[創作]マッチ売りの攻防

#創作大賞2022

サラリーマンside

[夕日が目にしみる]

今日はとても機嫌がいい。
自分が提案した企画が通り、清々しい気分だ。今日くらいは第三のビールではないビールを買おう。乗車前に、ビール、ビール。コンビニへ、ひとっ飛び、のはずが。

"マッチ売りの芸人です"

マッチ売りの芸人というボードを置き青年が立っている。今時、マッチを売って儲けようというのか、この令和に。どういうカラクリなのか気になる。皆、気になっているようだが、誰も青年に声をかけない。いつの間にか青年と対面する格好で、足を止めてしまった。青年は自分に"どうですか?"と言わんばかりにお金の入れるカゴを指した。視線を落とす、カゴの中身は空。帰宅で駅に向かうサラリーマンらが"仕掛けてくれ"という空気を出しながら、歩を緩める。確かに、機嫌はいい。だが、違うんだ、自分は今日、庶民のベタな至福に浸りたいだけなんだ。

マッチ売りside

[煙が目にしみる]

見るだけで運気が上がる動画をたくさん見た。神様が選ばれし者にしか表示されない画像も見た。自信がついたと言い聞かせてここに立っている。芸歴3ヵ月ー。未だ、芸を披露していない。そもそも、芸を持ち合わせていない。駅前にボードを置き無言で立つ、もうそれだけで、全面クリアした達成感があった。

3日前
ボードに何を書こうか。何の芸をしようか。大学在籍中、教授から言われた"人生は一度きり、思いきって何でもいいから挑戦してみろ"とだいぶ、こすられた台詞を卒業後、思い出し、自分のやりたい芸の道に進んだ。目の前にタバコとマッチが置いてある。タバコを買った時にライターを切らしていると、マッチをくれた昭和のタバコ屋のおばちゃん。マッチを擦り、タバコに火をつける。何も考えず、今の状況を書きなぐる。木製のボードに"マッチ売りの芸人です"と書き直せない油性ペンで書いた。タイトル先行で、芸は後から。曲を先に作った後に作詞するタイプ。もう後戻りできない。ノープランで、とりあえず駅前に立つ。ひとまず、一面クリアだ。

そして現在、サラリーマンと向き合っている。様子をうかがっている様子がひしひし伝わる。お金を入れるカゴを指してみた。カゴを見ているようだが、特に反応はない。立っているだけでは、ダメだ。全面クリアした気分だが、まだ裏ボス戦があるではないか。

ダルマside

[インクが目にしみる]

女性が、いかがですか?と通行人に声を掛けている。

サラリーマンside

[コンビニを]

彼は何の芸をするのだろうか。ボードをもう一度、確認する。

"マッチ売りの芸人"

もし、自分がこのタイトルの企画書を作成したとするならば、マッチと芸人の掛け合わせで、昭和のモノマネをプレゼンするだろう。ただ、今の時代にだいぶ、こすりにこすりまくった芸をするのだろうか。しかも、彼は若い。世代ではないだろう。では、次に考えられることは何か。まさしく、マッチを売る。しかし、それが何の芸なんだ。足を止めてしまったが最後、思考が止まらない。一旦、状況下から離れると異なるアイデアが浮かぶものだ。目指していたコンビニに視線を移し、思考を整理し始めた。

"あ~ビール飲みたい"

マッチ売りside 

[コンビで]

大学を卒業後、幼なじみの悟志ことサト坊から、コンビを組まないかと誘われたが、断った。しかし、サト坊は、ツッコミをしてやるからと何度も食い下がった。そもそも、ボケ倒しそうなサト坊が、なんで、ツッコミなんだと反論した、ファミレスでの話。

俺『この丸刈りータ下さい』
サト坊『俺はミートソース』
俺『M..L..5L..いやエスカルゴ』
サト坊『カタツムリ?』
俺『最後に......シェフ下さい』
サト坊『サラダのことかな?』
俺『あ~そう。シェフの気まぐれサラダを』
店員『申し訳ございません。そのような商品はございません』
サト坊『ないってよ。じゃ、このカレー下さい』

サト坊よ、俺はこんなにもボケ倒したのにも関わらず、全くツッコンでこないではないか。しかも、最後のカレーってなんだ。サラダの代わりにカレーってボケたのか、単にカレーが食べたくなったのか分かりづらい。

それから、コンビを組むことを諦めたサト坊は、自分の生きる道を探すと言って姿を消した。

ダルマside 

[コンコンと]

