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元メンバーが詐欺事件を起こした話

お客が一人もいない開店したばかりの雀荘で二人のメンバーがスマホの画面を凝視していた。その眼差しは真剣そのもの。店内はBGMが虚しく響き渡っている。エロ画像を見ているわけではない。

今行われているのは20万を賭けたギャンブルだ。

俺は片田舎の雀荘で責任者をしていた。それが俺の動画でおなじみのソフト麻雀Donkey’sである。

そこに小木というメンバーがいた。俺の3つ下。そいつはとにかく言うことがでかく、ビックマウスだった。
『俺はこの一か月一度もおかわりしないで行こうと思う。』
『俺、本気になれば放銃0にできる。』
『俺は待ちの8割読める。』
など上げればキリがない。すげえこと言うやつだなぁと思っていたが、悪いやつではなかった。また、麻雀以外の業務の手際がものすごくよかった。要領のいい奴って感じだ。
肝心の麻雀は勝ち切れない人のお手本みたいな感じだった。例えばこんな感じの河でリーチが来ると

相手の待ちは14pだと思ってひたすら止める。どんなに勝負手でも14pだけは切らないのだ。

親番で2pを切ってしまってフリテンである。こんなもの1pなんて止まってられない。もちろん切るべきだが、小木は絶対に切らないのだ。ここから通っていない8pを切ってフリテンにした。それならまだましなのだが、14p以外は何でも切ってしまう。14pよりも危険なソウズの無筋も切ってしまう。これじゃ勝ち切れるわけがない。
麻雀の勉強をしても強くならない人の典型として、1つの知識を盲信してしまうことが挙げられる。小木を例にすると5p→2pの切り順は14pが危ないという知識を過信しすぎてこうなってしまっている。間違ってはいない。しかし他のパターンもたくさんある。例えば

ここから5p→2p切りの36p待ちが出たり、

5p→2p切りで69sになったりする。
そもそも関連牌でない場合だってある

14pだけが危ないわけではない。よく映像対局で見るビタ止めはカッコイイ。だが、ビタ止まっていないときにめちゃくちゃ損をしている。小木のような人は止めた時の気持ちよさだけを覚えていて、止まっていなかった時に損した点棒を勘定していないのだ。
捨て牌読みをする時というのは他の組み合わせが少ない時だ。例えばこのような捨て牌の時

残っている筋が25s、14p、47pの3筋だけである。そこに最終手出しの2p切りを考慮すると14p待ちの濃度が上がっている。こういったときに聴牌からでも1pを止めることがある切り順から待ちが一点で読める事なんてほとんどないのだ。
小木はビタ止めに美学を持っていて、こうだと思った牌以外は切ってしまうのだ。

そんな小木はとにかくお金が大好きだった。店が暇なときは怪しい株のサイトを見てなんか株を買っていた。そのサイトで得た知識を俺に得意げに話してきた。俺も株には興味があったのでそれがきっかけで株を始めた。でも小木の話はどこか胡散臭いのであまり信じてはいなかった。
俺は当時ラブライブにはまっていてそのスマホアプリを作っているKlabという会社の株を買っていた。それが大当たりして50万ぐらいの利益が出たことがある。だけど株初心者なのでこれをどうすればいいか分からない。とりあえず売って焼肉を食べた。おいしい。株はよくわかんないけど自分の詳しい分野の株を選んで買っていた。
小木は株の予想サイトを使っていた。よく利用していたのが『毎日ストップ高予想』というサイト。10年も前なのに調べたらまだ現役だった。

どういう仕組みかもよく分からないけど、本当によく当たる。俺もすごいなーって思って使ったことあるけど、高値でつかまされてすぐに下がって損したり、買えなかったりで全然利益は出なかった。株の仕組みを理解してないから当然だ。ある日、小木がそのサイトの株を買って150万の利益が出たと言い出した。すごい。見せてもらったけど本当に150万の含み益が出ている。

