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ぜんぶを持ってるひとはおらん

ほんとうの、ほんとうの悩みは外から見えない。安易にひとに相談できない。

だから、なんもかんもを持っているように見えるあのひとにもきっと、なにかしらの悩みはあるはずで、ひとつの側面だけを眺めて羨ましがるのは浅はかなことだ。

失恋をして、食べることも眠ることもままならないほどげっそり落ち込んでいる友人を、内心羨ましく思ったことがある。

恋人と別れたくらいのことで、そんな風に悩めていいな。励ましの言葉をかけながら、心の一部はどこか冷ややかだった。じゅうぶんに魅力的な彼女はこれから、いくらだって素敵な恋ができるだろうに。

当時の私は、私なりにとても深刻な状況にあって、そとではからりと笑っていても、いつだって心中はじっとりぬかるんでいた。恋愛のことで悩めるような余裕はなかった。この苦しさをだれかにわかってほしいと思うのと同時に、だれにも知られたくなかった。

だけど今になって思えば、客観的に見て、あまり幸せそうではない恋愛に、それでも縋るしかなかった友人の苦しみの核だって、失恋そのものにはなかったのかも知れない。その人の痛みはその人にしかわからない。

話はまったく変わるけれど、最近、しかめっ面ができなくなった。眉間に皺が寄るのが気になって、ボトックス注射を打ったのだ。夫はそんな私を見て「しかめっ面がかわいかったのにね」と、冗談っぽく笑った。

数ヶ月も経てばボトックスの効果は薄れて、思う存分チャーミングなしかめっ面ができるかわりに、眉間の皺を気にする生活に舞い戻る。ひとつを得ればひとつを失う。やっぱり、ぜんぶを持ってるひとなんかおらんと思う。

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