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Mさんのこと

2018年頃、私はいつも駅前に現れる大きなピレネー犬のドキュメンタリー映像を撮ろうとしていた。ふさふさの長い白い毛、誰が撫でても大人しくて包み込むような優しい雰囲気を纏っていて、会った人は老若男女問わず誰をも笑顔にしてしまうアイドル犬だった。
実はのんびりした風貌からは想像もつかない壮絶な過去を背負っていたのだが、その動じない姿に、その前年に生死を彷徨った私自身が強く惹かれていたのだと思う。
GENちゃんという名のそのピレネー犬は311の時福島で被災し、飼い主を失い痩せ衰えたボロボロな姿で彷徨っている所を保護され、その後はるばる東京に住む優しいご家族に引き取られ暮らしていたのだ。
GENちゃんの事はまた改めてちゃんと書こうと思う。

そのGENちゃんの被災後の福島での足取りを辿ろうと、ある日私は福島まで車を走らせた。
犬猫の保護センターの方からGENちゃんの当時の様子から、311の時の話までいろいろ伺う機会を得た。
さまざまな話の中で一番印象に残っていたのが、1人の犬のトレーナーの話だった。
センターの人はMさんというそのトレーナーの事をこう説明した。
「どんな獰猛な犬でもMさんにかかれば絶対に大人しくなる。Mさんは動物と会話できるとか、何か特殊な能力を持っていたんじゃないでしょうか。」
聞けば、ある日、マスティフかピットブルか忘れてしまったが元々血の気の多い犬種を飼われていた方からそのセンターの人は相談を受けた。どうやら飼い犬が飼い主の顔を食いちぎるという事故が起きてしまったらしい。飼い主は顔半分に大怪我を負いながらも、その飼い犬を保健所等に送るのは可哀そうだから、何とかその犬が大人しく生活できるように出来ないか?と相談して来たという事だ。

元々獰猛な犬種の上、かなり荒い気性だったその犬が大人しくなるとは到底思えなかったが、ふとセンターの方は、もしかしたらMさんなら何とか出来るかもしれないと思ったらしい。
それでMさんの所にその犬を預けた所、2ヶ月位経ったら本当に人(犬?)が変わったように大人しくなっていたというのだ。
そういう事が一度ならずあったという事で、センターの人もMさんに絶大の信用を寄せている様子だった。

Mさんは東日本大震災の時にもすぐに相棒の救助犬レイラ(アイヌ語で風)を連れて度々福島を訪れていたという。生きている人を探す事に喜びを見出すはずの救助犬のだが、生きて発見されるはほとんどなく…強烈な異臭で嗅覚を失いながらもレイラはMさんと共に必死に瓦礫の下の人たちを探し続けた。そして何人ものご遺体が発見されご家族の元に帰って行った。
しかし2014年の11月に老衰でレイラも天に帰ったそうだ。
ただMさんは厳しい現場に度々レイラを連れて行った事で、ネット上では心無い人から多くの誹謗中傷も受けていたという。

そして、何度も福島に通っていたMさんの体にも異変が起きる。
甲状腺がんを患い、それが原因で数年後にはMさんもレイラの元に旅立ってしまう。
動物が大好きで、なかでも特に馬が好きで、被災した馬も引き取る活動も行っていたMさんの最期は馬の背中の上だったという話だ。

そんな動物が大好きで、動物を救う活動に命をかけていたMさんがレイラをぞんざいに扱うはずはなかった。誰よりも誰よりも想っていたはずだ。
これほど動物への愛情が深い人はなかなかいないだろう。そんなMさんの話が私の中に強く残った。

いつかMさんのお話しを何かの形に出来ればとも、いま思っている。

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