『この150万どうするの?』
『投資で利益が出たらさらに大きい投資に回すのがセオリーですよ。』

へぇ~そうなんだ。俺は焼肉を食っちゃったよ。小木は胡散臭いサイトばかり見てるけど一応株の勉強もしてるんだな。

数日後、お店が暇になると小木が話しかけてきた。

『今バイナリーオプションって言うのが熱いんですよ。』

バイナリーオプションとはFXの値が買った時点の価格から上がるか下がるかを当てるものだ。詳しく知りたい人は↓

『へぇ~熱いってどんなふうに?』
『バイナリーオプションって言うのはカクカクしかじかで、上がるか下がるかっていうのは運だけじゃないんですよ。チャートの動きとか見て知識で的中率5割を超えられるんです。さらにこれをマーチンゲール法でやるんですよ。』
『それって配当が倍以上じゃないとおいしくないって聞いたことあるけど。これって配当1.8倍とかじゃん。

『だから、負けたら3倍を賭けるんですよ。』

『へぇ~リスク高くなるけど大丈夫なの?』
『この前の150万があるのでいけます。』

おいおい、投資の基本は利益を次の投資に回すのがセオリーじゃないのか?これはただのギャンブルじゃねぇか。
と思ったけど俺は投資の知識なんてほとんどないのでスルーした。
最近マーチンゲール法は勝ち額が小さいからほとんど勝てないという動画を見た。

『とりあえず1万ぶっこみます』
『大きすぎないか?負けたら次3万でしょ?』
『3万負けても9万賭けれるしいいんじゃないですか?』

こいつすげえ度胸だな。ただ、人の大勝負って見るの楽しいのでそれ以上口出ししない。

バイナリーオプションには期間が選べて、1分、5分、30分、長いと1か月がある。例えばドル/円が100円だとすると1分後100円から円高になっているか円安になっているのかを選ぶ。ただそれだけだ。
小木はせっかちなのか1分でやっていた。配当は1.89倍。1万円賭けて当たると18900円戻って来る。1分で8900円勝てるんだからめちゃすごい。だけど負けたら1分で1万失う。ただのギャンブルじゃん。
まぁ、俺の金じゃないし見るのはタダだし興味もある。

『行きますよ…』

チャートの波を見ながら底っぽいところでHighに1万を賭けた。
すると価格は順調にアガって見事配当を得た。8900円GETである。

『すごw』
『次いきますよ…』

次はチャートがてっぺんっぽかったのでLowに1万賭けた。すると価格は下がってまたもや8900円をGETした。ものの5分で17800円である。すげえ。

二人でスマホの画面にかじりついた。
『次はHighでいきます!』

するとそんなにうまくいくわけもなく、ちゃんと負けた。1分で1万負け。だけど7800円プラス。俺だったら焼肉食いに行く。
だけどこれは(小木曰く)資産運用である。ちゃんとルールに従ってマーチンゲール法を行い、3万を賭けなければいけない。

『じゃあ、ルールに従って次は3万で行きます…』
『まじで賭けるの?7800円プラスだぞ?3万なんて無くなったら凹んじゃうよ』
『投資は起こった出来事に対して動じちゃダメなんですよ。冷静に俯瞰して、自分がどうするか決めるんです。ルールに従って淡々と資金を動かすことが大切なんです。』

おお、なんかそれっぽいこと言っている。でも3万って1か月の食費じゃん。よくそんなの賭けられるな。そんな度胸俺にはない。だけど投資で生きていくにはそこくらいのことは当たり前なのだろう。ここは見守るしかない。

『今です!行きます!』

よく分からないが、それっぽいところでHighに3万賭けた。
やりやがった。すげえ。

チャートのろうそくが上に伸びていく。
(ろうそくというのはある期間の値動きが視覚的に分かるようにしてあるもの)

赤いと値上がり。青いと値下がり


20秒間、じりじりと値を上げた。あと40秒このままだったら56700円GETである。

30秒経過。ろうそくがちょっと下がってきた。ヤバいかも
40秒経過。ろうそくが再び上に伸びた。お!いいぞ!
50秒経過。急に原点まで下がり一進一退の攻防。

そして




負けた。ギリギリのところで原点を割り、3万失った。トータルで22200円負け。
『にゃん、にゃん、にゃん。猫の鳴き声~w』
なんてジョークを言おうと思ったがやめた。そんなメンタルを俺は持ち合わせていないし、俺が言われたら胸ぐらをつかんでぶん殴るだろう。予測ができる事態はしっかりと回避するというのが賢者である。そう。俺は賢いのだ。