女性が、中は空洞なので叩かないでくださいと叫んでいる。

サラリーマンside

[期待(きたい)]

我に返る。無駄な時間を過ごしてしまった。さっさとこの場から、去ればこんなに考えることもなかった。自分が足を止めたがために青年を困惑させている、そんな気さえもしてきた。

『お兄さん、芸を見ていきませんか?』

足をコンビニへ動かそうとした時、青年に声をかけられた。

『お兄さん?って私?』

50を過ぎたおっさんにお兄さんと言ってきた青年。一応、自分に声をかけたかどうか尋ねる。

『そうです、お兄さんです。芸を見ていってください』

そう言って青年は、ジャンパーのポケットに手を入れ、何かゴソゴソと探り始めた。お兄さんという響きで、少し気分が高揚した。青年が動き出したことで、パラパラと足を止める人も増え、いつの間にか、青年を中心とした歪な円を作り始めた。

"じゃ、見ていくか"

80、90、2000年と時代に沿ったビートたけしをモノマネした松村さんのように、年代別のモノマネでもやるのだろうか。今は動画が沢山ある。世代でなくてもマネをすることはできるのだろう。

"80年代の全力でくるか..."

油性ペンで力強く書かれたボードの文字に勢いを感じる。これ1本でやっているのか。クオリティが高そうだ。期待値がグッとあがる。ふと、青年の奥、少し離れたところに、ダルマを持った女性が何かをしている。あの女性も、この青年の仲間なのだろうか。

群衆が綺麗な円になる頃、黒いマントを羽織った人が近づいてきた。

"この人も仲間なのだろうか..."

マッチ売りside 

[擬態(ぎたい)]

引き留めてしまった。
サラリーマンが動きだそうとした瞬間に声をかけてしまった。何も芸がない、そう思われたくなくて、咄嗟に。

"どうしようか~"

焦ってはいけない。冷静になれ。ジャンパーのポケットに手を入れる。もしかしたら、自分でも知らぬ間に、あっと驚く道具を仕込んでいる可能性はないか。何でもいい、何か。

"これは、マッチ箱か"

四角い物が、手にあたる。マッチしかない。このポケットは五次元にも六次元にも繋がっていなかった。確かに、マッチ売りの芸人ですとボードを書いて置いたのは自分だ。モノマネでもするかと考えたが、世代ではない。その前に、そのモノマネを聞いたことはあるが、見たことがない。何で"マッチ売りの芸人"なんて書いてしまったのだろう。勢い芸を持ち味にしていきたいが、追い込まれ、ポケットの中のマッチを掴む手が汗ばんできた。この向かい風をどう乗り切るか。

いつの間にか人が集まり始めた。なんで俺のところにこんなに集まるんだ。そうか、例の感染症で、イベントが少なかったからか。そして、例の感染症が少し落ち着いた今、イベントに飢えていた人たちが俺を囲む。そして、何も言わずに間隔を開ける。すごいぞ、群衆。

春一番が吹いた。

俺は、変わる、変わりたい。
覚悟を決めた。

ダルマside 

[危殆(きたい)]

女性が、危ないですよ。ダルマをぶん投げないください。投げてストレスを発散させるものではありませんと注意している。

サラリーマンside 

[時(とき)がきた]

青年に耳打ちをされた。お願いがある、横に並んで欲しいと言う。自分は青年の仲間ではない。もちろん、コンビでもない。断ることもできた。ただ、人に囲まれたこの状況、青年の目が何かを必死に訴えかけていた。

よくある、大道芸人のお手伝いというやつか。おそらく、そうに違いない。早く、箱に入れて、ひと思いに刺してくれ、手品でもやるのだろう。青年は前座で、マッチ売りの芸人は裏にいるのだろうか。ご本人登場のように激似のモノマネ芸人が出てくるのだろう。確かに、青年とは世代が違いすぎる。

『では、これから芸をします』
青年が、おもむろに口を開いた。

『はい、マッチをどうぞ』
ジャンパーのポケットからマッチを差し出した。

"え...!"

芸に関して素人の自分でも分かる。ツッコめっていうフリだろう。いや、ボケろということなのか。何か、ハプニングがあったのだろうか。いずれにせよ、打開策を自分に委ねられていることだけは分かった。青年よ、ひどくないか。隣に立って欲しいと言われたから立ったまでで、何の打ち合わせもなく、ひと思いに刺すってこういうことじゃないだろう。

群衆の視線が自分に向けられているのが分かる。

どうしようか、頭をフル回転させる。青年は、申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。怒り狂いそうになる。そんな顔をされても、芸人は君だろ!

