどうこう言うヤツはしょうもないと思っている、言う資格が無いと思っている……という発露はしない。
 余計なことは言わない。これ大事。
 変なファン、つまりは推し活とか言ってるヤツがいても無視するし、その過激な推し活をしている人をダシにして小さなウケを狙うこともしない。DM晒しとかそういうことは。
 やっぱり私はこういうところはちゃんと線引きしたい人間だから。
 そこをなあなあにして、イタイファンの暴れっぷりを利用して自分は小さいウケを得ようとする弱い人間にはなりたくない……も発露しない。
 心の中でバカにするだけにしておく。
 余計なことを言わない・しないは大切だよね。
 小さいウケを得たところで、狭いコミュニティのファンが大ウケして、嫌な目線を持った人たちが裏笑いするだけで、ファンが増えたりもしないしね。
 基本的には良い子でやりつつ、利用できるものは全部利用する。
 これが多分一番だと思う。
 まあ私は一応順風満帆だ。
 シコティッシュフォールド……じゃなくて菜々緒さんも良い感じで。
 復讐完了でいいかな。
 やっぱりさ、私の音楽を聴いてる人には幸せであってほしいんだよね、クソみたいな生活しないでほしいし、クソみたいな行為も本当はしないでほしいし。
 だって私の音楽って最高じゃん? 最高の音楽聴いてる人は最高の人間性で、最高の人生歩んでほしいじゃん。
 ただそれだけ。

(了)