小木の顔を見ると真っ赤でアチアチになっていた。
淡々と資金を回すんじゃないのか。次、本当に9万賭けるのか?すごいぞ9万って。

ピンポーン

なんとここでお客さんが来店し、すぐに卓の準備をした。お開きである。
そのあとの本走で小木はボロボロにやられた。俺がすごく勝った。
俺はあんな投資無理だからな。麻雀で勝とう。やっぱ麻雀なんだよ。麻雀。
その日は終わった。

次の日、小木が布団にカップラーメンをぶちまけた人のような顔をして出勤してきた。

『どうしたの?』
『昨日退勤した後、ルールに従って』
『え、9万賭けたの?』
『はい。』
『まじかよ!で、どうだったの?』
大体予想は付いているけど聞いた。
『負けました…』
『うひゃー、トータルで122000円負けか。』
『はい…で、次は27万を賭けなきゃいけないんですけど20万までしか賭けることができませんでした。』
『え、ルール守れないじゃん。どうするの?』
『そもそもマーチンゲール法は負けた額の2倍を賭ければいいわけで、20万でも問題ありません。だけどさすがに勇気が出ないので肥えさんの前でやろうと思って』

どういう理屈だよ。やめとけよ。この前の150万でまだプラスなんだから。1分で20万なんて賭けるとか馬鹿だろ。正気になれ。俺は止めた。

『やめとけって。いい勉強になったじゃん。こんな簡単にお金は稼げないよ。』
『もう引き返せないんですよ。肥えさんはいてくれるだけでいいです。』
『俺は止めたからな?後悔するなよ?』
『腹は括りました。行きます。』
すると小木はスマホをじっと眺め始めた。タイミングをうかがっているのである。画面に表示された【High】【Low】と書かれたボタンをタップするで20万が賭かる。俺も固唾をのんで見守った。

どのくらいの時間が経っただろう。二人ですごく長い間チャートを見つめていた。そして

『今です!行きます!Highで!』

行った!1分に全力の20万をぶち込んだ!この1分は後に『栄光の1分』として世界の歴史に…

刻まれるわけない。

HighにBETした次の瞬間、価格は見事に




下がった。

それはもう見事に下がった。小木に恨みを持つがこれを見てるのではないかと言わんばかりの下がり具合だった。少しも上に行かなかった。開始10秒でこれはもう勝てないとわかるほど下がった。まるで滝を見ているようである。俺は宮城県出身なのだが秋保というところに有名な秋保大滝という滝がある。それを思い出した。

宮城に行く際はぜひお立ち寄りください。

まさかバイナリーオプションで故郷を思い出すとは。すごいよ。バイナリーオプション。

しかし小木は最後の最後まで画面に祈り続けた。
そして負けた。

1分で20万。昨日と合わせると322000円負け。1か月分の給料だ。

キツイ。きついのだけれども俺は興味が出てしまってついこんなことを聞いてしまった。

『ルールから行くと次は40万だけど、賭けれないじゃん?どうするの?』

すると小木はすごいことを言い出した。

もう一度20万賭けます。次勝てればギリギリプラスで終われます。それでバイナリーオプションからは手を引きます。最後の勝負です』

これで勝ったの今までの人生で見たことないんですけど。

『…やるんだな?』
どうせ止めても意味無いと分かっていたので旅に出る勇者を見送る始まりの村の親友みたいなセリフを言った。謎のテンションである。

『やりますよ…止めても無駄です。』

止めねえよ。

『がんばれよ…応援してる。』

やると言っているんだ。これでもし負けてもトータル50万。そんなもの負けたっていいじゃないか。痛いけど。これで何かが学べたら後に大きな財産になる。失敗を恐れていては何もできないのだ。さあ!いけ!小木よ!32万を取り返せ!

