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死にたいきみへ 生きていたくないきみへ もしもおれがきみの 心臓の鼓動なら 今すぐにでも 止まってあげたい でもおれはただの 人間の屑だから おれが海なら きみの好きな夏の海でさ そっときみを つつんであげたい 生きもせず かといって死にもせず ただ 夏の空の下で つつんでいてあげたい おれがきみの、涙の海ならば
止まったままのカルーセル 雨の日だけ カルーセルが回っているのを 見た子どもは カルーセルは雨の日だけ 回るものだと思う 風が吹く時だけ カルーセルが回っているのを 見た子どもは カルーセルは 風が回しているのだと思う 止まったままのカルーセル ひとりの子は 雨が降るのを待ち 別の子は風が吹くのを 待っている 止まったままのカルーセル 雪が降る時だけ カルーセルが回っているのを 見た子どもは もう一度 雪の中で回る カルーセルが見たくて 冬の遊園地のすみで じっ
きみが星なら 誰もいない駅のプラットホームで 終電車まで見上げている 何度も何度も大きく手を広げてさ この宇宙のどこかに きみのいる星がある きみが風なら 都会の人波にまぎれて 夜明けまで歩きたい ただぼんやりと 時より口笛吹いたりしてさ この星のどこかに きみの風が吹いている きみが海なら ぼくは名もない港になろう そして夜明け前打ち寄せる きみの涙にしずかに濡れよう いつまでも、いつまでも そしてきみのしおざい 聴いていよう
朝の電車に遅れたら次は昼 昼のに遅れたら次は夕方 それにも間に合わなかったら また明日……。 ここはそんな田舎駅 暇だから駅員もいない 時より近所の年寄りたちが ホームのベンチで 錆びた線路を眺めながら 日向ぼっこしているだけ そして老人たちすら いなくなったら あとは草と風と 虫たちの駅になる 時より雨や雪や 潮の香りが訪れ 夜になれば 星も降り注ぐほどの しずけさの中 風だけが 彼らにしか見えない 夜行列車に乗って 銀河へと旅立ってゆく ここは無人駅 風の銀河鉄
この世界で はじめてだれかが さようならを言った日 風が生まれた 男の子が夢をあきらめた日 女の子が失恋した日に 風が生まれた だれかがはじめて泣いた日に いつもそばには 風が吹いていた いつも風だけがやさしかった 何も言わなくても 風だけはちゃんとわかっていた 風が生まれた日 世界は少しだけ やさしくなった
たとえば歌が好きなら 歌うことが好きなら 歌が夢なら 歌うことがきみの夢ならば たとえそこが 何万人の観衆のいるステージでも そこがたとえ 誰もいない寂れた路地の裏側でも 歌は 何処でも歌うことができる 歌なら 同じ歌なのだから その路地裏に 風が吹いていて 雑草が伸びていて きみがそして ひとりぼっちで歌っていて やがてきみを含めた すべての生命が 生き変わり、死に変わり めぐりめぐって ある日 ふと何処からか 誰かの歌う声がして 耳を傾けると なぜだか無性に
あーあ、さびしい なあんて ゴリラも ため息吐くだろうか ルワンダの山奥で あーあ、 彼女に振られちまったよ 俺、イケメンじゃないし なあんてね きっと この星の上に生まれた さびしさは 風になって この星の上を駆け巡っていて だから 遠いきみのさびしさだって ぼくには分かる ぼくにも感じられる 分かち合える きみのさびしさなら 写真の中のゴリラが そんなさびしげな目で ぼくを見ていた ぼくを見ていてくれました ルワンダの山奥から やさしい眼差しで
ゴリラの目に 空の青さが映っている あなたにも 愚かなる人間たちの 悲しみは見えるのか やがて 透き通ったあなたの目に 涙が滲む 教えてくれ 生きものにとって 瞳とは 泣くためにあるものなのか 教えて下さい 今あなたが流した涙は 悲しみの、それとも幸福 勿論言葉は通じない あなたはゴリラで わたしは人間…… だけど あなたの目を見詰めると 懐かしい じっとあなたの 瞳を見詰めていると あなたとわたしとを隔てた 遥か遥か遠い大古の風が わたしを包み込む ただあなたに黙っ
子どもたちは問い掛ける チョコレートヒルズに 膝を抱えて ねえ人間はなぜ 年を取るために生きているの 年を取っても いいことなんかないのに ねえ大人たちは どうして働くの いくら働いても 幸せにはなれないのに チョコレートヒルズの 風に向かって 子どもたちが問い掛ける ねえどうして 子どもは大人になるの わざわざ お金の奴隷になるために ねえなぜ 人は一生懸命生きるの どうせいつか死ぬのに だったらみんなはじめっから 生まれて来なきゃいいのに チョコレートヒルズの
いつも山が見えた 田んぼが見えた 畑が見えた 小さな家が見えた 男の子がいて 女の子がいた いつも 風が吹いていた いつか 男の子も女の子も 大人になって 村を出ていったり 結婚したり そしてまた 別の男の子がやってきて 別の女の子がやってきた 人も ぼくから見れば 風と同じなのさ 人も、ただの風 ぼくが柿の木だった頃 少女の手に 柿の実を落としたら 少女は 柿の実にキスをした 柿の木のくせに ぼくはドキドキした すぐに年老いてゆく一生も たまには悪くないな、と
風が吹いてくる やわらかな光が ぼくを包み 潮騒の音や 鳥のさえずり 木々のざわめき 子供たちの笑い声が 聴こえてくる 子供たちは 羽根をなくした天使のよう いつも 泣きそうな顔をしている だから涙は 子供たちに任せておけばいい 永遠について ぼくたちは語ろう 風が吹いてくる 清らかな星の光が ぼくを洗い清め 涙さえ洗い流す頃 ぼくは星たちが どうしていつも あんな風にずっと 微笑んでいられるのか そのわけを理解する 涙はいつか 洗い流されるもの 都会の人波が
今生まれたばかりの 若葉が木に問いかける 今のは誰 誰って 今、わたしのほほを なでていった ああ、それは風 人は大人になる時 それまで見えていた 風の姿が見えなくなる 風が見えなくなることを 人間世界では 「大人になる」と言う 本当は風が 世界を動かしているのに 鳥も虫も 翼を持つものは知っている 草も花も木も 風に微笑みを 教わったものは知っている 山も海も土も みんな風を愛している けれど人は風に挑んだ 山を削り、海を埋め立て 家を建て、ビルを作った
ふと ため息から風が生まれた そんなふうに風は 予期せぬ時と場所から生まれ それから長いこと この世界を 駆け回っていくらしい 気付いたら 風が吹いていた 懐かしいあの場所に 初めて泣いた涙の滴に 初めての頬っぺた こちょこちょ、こちょっと くすぐりながら 風は いたずら小僧で強情っぱり 遮ろうとする者に 依怙地な者の心へと いつまでもいつまでも 吹いて来るから そのくせ 微笑みにやさしい そのくせ 涙にはもっとやさしい 気付いたら そこにはいつも 風が吹いていた
夜明けの港へと 打ち寄せては 引くことに ある日哀しみを悟った ひとかけらの波は 昇華し 風になった 風はいくどもいくども 生まれ変わり いくつもの 時と場所とを旅した 終わりのない旅 自由な旅 けれどある日 風は 何か 物足りなさを感じた すると 夜明けの静けさの中に 何かが聴こえてきた 風は音のする方へ 音のする方角へと 吹いていった そこは 夜明けの港だった 旅に疲れた風は そしてゆっくり 波に還っていった 遠く耳をすますと 今も 夜明けの波が 聴こえてく