誰かを大切に想うということ

 人は誰かを大切に想っている気がする。口では誰のことも想ってないとか言う人もいるけれど、家族であったり恋人、友人誰かしらを1人以上大切に想っている。少なくとも私は誰のことも大切に想っていない人に会ったことはないと感じている。

 たぶん人は独りでは生きていけない。心のどこか、それは奥底の方かもしれないし、遠く離れた片隅かもしれないけれど誰かが居る。その誰かが居るから生きているし自分が自分でいられる。

 大切に想う誰かが居なければ何も悩むことはないと思う。物事を直視して立ち止まって考えるのは自分が第一かもしれないけれど、自分だけならば損得か快不快のみで決めればいい。悩む理由がそれだけじゃないということは大切な人へ迷惑をかけるかもしれないとかもっと喜んでもらえる方法はあるのかとか無意識にでも思っているからではなかろうか。


 人は独りでいると心が耐えられなくなる。これは体験談。誰とも連絡を取らず、会うこともしない、声を出すこともないし感情が揺れ動くこともない。この状態になればもう死を望むばかり。生きる意味を探すことも死ねない理由を見つけようともしない。いつでも死ねるから方法は何にしようかとしか思わない。できれば準備が楽で苦しくないのがいいなぁとかそんなことばかりを考える始末。

 死にたいと思っても死なない、死ねない人は遠くても誰かが居てくれるから。誰も居なければ死ぬのに必要なのものは死ぬ方法以外に何もない。(死に損なっても放置されるからそう遠くない未来で死ぬ)


 誰かを大切に想えないと感じている人もきっとたくさんいる。それでも大切に想われているということもあるのは忘れてはいけない。自分が誰かを大切に想うように誰かもまた大切に想われているし、その誰かから自分も大切に想われているから。

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