『今です!Lowで行きます!』

小木の太い親指がスマホの画面を叩いた。20万を載せたろうそくが小木へ配当を届けにパラシュートでゆっくりと下降し始めた。
いいぞ。その調子だ。ゆっくり。ゆっくりと青いろうそくが下に伸びていく。

30秒経過。こんなに長い30秒はいまだかつて経験したことがない。俺の金じゃないのにすごくドキドキする。あと30秒耐えれば378000円をGETし生還できる。
40秒経過。下がるペースはそのままにゆっくりと値を下げている。原点よりも結構下だ。今まで見てきたものを参考にすると安全圏のように見える。

しかし次の瞬間小木は決して口にしてはいけない言葉をぶっ放した。

『これ勝ったら焼肉行きましょう。奢りますよ…』

『馬鹿野郎!』

すぐに止めたがもう遅かった。

ー負けフラグー
勝負事に負けるであろう伏線。

これは漫画、アニメでよく使われている。それを現実世界にも当てはめてネタのように使われていて、俺もよく愚形の追っかけオープンリーチを受けた時に
「そんなの掴むわけないじゃ~んwww」
などと負けフラグを立て、もし負けた時に笑いにするということをやっている。しかし現実はそんなに負けない。負けフラグが見事に回収されるのは漫画やアニメの世界だけなのだ。

なのだが、俺は負けフラグが現実でも成り立つ場合があると思っている。

それは

まじで言っている時

本人が気づかず、まじで言っているであろう負けフラグは現実でも回収されるというジンクスを俺は信じている。そう、ただのオカルトだ。そんなことあるわけがない。だが、嫌な予感しかしない。

『え…どうしたんですか大きな声出して』

その瞬間


ぶち上がった。

ゆっくりゆっくり下へ伸びていたろうそくが一気に短くなり、値下がりを示す青色が一瞬で値上がりを示す赤色になった。
小木の20万を乗せたろうそくは10秒で大気圏までぶち上がり見えなくなった。おそらく月まで到達しているだろう。
お金に羽が生えて飛んでいく様をリアルで見たことはあるだろうか?

俺はこの時初めて見た。

小木は黙って画面を見つめていた。

52万も負けた。だけどこの前の150万から差し引いても98万も残っている。

『まあ、痛いけどあと100万ぐらい残ってるしいい勉強になったじゃん。堅実な株買おうぜ。』

『・・・』

黙ったままである。相当効いたんだな。普通の人は一撃で20万も失うなんてことあんまりないだろう。俺ももちろんない。しばらくそっとしておこう。店の掃除でもするか。南無南無ナムル。

『・・・ます』
『え?』

なんかこの人すごいことを今言った気がする。

『もう一回行きます』

いやいやうそだろ。もう懲りたじゃん。やめとけよ

『もうやめましょうよ!お金がも"たいだい!!』

ワンピースの名シーンを再現しつつ止めた。しかし俺の演技力をもってしても小木を止めることはできなかった。

『100万残ってると考えるよりも、100万投資できると考えるんです。今失った50万はただの通過点で、続けることが大切です。今起きていることに一喜一憂してはいけません。ここで辞めたら負けが確定してしまいます。やめなければまだ負けていません。』

はい。素人がすいませんでした。

『しっかりと上昇トレンドと下降トレンドを見極めれば勝率が5分ということは無いです。僕はそこそこ勉強したので7割出せます。シミュレーションでは8割出ていました。今の負けは偶然3割が連続で当たっただけです。』

素人の俺には上っぽいところでLow、下っぽいところでHighに賭けていると思ったらそうではないらしい。どうやら過去の傾向から上がるか下がるかを選ぶ指標があるらしい。それをもとに賭けていたようだ。ただの運任せじゃないんだな。

『へぇ~、しっかりチャートを見れば上がるか下がるかは7割で当てられるんだね』
『そうです。ですので次も20万行きます。3回外すこともあれば3回当たることもあります。』