ふと、こんな状況で同僚に会ったらどうしようと違うことを考えてしまった。同僚といえば、例の感染症が流行る前、飲み会で他愛もない会話をしていたな、と。

"はい、マッチ"

思い出した。同じフリを振られたことがある。酒を飲んで、グデグデになったところで、ゲラゲラ笑った記憶。しかし、親父ギャグの範疇を越えない返しだ。しかも、酒が入った状況で、笑いのハードルはかなり低い。これを言うのか、どうしようか。

こんなところで、覚悟を決めるとは思ってもいなかった。とにもかくにも、自信を持って大きな声で言おう。勢いでなんとかなるかもしれない。

『私、電子タバコなもんで』
コートのポケットから、スティック状の電子タバコを取り出し、掲げた。

『な、なんでやねん』
青年も自分に感化されたのか、先ほどより、大きな声と手振りでツッコんできた。

青年が、目をぎゅっと瞑る。
おそらく、今、自分と青年、同じ気持ちなのだろう。

マッチ売りside 

[朱鷺(とき)がきた]

看板通り、芸を売るしかないと覚悟を決めた。つくづく、もっと考えて行動すれば良かったと後悔したが、もうどうすることもできない。サラリーマンに手伝ってもらおう。

おどおどしながら、隣に立つサラリーマン。何をさせられるのか分からないから、挙動不審だ。サラリーマンよ、俺自身も何をしたいのか分からないのだよ。もう、押し切るしかない。

『では、これから芸をします』
不安な心を隠し、堂々と宣言した。

『はい、マッチをどうぞ』
マッチをサラリーマンに見せた。
俺は変われなかった。何者にもなれなかった。芸を売らずに、サラリーマンを売ってしまった。

サラリーマンの顔がどんどん歪む。恨みがある訳ではないが、本当に心から申し訳ない。サラリーマンが芸人としての力量があるのかどうか分からないまま、振ってしまった、本当に申し訳ない。

何か考えてくれている。こんな俺のために頭をフル回転させてくれて、ありがとうサラリーマン。

コートのポケットに手を入れる。俺のポケットの中にはマッチ箱しかなかったが、サラリーマンのポケットの中には、大爆笑なものが入ってるんですかー。期待値がグッとあがる。

『私、電子タバコなもんで』
ポケットから電子タバコを取り出した。

『な、なんでやねん』
面白いとか面白くないとか、お笑いがどうのこうのではなく、とりあえず俺は完走を目指した。答えを絞り出してくれたサラリーマンには感謝しかない。だから、俺はもうツッコまないしボケない。目の前に、あるかどうかも分からないゴールテープを切りにいった。

万事休す。
目を瞑りゴールテープを切った。

"バサバサバサバサバサッ~"

突然、黒いマントの中から、たくさんの鳩が飛び立っていった。綺麗に飛び立つ鳩を見て、群衆は拍手喝采。マッチのやり取りを忘れるくらい、人々は、喜んだ。群衆の中にいたそのマントは、俺に向けてニコっと笑った。

『まさか、サト坊か?』

サト坊こと、悟志こと、本名"朱鷺悟志(ときさとし)"

サト坊が朱鷺ではなく鳩を放し、助けてくれた。群衆は、鳩がオチだと思い、カゴにお金を入れパラパラと散り始めた。

『おぉ、元気だったか?』
サト坊は、普通に挨拶してきた。

『サト坊、ありがとう』
俺は涙で顔がグシャグシャになった。群衆が去り、残されたのは、泣く男、マント男、電子タバコを見つめるサラリーマン、カオスな状況だ。

サト坊に近づき、俺は何度も頭を下げた。
『助かったよ、サト坊。ありがとう、ありがとう』
『壮大にツッコんでやったぜ』
と、満足げのサト坊。
『ツッコミなのかどうか、よく分からないけど。とりあえず、助かったよ、ありがとう』

サト坊に感謝する背後で、サラリーマンが電子タバコをポケットに戻そうかどうか悩んでいるような気配を感じた。困難な状況を一緒に打破してくれた戦友。謝ればなんとかなるだろう。いや、謝り倒そう。

ダルマside 

[突起(とっき)ができた]

叩かれたり、投げられたりで、突起が出来た。女性がデコボコになったじゃないとダルマの傷を修復し始めた。

サラリーマンside 

[52才 サラリーマン]

