ビジネスモデルと成人発達をちゃんと分けて考えてね。っていう提案
資本主義の中で働きたくないんですよ!
ティールのような組織で働きたいんです!
こんな声を耳にする事が多々あります。しかし、ちょっと物事の見方が一義的すぎるかなぁ〜という印象を受けます。
時代を太古の昔に戻して考えてみましょう。まだ紙幣がない時代です。
物々交換で日々の営みが行われていた時代、野菜と魚を交換したりして人々は共同生活をしていました。
現代で言う「売上」は、昔で言う「交換数」であった訳です。
青野さんの育てた野菜は美味しい!私も交換してくれないか?この魚と。いやいや、私も交換してくれないか?このお米と。
このような状況が現代で言う繁盛店です。みんなに必要とされていて経済が廻っている。経済取引量(物々交換回数)が多いコミュニティほど豊かになれる。これは自然の摂理です。
よって、物々交換回数が多い=売上が多い。なので、ある程度の売上がある会社は良い会社なのです。
※補足するまでもないですが、売上のみを追求している会社がベストな良い会社ではありません。
会社が持続しないような売上しかない会社は、世の中から必要とされていない会社だという事です。これはツライですが事実です。
このツライ現実を、ティール組織や資本主義という、一見それらしい理屈でかわしていませんか?というのが今日の表題です。
太古の昔の例に戻ります。
村一番の正直者、青野さんがいました。人柄も良く、みんなに好かれていました。率先して公共活動をしたり、道を掃除したりしていました。
しかし、青野さんの作る農作物は全然美味しくありません。身も入っていないし、なんか味がエグかったりします。
さて、村のみんなは青野さんの野菜と物々交換したいと思うでしょうか?
こう考えるとわかりやすいですよね?
ビジネスモデルはビジネスモデルなのです。人柄によってビジネスモデルが加速する事は大いにありますが、肝心なビジネスモデル自体を定期的に見直す必要はあると思います。
自分たちの提供する商品・サービスは、世の中の役に立っているのだろうか?と
私の師匠の新井和宏さんは、他人に興味が持てなくなったら終わりだ。とよく言います。
他人が好きで、なんとかして役に立ちたい。と思えば、自然と洗練されたビジネスモデルになっていく筈です。
他人を自分の商売の道具だ、と思ってしまったらそこで終了なのです。
はい、という訳で
ビジネスモデルと成人発達のお話でした。
両者はきちんと分けて考えてみてください。