最初に言っていたマーチンゲール法はどうした。
とツッコミを入れそうになったけどやめた。俺は賢い子だからな。

『あとは買いシグナルが出るまで粘ります。』

買いシグナルとはろうそくが特定の並びをしていたら価格が上昇する可能性が高いというものだ。詳しく知りたい人はリンクから

おお、なんか勝てそうだ!ていうか今までなんでそれをやんねえんだよ。

小木は再び画面を見つめた。

暇だし、いつシグナルが出るかもわからない。掃除しよう。

10分ほど経っただろうか。点棒を拭いていると小木が叫んだ。

『買いシグナルが出ました!Highで行きます!』
『おお!』
小木のもとに駆け付けると、もうすでに勝負は始まっていた。画面を見ながら買いシグナルの説明をしてくれた。
『ゴールデンクロスという超有名な買いシグナルです。短期曲線が下から長期曲線と交わると上昇トレンドになると言われています!』

なんかそれっぽい!そしてちゃんと上がってる!行ける気がしてきた!
『ゴールデンクロスはかなり信用できる買いシグナルですのでこれは貰いました!』

だから言うなって。それ負けフラグだから。

次の瞬間じりじりと下がり始め、55秒ぐらいで原点を割ってそのまま負けた。72万負けである。

『大丈夫。惜しかったし、この方法ならいけます。』
『本当にまだやんの?』
『もう勝ち筋は見えました。』

俺は勝てるビジョンが全く見えないのですけど…


この後、小木は3連続で負けた。

もう132万負けである。
『もうやめなよ。プラスのうちにさ。』
止めるのをあきらめていたけど見ていられなくなって再びチャレンジした。すると小木は

『もう何も見ない方が当たるんじゃないか?最後の20万行きます!』

ぶっ壊れた。おしまいです。配牌を見ないで打牌するのと一緒です。

小木はそしてスマホの画面を隠し

『10秒後にLowに賭けます!』

と言ってスマホの画面を隠しながら10秒数えた。

『今だ!』

今だ、じゃねえんだわ。

Lowをタップしあとは見守るだけだ。



ちゃんと負けた。

20万無駄使い選手権があったら間違いなく優勝できるだろう。

トータルで152万負け。株で勝った150万全てなくなった。

『やけくそになっちゃあいけないだろ』
『そうですね・・・ちょっと熱くなってしまいました。次で最後にします。』

まだやんのかよw

『今まで150万あったから良かったけど次負けると1ヶ月タダ働きだぞ。』
『せっかく当てた150万が無くなるなんて耐えれません。なにか残さないと。それにここまで外し続けたんです。そんなの確率が許しません。次は当たります。』

お前もはやそれはギャンブル中毒だからな?言わないようにしてるけどそれは投資じゃなくてただのギャンブルだからな。

『まあ、お金の使い方は個人の自由だからな。止めはすまい。』
『あ、20万が口座に残ってない。ちょっと持ってる株売ります。』

ギャンブルするために投資の金を使うってもうおしまいだよ!

『もう肥え×さんがHighかLow選んでくださいよ。』

嫌だよ!

『嫌だよ。自分でやって。』
『そうですよね。じゃあ行きます。最後はサイコロで決めます!』

さっきまで散々知識を語ってたじゃねぇか。それはどこいった。結局運に頼るんかい!

『奇数が出たらHigh、偶数が出たらLowに賭けます!』

小木はそう言うと卓の電源を入れた。

『行きます!』

カラカラカラ

サイコロが回る。心なしかいつもより軽快な音を立てている気がする。これは何を意味するのだろうか。

『8が出ました!Lowです!』

地獄のミサワのようにLowのボタンをタップした。

ろうそくが上に伸びだした。
ああ…やっぱそうか…
30秒経過。ろうそくはにょきにょきと上に伸びて上空で小木を嘲笑っているようだ。
『もうだめだあ…』
小木が諦めた。
もっと先に諦めろよ。傷が浅くすんだのに。
『これにこりてギャンブルはやめような?』
小木が頭を抱えて鬱ぎ込んだ。
するとろうそくに異変が起きた
『おい!下がってきてるぞ!あと10秒しかないけど間に合いそうだぞ!』
『え?ホントだ!』
上空でふわふわしていたろうそくが一気に下に降りてきて原点に近づいた。

『下がれ!下がれ!さがれええええええええええ!!!』

普段はそんな大きい声を出さない小木だが、この時ばかりはフクロテナガザル並みの大声を出した。

こいつバチクソデカい声で鳴く

このペースだと間に合う!あと5秒だ!