こんな刺激的な一日は初めてだ。変な汗もかいたが、今となれば、ルーティン生活で、考えることを放棄した脳に電流が走った感じだ。

マッチ売りの青年から、申し訳ございませんでしたと何度も頭を下げられた。

これから芸人として頑張っていくんだろ。今日のことを糧に頑張ってと励ました。

マッチ売りside 

[23才 マッチ売り改め芸人]

サラリーマンに事情を説明した。謝罪するも逆に励まされ、これからも芸人として頑張っていこうと誓った。

サト坊は、マジシャンの見習いをやっているらしい。鳩を使うマジックの練習中に俺を見かけ立ち止まったとのこと。ただ、あの場で鳩を飛ばす予定ではなかった為、急ぎ鳩を回収しに行った。

ダルマside

[24才 ダルマの持ち主の女性]

今日の駅前は、芸人がいたり、鳩が飛んだりで賑やかだ。赤いダルマを持ち、通行人に声をかける。

『いかがですか?ダルマに目を入れてみませんか?ちょっとした優越感に浸れますよ』

最初は、ほんの小遣い稼ぎだった。しかし、非日常感を味わいたい人が多いのか、意外と需要があり、副業としてやっている。

『選挙に当選した気分になりますよ。ダルマの目入れ、一回500円。撮影込みで1000円。いかがですか?』

ただ、中にはダルマを叩いたり、投げたり乱暴に扱う者もいる。手持ちのダルマは、これひとつ。大事に丁寧に扱う。

サラリーマン&芸人&ダルマside 

[目]

並んで駅に向かう。先ほどのコンビのような横並びとは大違いに、サラリーマンの心は晴れやかだ。

『今日、仕事で自分の企画書が誉められて、家でビールを飲もうと思っていたんだ、普通の缶ビールをね。だけど、第三のビールにするよ。君のおかげで久しぶりに仕事じゃ得られないようなアドレナリン?いや、ドーパミンかな。とにかく、いいビールを飲まなくてもこの高揚感で酔えるよ。それにしても、マッチの返しが、電子タバコなもんでって秀逸だと思わない?自信を持って大きな声で言えば、相手に伝わるんだよ。芸人君も目を瞑って大爆笑待ちしていたんでしょ。それなのに、鳩に全部、持っていかれちゃったね』

どうやら、サラリーマンは、鳩が助けてくれたとは思っておらず、電子タバコの笑い待ち中に鳩が邪魔したと思っているようだ。

『はぁ、そうですね』
まさか、あの程度で爆笑が起こると思っていたとは、芸の世界を甘くみないで欲しい。状況を打破する為に協力してくれた、戦友、命の恩人と言っても過言ではないが、ちょっと撤回したい。脳内に何かが出たハイなサラリーマンが段々、面倒臭くなってきた。

『芸人君、飲んで行くかい?』
と誘われたが、やんわり断った。

『あれ?ダルマですかね』
話題を変えようと、ダルマを持つ女性に目を移した。

『そうだね。君が準備している間、ずっと何かをやっていたよ。君の仲間だと思っていたけど違うんだね』とハキハキ答えるサラリーマン。何かが覚醒したらしい。

芸人とサラリーマンは女性を目で追った。

筆でダルマに目を入れる男性。男性はダルマと写真を撮り1000円を女性に支払う。その後、女性はダルマを抱え、建物の間、影に隠れた。

"何をしているのだろう"
気になった芸人とサラリーマンは女性の後を付けた。

女性の手元を見ると、先ほど、男性に塗られたダルマの目を消しているではないか。

『あれ、フリクション筆?』
誰に聞かせる訳でもないが芸人が呟いた。

『いろんな商売があるんだね。目を消して使い回ししているんだ。芸人君もあれくらいの度胸と強かさを持ち合わせないとね』
生き生きし始めたサラリーマンは、芸人からのラリーだと思い返答する。

何かに気づいた芸人が、今日いちの大きな声を出した。
『そうか。あー、俺も消せるペンで書けば良かった。油性で書き直せなかったんだよ。書き直せれば、あんな芸に縛られることなんてなかったのに。なんで、油性で書いちまったんだよー』
芸人は持っていたボードを真っ二つに割り、そして、膝から崩れ落ちた。疲れがドッと出たのか、死んだ魚のように覇気がなくなり、虚ろな目になった。

『そ、そこ?芸の問題じゃなくて、そこなの?まぁ、でも、そういう、人と違う感性って大事だと思うよ、お笑いって。そういうところを育ててみよっか』
目を輝かせ、芸に対して真摯に向き合い始めたサラリーマンは、芸人の肩をポンと叩き、コンビかのように謎のフォローをするのであった。

(おわり)

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