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リガの夢

いっこ700円もするという高級チョコレートを同居人がもらってきて、軽く口にふくんだ瞬間、どこか遠くの町の記憶がふいに浮かび上がったように感じた。

記憶の道をたどる。


巨大な卸売市場のようなバスターミナル、やっぱり倉庫群みたいな青果市場、とその外側でカゴいっぱいの苺を売る、まるまるとしたおばあさん、苺を巨大なブリキのちりとりのようなもので無造作にざくざくすくい、レジ袋にどさどさと入れてくれる。3分の1はジャムになりかけている。つまむと指先が甘い匂いにつつまれる。

ああ、これはラトビア、リガの町だ。そう気づきなおも、遠い遠い記憶のなかを歩きつづける。


ロシア餃子ペリメニのファーストフード店のスタイリッシュな店内と、鶏肉であることを示すキッチュなイラスト、駅前のセカンドハンズストアのカラフルな古着、曇り空、大きな公園のなかの美術館は閉まっていて――そこまで歩いて、やっと大通り沿いのライマにたどり着く。


そうだった。ラトビア一の有名チョコレート店ライマ。ライマちゃんと勝手に呼んでいるペコちゃんをモダンにしたみたいな女の子の絵。その店で、チョコレートを頬張ったのだった。


リガを歩いたのは2013年、2014年、2015年――もうずっと前のこと。ヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズ『リガの犬たち』にでてくる灰色の迷路のような町、あるいはベンヤミンがアーシャ・ラツィスをたずねた路面電車が火花を上げる町。


道に迷うことも、またうるわしい町――。



映画なら回想シーンが終わったみたいな感じで、数秒の記憶の旅は終わり、部屋のなか、4月7日にもどる。世界の人びとの半分が家のなかに閉じ込められ、自由に行き来することもかなわなくなった現実にもどる。


煽られ続ける危機感、強権を待望する世論の高まりのなかで、空気のように呼吸していた自由が一気に掃き捨てられることになった日。

ソ連からの独立闘争のときに、ラトビアの町中に築かれたバリケードを、写真のなかのただのノスタルジーではなく、しっかりと思い出さないといけない。

そんなことを思う。

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