ろうそくが一気に短くなり原点に向かって突進した

行ける!

『いったああああ!』

残り1秒で原点を下回った。

そして

制限時間を示すタイマーが0を示したその瞬間、



ろうそくがちょびっと上に跳ねて、原点を上回った。そしてまたすごい勢いで下がっていった

何故か小木の原点をちょっと上回ってから下がっていった。小木がもう1秒早くLowに賭けていれば勝っていた。サイコロなんて降ってないでLowにかけていれば。タラレバなんて全く意味がないのはわかっている。だけどこんなことって。

172万。一日の上限が決まっているブローカーだったらきっとこんなことにはならなかっただろう。なんで無制限のところでやるんだよ。

『もうこれ以上賭けれるお金がありません…』
楽して稼いだお金は粗末に扱っちゃうもんだって誰かが言ってたよ。地道に稼ごうぜ。』
『そうですね…冷静さを欠いてました。この負けを今後に活かします』

ギャンブルにハマる人というのは小木みたいな人なのだろう。急に手に入れたあぶく銭を賭けて勝負する。最初に負けてもあぶく銭があるから痛くない。痛くないしこのまま終わるのは嫌だから取り返そうとしてレートを上げる。そして負ける。でもあぶく銭があるからと言って更に賭ける。気づいたらそのあぶく銭が無くなってしまう。せっかく手に入れたあぶく銭が何も残らないことに不満を感じあぶく銭を取り返そうとして次の勝負へ。
失ってもいいお金を取り返そうとして失ってはいけないお金に手を付けてしまう。これがきっとギャンブル中毒者のサイクルなんだろう。
気をつけよう。

それ以来、小木は株からも手を引いて地道に働いているように見えた。
しかし麻雀が変わった。

ラフな放銃がめちゃくちゃ増えた。そしてラスを引いても全く気にしていない。うちのお店はお気持ちが安めなので、1ラスで種籾2000ぐらいだ。前まであれだけラスを引いたら悔しがっていたし、成績も気にしていたのに。
そして1ヶ月負け続けた。一度も浮いた日はなかったと思う。
きっと1撃20万の勝負をして麻痺してしまったのだろう。1ラス引いたところであれに比べたら痛くも痒くもないからだ。
しかし塵も積もれば山となるように、小木の負けは積み重なった。

そして3か月後小木は店をやめた。給料が毎月半分ほどになっていたらそりゃあやる気も無くなってしまう。大好きなはずの麻雀も全く身が入っていない。そんなの続ける意味もない。

1ヶ月経っただろうか。ある日突然店に小木が遊びに来た。
『久しぶりじゃん。最近は何やってるの?』
『いやあ、また投資を始めたんですよ』
『おいおい、まだ懲りてなかったのかよ』
『違いますよ。ちょっと良い出会いがあって投資について教えてもらってるんです。』
『へぇ~、うまく行ってるの?』
『2週間で40%の利益出しました。』
『すごいじゃん。俺にも教えてよ』
『ちゃんとマスターしたら教えますね』
『楽しみにしてる』

元気にやってるみたいだ。そして挫折から立ち直って投資の世界に行こうとしてるんだな。良かった良かった。投資と聞いたら楽して儲かるみたいなイメージだけど、そんなわけない。しっかりと知識を身に着けて資金を運用する。楽して儲かるならば誰も働いていないのだ。できる人なんて一握り。それを夢見てはいけない。
麻雀でもそうだ。ちょっと知識を手に入れたぐらいでイキってしまったらいけないのだ。

小木は3時間ほど麻雀を打つと、予定があると言って帰っていった。

数日後、小木からLINEが届いた。ストップ高になったチャートと、含み益100万のスクショが送られてきた。

ここから小木は凄まじい事件を起こすことになる。

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